第51話 前とは違う自分

「でもさ、マジメな話、うしろちゃんと共演できるかっていうの、内心ドキドキだったのよね」


 3人そろって始まった、冒頭のフリートーク。


 あいさつ代わりの軽妙けいみょう舌戦ぜっせんを経て、配信主である石川いしかわりーやは、特段盛り立てるでもない素のトーンで自らの思いを語りだした。


「あぁ~っ、わかる。うしろちゃんの会社ってV専門て感じじゃないみたいだし、こっちの方でも絡んでいいか不安だったわんね」


 ゲストの一人である夢中ゆめなかすずめも、りーやの発言にすぐさま同意し、力強く相槌あいづちを打つ。


「そうそう、最近はそうでもなくなったけどさ、昔は会社違うってだけでも共演なんて夢のまた夢って感じだったもの」


「確かに、その頃と比べたらって感じはあるわんだけど、それでも会社ごとに方針ってやつがあるわんだからね」


「そうそう、今でも共演したいっていう子は山ほどいるんだけど、目標の半分も満たせてないし」


「いや、それは会社がというより、りーや自身が危ないやつ認定されてるからと思うわんよ」


「……あ、ごめんね。せっかくうしろちゃんを呼んだのに、私とすずめだけで話しちゃって」


 二人のトークについていけず、黙り込んでいたうしろを気にかけ、りーやが声をかける。


 すると、うしろは慌てた様子で声を上げ、否定をした。


「いえ、そんなことは……本当に、りーやさんにもすずめちゃんにも仲良くさせていただいて……」


 丁寧にお礼の言葉を述べるうしろ。


 その姿に、再びりーやの情動じょうどうが刺激され、発狂じみた奇声を発する。


「あぁぁぁ~っ! 凄くいい子。大好き。うちで飼いたいくらい」


「えっ、りーやさん……それはちょっと困るんですけど」


「それに、この純情。薄汚れたインターネット界隈で、絶滅危惧種と言っても過言ではない無垢むくな天使」


 まるで一人だけ舞台演劇でもしているかのような、りーやの仰々ぎょうぎょうしい文句と感情のこもった発声。


 声量を伴ってエスカレートしていくりーやのリビドー。


『りーや、大丈夫か?』


『演説始まったぞ』


『うしろちゃん、せっかくのゲストなのにごめんね』


 他の者を置いてけぼりにし、りーやの独壇場どくだんじょうとなった放送に、視聴者からも諦めと困惑のコメントが上がり始める。


 それはもはや、配信業としての域を脱し、ただの酒場で熱弁をふるう酒飲みの戯言たわごとと化していた。


 ただ、そんなりーやに対し、すずめは辛辣しんらつな言葉を浴びせる。


「ちょっと妄想おばさん。本人を前に気持ち悪いこと語ってないで、さっさと次のコーナー行くわん。このままだと100%嫌われるわんよ」


「おばさんじゃなくてお姉さんよ! ……って、うしろちゃんには嫌われたくないから、これくらいにしておくわね」


「妄想の部分は否定しないんじゃ、それ妄想お姉さんになるんじゃ……」


「えっ? うしろちゃんもそういうこと言っちゃうの?」


 ぼそりとらした、うしろの本音。


 それをりーやはあざとくも聞き取る。


「えっ、いえ、その……」


 りーやから放たれる、すさまじい圧。


 それは、極力他者と絡んでこなかったうしろにとって、口を閉ざすには十分すぎるものであった。


 ところが、そんな窮地きゅうちをかき消すように、すずめの大笑いが始まった。


「あはははははっ、最高っ! うしろちゃん、いいよ、いいわんよ」


「ちょっとすずめ! 何を笑ってるのよ!」


「だってりーやが、うしろちゃんに……あはははははっ、妄想お姉さんて、ヤバさが全然変わってない……あははははっ……わんよ。お腹、笑いすぎて苦し――」


 大きくのけぞって笑っているのか、それとも機材が反応しきれないほどに大きく動いているのか、すずめの声がマイクから離れて小さくなる。


 それでも配信内には、笑い袋のような中毒性のある、すずめの笑い声が流れ続けていた。


『うしろちゃん、結構やるじゃん』


『もっと強く行こう、りーやなら何してもいいから』


『これぞ天然清楚ツッコミ』


「ちょっと、視聴者! 何好き勝手言ってるのよ。これだと私の計画した、うしろちゃん好感度爆上がりプランが――」


『自分からプランを壊しているので問題なし』


『うしろちゃん、意外と強い子かもしれない』


『これだけで放送見た価値あったわ』


 意図せずに起こった、一番の盛り上がり。


 その様子に戸惑いつつも、うしろは肌でその空気を感じ、高揚感を覚えていた。


 前回、収録では蚊帳かやの外に置かれていたかのような疎外感があった。


 しかし、今回はその内側に自分もいるのだという実感を、うしろは確かに抱けていた。


「あぁっ、もう――視聴者からのお便り読んでくからね。ほら、みんな空気変えて、いい?」


 半ば投げやりになりつつ、次のコーナーへと強引に進行させるりーや。


 その姿を、うしろは口にこそ出さなかったが、楽しげに眺めていた。

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