第43話 Vで繋がりたい2

「こんにちは。うしろです。こういう番組は初めてなので緊張しているんですが、一生懸命頑張りたいと思いますので、よろしくお願いします」


 緊張していることが丸わかりな硬い声で、うしろはあいさつをする。


 前者とは明らかに違う、場慣れしていない雰囲気を放ってはいるものの、司会を務める立川たてかわは自然とフォローに入る。


「はい、とても初々ういういしくて良いあいさつでしたね。知ってる方もいると思うんですけど、うしろちゃんはウチの事務所の後輩なんですよ。ただ、こうして共演するのは初めてなのでね、是非頑張ってもらいたいなと思いますね」


『あの、なんか私たちと扱いが違うと思うんですけど?』


『差別か? 差別なのわんか?』


 今までと明らかに態度の違う立川の態度に、二人から不満の声が上がる。


 しかし、立川は一喝いっかつするかのような大声で、渾身こんしんのツッコミを入れた。


「差別、差別って、今までの自分たちの態度をかえりみてから言え! 誰がどう見てもアイドルじゃなくて芸人のそれだろうが!」


『ちっ、違うんです、このキャラは会社から言われて仕方なく――』


「キャラとか会社とか言ってる時点で確信犯だろうに。あとわんこ、どうして固まってる?」


 中央のディスプレイでは、犬耳のついた幼げなバーチャルアイドル『夢中ゆめなかすずめ』が静止画のように微動だにせず、たたずんでいた。


 だが、完全に通信が途絶えたわけではないらしく、音声のみがスピーカーより聞こえてくる。


『いえ、その……なんか設定いじったら、ちょっと反映が……ちょっと待ってくださいね』


「へぇ、すずめちゃんは素が出ると語尾がなくなるんですね。でもまぁ、設定の方が直らなくても、ずっと静止画で進行させときますので、気にしないでください」


『いや、さすがにそれは困るわん。あっ、直った』


「あ~、わんこと呼んだことは別にいいんですね。じゃあ、早速最初のお題の方に入りましょう」


 ディスプレイ越しではあるが、反応のよい二人とのやり取りを通し、立川はトークを回す。


 ただ、自分から前へ前へと出ていくタイプではなかったこともあり、うしろは司会の席で突っ立っている鈴木すずきと同様に、ほとんど無言を貫く形となっていた。


「はい、一旦休憩入りま~す」


 撮影用のカメラの外からスタッフの声が入り、番組が中断する。


 途端、スタジオ内に漂っていた程よい緊張感が抜け、本番中とはまた違った和やかな空気が周囲に広がっていた。


「どう? うしろちゃん、上手くやっていけそうかい?」


 休憩に入って一番にうしろへと語り掛けてきた立川に、うしろは申し訳なさそうに答える。


『あの、私も二人みたいに面白いこと言えたらよかったんですけど、普通のあいさつになっちゃって……すいません』


 今にも消え入りそうなうしろの回答。


 それを立川より先に否定したのは、同業の仲間であった。


『大丈夫ですよ、みんな最初は緊張で上手く話せないものよ』


『そうだわん。私たちは番組とか企画とかで、そういう経験が多かったからできてるだけだわん』


『はい、どうもありがとうございます』


 共演者にはげまされ、うしろはお礼の言葉を述べる。


 その様子を受けて、大人の女性をしたバーチャルアイドル『石川いしかわりーや』が心の声を漏らした。


『はぁ、こんな純粋で可愛い子とお話できるなんて幸せ』


『へっ?』


『あぁ、りーやちゃんは可愛い女の子が大好きだから』


『そ、そうなんですか……ありがとう、ございます?』


 すずめの解説に、半信半疑ながらもお礼を述べるうしろ。


『うんうん、よろしくね、うしろちゃん。前々から結構可愛いかもって思ってたけど、実際共演してみたら、やっぱり可愛くて安心したわ。どう? 今度私とコラボの放送しない?』


「ダメダメ、こんな危ない人とウチのうしろちゃんを一緒にしたら! 二人きりの放送なんてしようものならセクハラ三昧ざんまいになるのは目に見えてるし!」


 りーやの誘いに、立川が神速で割って入ると、すずめもうなずき、同調する。


『あー、確かに。りーやちゃんは二人きりだと危険だわんね。もっと大人数のコラボとか、守ってもらえる人と一緒じゃないと――』


『うぅ……でもなぁ……うしろちゃんとコラボでしょ? 仕方ない、それで手を打つわ』


 まるで血涙けつるいでも流そうかという苦悶くもんの声を上げながら、りーやは条件をんだ。


 ただ、その一連の流れによって生じた不可解に、うしろは気付いた。


『あの、コラボをするのは、確定なんですか?』


『え~っ、ダメなの? 確かに余所様よそさまのバーチャルアイドルではあるけど、一緒にライブ配信するくらいはいいんじゃない?』


『えっと……』


 ノリノリな様子のりーやに対し、うしろは困惑し、言葉を失いかける。


 ただ、そこへ助け舟を出したのは、立川であった。


「まぁ、よっぽどひどいことをしないならいいんじゃないか。何か問題あったらウチらが何とかするし。なぁ、鈴木?」


 後方を振り返るなり呼び掛ける立川に対し、鈴木はすっかり気を抜いていたらしく、間の抜けた表情を見せた。


 その様に、立川は有無を言わさぬ一言を投げつけた。


「あぁ、もう。とにかくうなずいとけ!」


「あ、うん。俺もそう思うよ」


 鈴木の同意をこじつけたところで、立川は再びうしろへと話しかける。


「そういうわけだから、この件については心配しなくていいぞ。この番組のタイトルも【Vで繋がりたい】だし、こういう縁で繋がるのも面白いだろうし」


 子を送り出す親のように、背中を押す立川であったが、うしろは返す言葉が見つからず、数秒の間沈黙が漂う。


『ありゃ? もしかしてコラボはしたくなかったわん?』


 うしろ以外の皆が、沈黙の時間に抱いた疑問を口にしたのはすずめだった。


『ううん、そんなことない……です。むしろ誘ってくれて、嬉しいくらいで』


 とっさに出たうしろの返答。


 それに一番に反応したのは、りーやだった。


『あぁ、やっぱり好き。コラボしたらお姉さん頑張っちゃうから』


「いや、頑張らなくていいから。わんこも暴走しそうになったら止めてやってくれな」


『わかったわん。というか、いつからわんこって呼び名になったわん?』


「休憩終わりま~す。では、最初のお題のところから、スタートお願いします」


 まるでコントのような雑談の時間を終わらせたのは、休憩を告げたのと同じスタッフの声であった。


「わかりました。じゃあ、みんな準備の方よろしくお願いします」


 そう言って小さく頭を下げる立川。


 それに呼応して、皆が声を返す。


『は~い』


『わかったわん』


「あ、はい」


「あ、鈴木。お前は特に何もしないから返事しなくていいぞ」


「えっ、ひどっ!」


 立川の痛快な口回しに、場の空気が再び温度を上げる。


 そして、番組の続きが開始されるのだった。

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