第27話 邂逅

 生放送の告知がされてから数時間後。


 配信業界におけるゴールデンタイムともいえる午後の八時。


 バーチャルアイドル『うしろ』による、初のライブ配信が始まった。


 本人が登場する前でありながらも、初の生放送ということもあって、数百人の視聴者が待機していることが、画面に表示されていた。


 コメント欄も興味本位なものや期待をするものなど、雑然とした内容でごった返していた。


 そして、定刻が訪れ、準備中と表示されていた画面が暗転する。


「皆さん、こんばんは。うしろです」


 淡い色をした背景の中に、可愛らしい少女が現れ、笑顔であいさつを行った。


 わたがしのような淡い髪色をしたボブカット。


 丸々とした瞳と長いまつ毛が印象的な、愛くるしい顔立ち。


 そして白と黒を折り重ねたデザインのシャープなドレス。


 頭には黒いリボンが存在感を主張しており、見た目にも高貴さを感じさせるお嬢様といった印象だ。


 今まで動画という形でしか接してこれなかった人物の登場に、それまで雑然としていたコメント欄が、アラームでも鳴ったかのように、一斉に『こんばんは』で染め上げられる。


「わっ、すごい……皆さんのコメントが……」


 顔こそ笑顔のままであったが、うしろの声からは緊張の色が見て取れた。


 その様子に、視聴者たちは思い思いのコメントを飛ばす。


『初々しくて、かわいい』


『あっ、歌ってる時と声違う』


『やっほー』


 流れてくるコメントに安堵あんどしつつ、うしろは言葉を続けた。


「あの、今日は初の雑談配信ということなんですけど、皆さんは何か聞きたいこととか、ありますか?」


『好きな食べ物は?』


『休みの日とか何してるの?』


『好きなバーチャルアイドルは誰ですか?』


『使ってるシャンプーはどんなのですか?』


「あっ、ちょっと全部は答えることができないので、目についたものをとりあえずは答えていきますね」


 以前に視聴した『彼方かなたあおい』の放送内容を頭の中で思い返し、それにならいながら、うしろは言葉を継いでいく。


「そうですね。好きな食べ物は、ゼリーとかですね。フルーツが入ってるやつが特に好きです」


『お嬢様っぽいけど、ケーキとかは嫌い?』


「嫌いじゃないですよ。ショートケーキもモンブランも食べるし、たまには和菓子も食べますね」


『オススメのお店とかありますか?』


「そうですね……あんまり自分で買い物に出ないんでわからないですけど、コンビニとかのスイーツは好きです」


『買い物に出ないってことは、一人暮らしではない?』


「そうですよ。実家で両親と暮らしてます」


 一つの質問に答えたかと思えば、数珠じゅずつなぎでもするよに、視聴者から次々と質問が途切れることなく続いてくる。


 だが、うしろにはそれが全然苦痛には感じられなかった。


 むしろ、誰かと気兼きがねなく話ができるという現実に、喜びを覚えていた。


『共演してみたい人とかいますか?』


「共演かぁ……」


 とある視聴者からの質問に、うしろはとっさに名前が思い浮かばず、考え込んだ。


『もしかして、会社NGとかあったり?』


『そういえば、個人の人じゃないんだっけ?』


『願望でも口にできないものなの?』


『契約とかであったりするのかな』


 言いよどむなり、嵐のごとく押し寄せてくる視聴者の憶測おくそく


 予想外の反応に、うしろは慌てて否定をした。


「い、いえ……言えないとか、そういうことはないです。ただ、そういうことを考えたことがないので――共演とかも、恐れ多いというか……」


『――謙虚けんきょだ』


『じゃあ、憧れのバーチャルアイドルとかいたら。共演とか考えずに』


「そうですね……私がカラオケの動画を上げるようになったのが、実は彼方かなたあおいさんの動画を見たからで。あおいさんって、歌も心にくるものがありますし、生放送も本当に楽しんでやってるって、見ていて思えるので憧れです」


『おぉ、あおいちゃんか!』


『確かにあおいちゃんはハードル高い』


『応援してるよ、頑張って!』


「はい、ありがとうございます」


 自分について語るほどに、視聴者との距離が近くなっていくのをうしろは感じていた。


 ――楽しくて、優しくて、自分が一人ではないと感じられる喜び。


 それらを心の底から味わいながら、うしろはその後も質疑応答を続けた。


 そして、時間はまたたくまに経ち、放送は終了の時間を迎える。


「あっ、そろそろお時間なんで、この辺で放送は終わりますね。今日は身に来てくれて、どうもありがとうございました」


『歌ってる時とのギャップがあってよかったです』


『今度は歌も聞かせて』


『思ったより可愛らしくて好きになったわ』


 準備中の画面に切り替わるも、最後までうしろに語り掛けるコメントたち。


「それじゃあ、またねっ」


 それらを目にしながら、うしろはそっと、配信は終了させた。

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