12「戦いの前に」

 雨宮から連絡が来たのは、夜の警備に入ろうとしていたころだった。

なんでも、婦人が「刺し違えの刃」と言うのを使って、

文字通りカーミラとの刺し違えを考えるというのだ。


「婦人が、そんな事を」

「ああ、使用人は、お前を雇った事と、お暇じゃなくて、休暇という事にしたから、最初は安心してたらしい」


休暇なら、戻って来ることが前提だから、死ぬつもりはないという事になる。


「ただ、給料日が休みと重なるからって、先渡しだったらしいが」


その使用人は、まるで退職金をもらうかのような気がしたという。


「最初は、心配しすぎだと思っていたそうだが、日に日に不安が募ってきて、

俺のもとに、相談に来たらしい」


なお「刺し違えの刃」は乱用を危惧してか、封印が施されている。

しかもそれは、正しい手順をもってしても、解くのに数日はかかるらしい。


「封印が施されてるなら、おそらく魔装も気づかないだろう」


 ここで、俺は思った。


「ひょっとして俺たちを雇ったのは、封印を解くまでの

時間稼ぎの為か、まさか二週間と言うのは封印が解けるまで時間か」

「使用人も、その可能性を示唆した。あと休暇と同じように、

死ぬことを悟られないため思うが」


もちろん、確証はない。使用人の気にしすぎの可能性もある。

ちなみに、封印の方は、解けるまでの正確な日数は分からないが、

ただ、二週間あれば、十分らしい。


「使用人には、安心するように言っている。とにかく気を付けててくれないか、

俺も、そっちに行こうと思うんだが、用事が入って、向かえないんだ」


ここ最近、暗黒教団のテロが立て続けに起こっていて、

審問官たちの手が足りず、元審問官である雨宮まで、駆り出されているらしい。


「『もしかして』じゃなくて、確実に起きていることだからな。

だからこっちを優先しないといけないんだ」


なおテロは、ちょうど俺たちが仕事を始めた時期から起き始め、

日に日に酷くなっていき、ちょうど、あのお茶会以降から、

街でも話題になっているらしい。俺は館の警護をしていたから、

他の人間と会う機会もなく、今日まで知らなかった。


 そして、話を聞いて気付いたことがある。


「そのテロってカーミラとの関係は?」


時期が重なるから、もしやと思った。


「それはわからない。でも、こっちの方が忙しく、

カーミラの方に手が回らないのは確かだ」


それを聞いて、


(カーミラから目線をそらすという事だろうか?)


と思った俺は、その事を雨宮に話すと、


「その可能性はあるな、だからと言って人員は回せないだろう。

実際に起きている危険の方が優先だからな」

「こっちも、実際に起きてる出来事なんだけどな」


ただ、お茶会の時の事は、通報はしているが、

館への襲撃に関しては、通報してなかった。なんせやって来るのは魔獣で、

カーミラ自身を確認できていない。クラウの感知や

ナナシの証言だと、立証は難しい。

特にナナシは、証言はしてくれないだろうから、通報のしようがない。

サマナヴィも、数は少ないものの、

彼女しか持ってないわけじゃないとの事。

とにかく、カーミラの襲撃は現状では証明できないのだ。


 その後、こっちで起きたことを話しつつ、

話を、「刺し違えの刃」の事に戻す。


「婦人が事を起こす前に、どうにかすればいいんだよな」


婦人が刃を使う前に、事を済ませればいい


「そうだけど、魔具の全容がわからないからな。サマナヴィを持ってるなんて、

初めて知ったぞ。とにかく気を付けなければいけないな

最悪、お前がフルパワーじゃなきゃ対応できないかもしれない」

「そんな事ってあるのか?」

「あり得る話だ。カーミラのデモンズドールを持っているというのは、

有名な話なんだが」


もちろん、ミラーカに渡したのとは別物で複数体有るという。

その多くは、暗黒教団を介して流出しているが、


「デモンズドールには、ドールハウス・ファンタズマって言って、

複数の人形のセットになってるものがある。その所在は不明だが、

もし彼女の人形、ミラーカのも含め、それのだったら厄介なんだ」


ファンタズマの内訳ははっきりしていないが、

ただこの中には、シャレにならない人形いるという。

しかもそれは、他のデモンズドールとは異なる恐ろしい性質がある。


「使用代償は命だから、そう易々とは使って来ないと思うが」


 実際、カーミラは、魔具を保有こそしているが、

魔獣が暴走する可能性はあれど、

気を付けることができるサマナヴィとは異なり、

使うだけで、身を亡ぼす危険な魔具は他人に使わせていたという。


「今までがそうでも、場合によったら自棄を起こす事はあり得る。

お前も強いし、一緒にいる奴らも強いだろ。

手も足も出なくて……」


強いと言われると、申し訳ない気がしたが、あの四人が強いのは事実だし、

特に覚醒したミズキの力はシャレにならないところがある。


「婦人だけでなく、お前まで確実に、殺さないといけないとなると

ますます強大な力が必要になって」

「自棄を起こすってことか」


俺は思わず


「あんなこと言うんじゃなかったな……」


あの時は、自分が抑えられなかったのだ。


「まあ、気にするな。俺だって、同じことを言ってただろうからな」


そう言ってもらえて、恐縮だった。


 それと、もう一つ、不意に思いついた事があった。


「もし、『刺し違えの刃』をミズキ達が使った場合はどうなるんだろ?」


彼女達は俺との契約で不死身のはずだ。


「その武器ではないけど、暗黒戦争の頃、暗黒神の契約者が

命を代償にする魔具を使ったという記録はある。確かに死ぬ事はない。

でも使い放題と言うような便利なことはなく、

使い物にならなかったり、効果がおかしくなったりする」


そして、雨宮から、


「特に、和樹、お前は使うなよ。契約者と同じく命は落とさないだろうが、

暗黒神の力が、どう作用するか分かったものじゃないからな」


と釘を刺された。


 とにかく、婦人が事を起こさないためにも、

カーミラを、早急に、それでいて確実にどうにかするしかなかった。

俺は、雨宮ほど、婦人とは親しくないけど、それでも、死なれたくはなかった。

それに過去を知ってしまった以上、余計にだ。


 雨宮との通話を終えると、夜の警護の前に、皆に事情を話して、


「次、カーミラが来たら、一気に決着を着けようと思う」


以前にベルやミズキが言っていたように、二人の力も借り、

総力戦で行く。ただ、ナナシの事もあって、

館内の警護が疎かにになるのが気になるが、

とにかく、今は急ぎカーミラを、どうにかしなければという思いに駆られた。


「私もその方がいいと思いますと」


というベルに、


「貴方に同意するわけではありません。

ただ、あの老いぼれに一泡吹かせれれば、それでいいですから」


というミズキだった。


 とにかく今後の方針は決まったが、それから二日間は、カーミラは来なかった。


(嵐の前の静けさだな……)


急に襲撃が止んだから、そんな事を感じた。そして雨宮の連絡は予兆だと思った。

その日を境に状況が変化したのだから、そして十一日目に、

事態は動き始めるのだった。


 まず朝になって、


《館内に魔武の反応があります》


クラウ達は「刺し違えの刃」は知らないとの事で、

それが何かはわからないらしい。

確かめに行こうにも、そこは、婦人の部屋だから、

失礼があってはいけないので、出来なかった。

ただ刺し違えの刃の封印が解けたと思った。


 そして昼になって、いつものようにカーミラが来た。

ただ、いつもと違って、魔獣を召喚せずに、

こっちに向かってきている。これだけでも不味い気がしたが、


《マスター、途轍もなく禍々しい気配を感じます》


ますます危険だと思い。全員を招集し、彼女のもとに向かう。

とにかく館に近づけてはいけない。

ミズキには、俺たちが接触と同時に、疑似空間を発生させるように頼んだ。


「もちろん、そのつもりです。貴方の為じゃないですよ。

私も、あの老いぼれには逃げられたくないので」


と一言多い返答が来た。


 そしていよいよ、彼女のもとに、たどり着くが、


「来ましたか、皆さんお揃いで」


彼女は、禍々しいオーラを纏っていて、さら西洋人形を手にしていた。

もう事は始まってるようで、直ぐにその人形を捨てた。

同時にミズキが疑似空間を発生させたようで、周りが荒野のようになった。


 俺はすでに鎧をまとっているし、ベルも赤い白銀騎士の鎧もどきを

着ているし、イヴも戦闘モードで、ミズキもリリアも身構えた。

一方でカーミラは余裕の表情だ。彼女との決戦が始まろうとしていた。

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