8「謎の冒険者」

 それから少し時間が経って、居間でみんな揃って朝食、痛みは引いたが、

まだ疲れが残っている。


「お味は、いかがですか?」


朝食は、ベルが、お詫びの一環として、作ってくれていた。


「おいしいけどさあ……」

「もちろんこの程度で許してもらおうとは、思ってません。

何でも、仰ってください。すべて罰として受け入れますから」


酷い目には合わされたが、これと言った怒りはわいてこなかった。

ただ、何をしでかすか分からない恐怖は感じている。

しかも、彼女は「支配」を影響で俺の記憶を見ているとの事で、

自身の過ちに気づき、俺を襲った事への詫びはしたが、

それ以外は特にリアクションは見られないので、俺の記憶を見てもなお、

自身の妄想に、揺らぎが無いようで、余計に怖い。


 一応、直ぐに「絶対命令」で、ミズキたちと同じ命令に加え、

おかしな事をしない様に、思いつく限りの命令を下したが、

恐怖は拭い去れない。


 それと、正直、恋人面されたくないので、ある命令を下した。


 一方、ミズキとリリアは、不機嫌な様子で食事を食べていた。

二人には事情を説明してある。ミズキはベルを睨みつけながら、


「貴女、私たちに、何か言いたいことは、ありませんか?」


と言った。謝罪の言葉の一つでも聞きたいと思ったのだろうが、

ベルは、ゴミでも見るかのような目で、


「ありませんよ。和樹さんとは違って、貴女たちには、

悪い事をしただなんて、まったく思っていませんから」


この一言で、一気に険悪な雰囲気になる。

更に、ベルは、たぶん俺の記憶から、俺が彼女の殺された事を知ったからだろうか

ミズキを睨みつけて、


「特に、ミズキ・ラジエル、貴女だけは、許さない……」


地の底から轟くような声で言った。


(食事の途中で、もめてくれるなよ)


食事中に、喧嘩となれば、自分事ではないにせよ、いい気分はしない。


(しかし、『絶対命令』でも口喧嘩は止められないし……)


 止められないのは、正確には俺の所為。『絶対命令』は

自分の考えが伝わるが、同時に、無意識に考えてる事も伝わってしまう。

それを含めて、自分の思った通りになるのが良いところでもあるが

無意識に許容範囲を作ってしまう。

3人には、喧嘩はしないようには命令してるが、

無意識に、口喧嘩が許容範囲となっている。

いい気分はしなくとも、俺は無意識に、口喧嘩を許容している事になる。


 それとミニアに、いやらしい声を出さない様に命令しないのも

もし、命令した後で、あの声を出されたら、

駄目だと言いながらも、自分の心の奥底で、望んでいると言う事を

証明する事になるんで、それが嫌だった。


「なんで、こんな奴と『契約』したんですか」


ここで攻撃の矛先が、俺に向いた。一応説明はしたはずなのだが


「さっきも、言ったが、ベルは、『支配』ってスキルを俺に使って、

それが『契約』と似たスキルだったから、『契約返し』が起きたんだ。

俺の意思じゃねえよ」

「ですが……」


彼女は、納得がいかない様子。


 あと「支配」は、「契約」似て非なるものであるからか、強制契約の際の

胸の痛みは無く、あとあの夢の事も、あれは、間違いなくベルの記憶の様だ。

ファンタテーラに来て以降について、彼女自身に確認を取った。

ちなみに「絶対命令」で、俺の質問に正直に答えるように、

言っているので彼女の言葉に、嘘はない。

ただ、記憶の中に妄想が混ざっているのが要注意だが、

そして、生前の方は、聞かなかったが、雨宮や、ジャンヌさんの話とも一致するので間違いない。


 ここでリリアが、ベルを指さしながら、


「つーか、さあ、何でコイツ生きてるの?

暗黒神の力とやらで、倒したんじゃねぇのか」

「それもさっき話したぞ。」

「そうか?」


どうも、きちんと聞いてなかったようで


「だから、この世界で会った正体不明の冒険者から貰ったアイテム

のお陰で……」


 ベルの記憶の中で、ソイツを見た。鎧姿で、顔は分からないし

声も、男か女か分かりづらい声であった。

ソイツは、彼女が俺を見かけた直後に、ベルに接触して来て、

俺に関する事を色々教えたらしい。

なおこの人物に関する記憶は、妄想ではないようだ。


 そしてコイツが、二回ほど復活できるペンダント型のマジックアイテムを

渡してきて、これのおかげで、今、彼女が生きているわけだが、

復活の度に、状況は酷くなっていくらしく、気力放出の際に一度目の復活、

この時はボロボロであった物の魔王の姿は維持できたが、

二度目は、人の姿で復活し、邪神はおろか、暫く魔王の力も使えないそうだ。


 なおコイツは、クラウの事や「感知」の事、更にクラウが、

ベルの「気配」の事を知っていて、警戒している事を伝えたらしい。

あと気配が変わっていたのは、「化身」ではなく、

ソイツから貰った「感知」を誤魔化すキーホルダー型の

マジックアイテムの所為らしい。

ゴブリンに、襲われた時に、クラウがベルから恐怖心を感じたのも

これの所為、あとゴブリンの件も含め、彼女が最後でドジを踏んでいたのは、

やはり、俺の気を引くための自作自演だったそうだ。


 あと、アイテムは、持っていると、能力に制限がかかるので、

ミズキたちを襲撃し、拷問していた時は、手放していて、

その状態で、リリアを追いかけていて、俺達と出くわしたらしい。


 話を終えた所で、突然、妙な気配を感じた。


(この感じは……)


かつて美術館の外で感じたのと同じもの


「こっ、これは!」


と声を上げるミズキ。そして


「食事中に、失礼……」


声の方を向くと


「ジャンヌさん……」


何故か彼女が、ここにいた。いや、今、現れたと言う感じか。

ここでミズキは、怖い顔で、彼女に、敵意を剥き出しにしながら


「聖女ジャンヌのそっくりさん?いや、貴女が光明神……」


更に、ベルも


「貴女は、あの時の神様……」


と言う。俺自身も、ベルの記憶の中で垣間見ている。

どうやら、本当に、ジャンヌさんは光明神らしい。


(あの時の、教会での態度は、そう言う意味だったのか……)


あの時、俺の前で仁王立ちして言い放った言葉が、頭をよぎった。


 突然、現れた彼女に


「どうやってここに?」

「神の領域を使えば、全てを見通し、どこにでも転移できるわ。」


と言った後、


「本当は、あんまり使いたくないんだけど、

クロニクル卿が心配してたから」


そして、彼女は携帯電話、正確には、この世界に持ち込まれた

携帯を改造した通信スキル付きのマジックアイテムだが

それを取り出した。なお雨宮が持っているのとは違う型。


 彼女が、それを俺に渡した直後、鳴った。


「出て、使い方は、貴方たちの世界のケイタイデンワと同じだから。」


俺は、通話ボタンを押し、電話に出ると


「和樹か?」

「雨宮……」


相手は雨宮だった。雨宮は、例の携帯電話で話をしているとの事

本来、あの電話は、通信スキルでinterwineに置いてある、

同じく通信スキルを持っている黒電話型のマジックアイテムとだけ

通話できるものであったが、ジャンヌさんが改造して、

今、俺が使っている電話とも通話可能にしたそうだ。

あと、ジャンヌさんが、こっちに来ている事も知っているようだった。

なお、横から、そのジャンヌさんが


「私が言いだした事よ。私は、彼に恩があるからね。

それに、無事は本人の口から伝えた方が良いと思うし」


それを聞いた俺は


(神様に恩を与えてるって……)


と思いつつも、雨宮にこれまでの経緯を話した。


「そうか……一応、解決したって言ってもいいのか?」

「いいとは思いたいけどな……」


正直、解決したと胸を張って言えそうになかった。


「ただ長時間、力を使ったのがちょっと気になるな」

「『遠見』は妨害してるし、人が来る前に、事は終わってたから、

見られてはいないと思うが」

「まあ、念のため光明教団に探りをいれてみる。」


 雨宮は、俺が長時間、力を使った事から、

第三者に俺の事がバレたどうか心配していた。

まあ、「周辺把握」から人が居ないのを確認し

人が来る前に能力調整を掛けて、その場を離れたから

バレてないと思うが、雨宮自身は、気になるようだった。


 それよりも、気になる事が有った。

問題はベルが会ったと言う謎の冒険者の事だ。

彼女の記憶を見た時から、思い当たる節があった。

俺は、謎の冒険者の事を話し、


「なあ、イヴの一件で、俺が、あの路地裏を通っている事を

チョビ髭の男に教えた奴がいただろ。あっちも鎧で顔が分からない

冒険者だったし、もしかしたら同じ奴じゃないか?」

「俺もそう思った」


と雨宮も同じ事を思ったらしい。


「前から、気にはなってけど、ゴロツキに襲われた時の状況、

デモスゴードの時の転移、リリアの脱獄、壊された転移防止、

宝物庫への侵入。そして今回の件……」


しかも、この謎の冒険者、ベルに、暗黒神が人に憑りつき、

倒すことで、憑りつかれていた人間が助かるなんて、

間違った情報を言ったおかげで、俺と彼女は戦う羽目になった。


「すべてそいつが、裏で手を回していたとか」


ここで、ミズキが思い出したように


「そう言えば、『借用の儀』を使った時にも、おかしな声が聞こえましたね」


その声の所為で、俺はミズキを取り逃がしたことになる。


(そう言えば、あの時、クラウがおかしな気配を感じていたな)


ここで、リリアも、


「そういや、ジムの奴、よく同じ冒険者と会ってた。

ソイツも、いつも鎧を着てて、顔が分からなかった。」


なおジムは、その冒険者と会うと、よく妙なマジックアイテムを貰っていたという。


 リリアからは、俺との「契約」の経緯、『契約』を切る剣とかいうのも、

聞いていて、雨宮に、その剣の事を話した事が有るが、雨宮も初耳だという。

もしかしたら、その剣も、その冒険者が渡した可能性がある。


 あと二人には、念のため、本当か尋ねた。すると本当だと返答した。

絶対命令で、俺の質問には、正直に答えるので、本当なんだろう。

ジムと会っていたのが、同じ冒険者なら、黒幕は、ジムの可能性もある。

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