第70話 やばい扉を開けてしまった

「これはこれはバン殿。お久しぶりでございます」


「久しぶりです国王様。今日はクレア様の使いというわけではなく単なる休暇として訪れているのでお気使いなさらず」


 バンの顔を見て即座に通されただだっ広い部屋の一番奥に座る国王らしき人にバンが跪いたのを横目で見て俺も急いでひざを折る。

 すごい場違いなんですけど、俺。

 もう少しいい服でも着て来ればよかったと自己嫌悪に陥るが仕方ないと割り切り顔を上げる。


 バンにいまいち良くわからない要求をされてされるがまま連行された先は何とも大きな王城の中であった。ハイホルン王国の城より少し小さいがそれでもさすがは島で一番偉い人が住んでいる場所。俺たちの森の中の家なんかよりも数倍でかい。


「いやいや、バン殿ほどの人がこんな島にわざわざ来ていただけるとは恐悦至極でございます。なにか必要なものがあればすぐにご用意いたしますのでなんなりと」


 そして目の前の初老の男性がバンに向かって柔らかな態度で話しかけた。

 先ほどから俺の横で行われている会話をなんとなく聞いていると、受け答えから尊敬の念が感じて取れることからバンは相当この国王に信頼されているのだろう。俺は一言もしゃべってないけど。一体国王の目に俺はどう映っているのだろうか。


 それに一応俺たちの住むハイホルン王国はここら一体でも有名な巨大国家だし、その国王の懐刀ときたら下手な態度はとれないのだろう。どうせバンの事だからほかにも色々と恩を売ってそうだし。

 大事なことだからもう一度言うと、俺はここまで一言もしゃべっていない。

 立っているだけ。


「いえ、先ほど言ったように今日は特に要件はありませんので挨拶をこれまでにして失礼いたします。あと・・・、王女様はいらっしゃいますでしょうか。一言ご挨拶をと思いまして」


「あぁ、ヘラならば部屋に入ってくるなと言っております。入れてよければ入れますが」


「お願いします」


 ヘラ王女。

 バンが軽い世間話を終わらせたところでついに国王の口から一人の女性の名前が紡がれた。その名前の女性こそがこのジランド王国における王女様であり、昨今におけるバンの悩みの種である。

 聞くに本人もいつからこうなったのかわからないらしいが、相当な執着心を持たれているらしい。まぁバンはかっこいいし仕方がないだろう。現に俺らの王国でも一人、バンに骨抜きにされている王女様がいるから。


「では今呼びますね。おーい、ヘラ・・・」


「バン様!!!!!」


 国王がその名前を呼ぶや否や扉が力づよく開き一人の女性がバンめがけて飛んでくる。たぶんルリと俺が200年ぶりに再会してタックルしてきたときもこんな感じだったのだろう。俺と違ってバンは微動だすることなくその女性を受け止めたが。


「ヘラ様、危ないですよそんな急に飛んできては」


「だってバン様に会えるのは2週間ぶり何ですもの!! あと少しで禁断症状が出るところでしたわ!! ああ、久しぶりのバン様のにおい・・・。尊いですわ・・・」


 水色の長髪をはためかせてバンの胸元に飛びつきにおいを堪能しているこの女性こそがヘラ王女なんだろう。初めて見たが俺よりも身長が大きくスタイルは抜群だから普通に出会っていれば美しい王女様だと俺の目に映っていたに違いない。

 こんな人にタックルされてよくバンはこらえたな。流石は俺の優秀な元護衛といったところか。


 ・・・というか俺はさっきから一体何を見せられているんだ。

 何が悲しくてこんな男女の抱擁を見ていなきゃならんのだ。


「そうですか。それはよかったです。あと今日はヘラ様のご要望通り俺のパートナーを連れてきました。こちらが俺が愛する者のフィセルです」


 だがここまで傍観者で居続けた俺にもついに今日の仕事が回ってきてしまう。

 正直何度もこの場から抜け出そうと画策していたのだがバンに魔法で動きを止められたりで叶わぬ願いとなりこうしてついに対面まで来てしまった。


「は? ・・・・・なんですって?」


 バンが俺を指さしそれに伴ってヘラ王女と目が合う。

 先ほどまでの猫なで声はどっか行ったのか、飢えた虎のような目つきで俺をにらみつけてくる。


 多分ルリもはたから見たらこんな感じなんだろうな。ギルドの皆さんごめんなさい、めっちゃ怖いです今。帰ったらルリにはきつく言っておきますのでホント許してください。と天に願いを込めて祈ったが彼女の雰囲気は落ち着くどころか一層激しいものへと変わっていくのがなんとなくわかった。どうやら神はいないようだ。


「・・・男?」


 そしてヘラ王女は意味が分からないといわんばかりに首をかしげて俺をさらに鋭い眼光でにらみつけてくる。バンに抱き着いたままで。


 いや、めっちゃわかりますその反応。

 当事者の俺ですら今も頭に?が浮かんでいますもの。

 とりあえず今の俺にできることは愛想笑いを浮かべて頭を掻く位であった。


「はい。今まで隠していましたが俺はどちらかというと女性ではなく男性にそういった感情を抱いてしまうのです。ですのでヘラ様とはそういうような関係にはなれません」


 いつもの口調と胡散臭い笑顔でバンがヘラ王女に説明をすると、彼女は俺を足先から頭のてっぺんまでなめるように見た後つまらなそうに再び口を開いた。


「いや、嘘ですわよね。明らかに弱そうですし、頼りなさそうですし。纏う魔力もしょぼければ顔も阿呆面。金で雇われたしょうもない者でしょう」


 ひどい。

 全部事実だけどあまりにひどすぎる。

 なんで俺は毎回こういう時にサンドバッグにされるんだ。


「というかおい、顔は関係ないだろ!!!!」


 そしてなんとなくヘラ王女の言葉を聞き流していたものの若干癇に障った言葉が無意識に口から出てしまった。

 突然の大きな部屋に響き渡った俺の大声に場が静まり返る。

 その声を聴き、国王とヘラ王女は驚いた様子を見せたがバンだけは何処か面白そうに俺のことを見つめていた。


「・・・あなたは鏡というものを知っていまして? もし買うほどのお金がないのならば今日の土産に差し上げますよ。それをもってさっさとお帰りください」


「あー知ってますよ!! 便利ですしちゃんと家にもあります!! というか持っていても腹の黒さまでは見えませんもんね!! 残念だ、腹黒さまで見ることができればもっと王女様も謙虚に生きることができたでしょうね!!!! そんな素晴らしい魔法具、誰か開発してくれませんかね!!」


 そう言い切った後、横に立つバンの方を再び向いてみると彼は「あー、やってる」と言わんばかりに顔を手で押さえた。いや違う、笑いをこらえてるなこれ。


 こういった感じの嫌味は今迄にクレアから耳が痛くなるほど聞かされていたから反射的に彼女と話すときのような口調で言葉が出てしまったのは事実。流石に初対面の人に、ましてや王女様にこんな態度をとってはいけないんじゃないかという疑念が胸の中に生まれてくる。

 なんなら普通に考えて王女様にこんな態度取ったら普通は問答無用で首を落とされるに違いない。


 ただ、ここに来る前バンに『勝手なことをやってクレアたちに怒られたりしないのか』と聞いてみたところ、彼女にはむしろ徹底的にフってほしい、好きなようにやっていいと言われたらしいからその言葉を信じることにした。


 というかクレアもクレアだろ。

 バンを取られたくないからって本当に大丈夫なんだろうな?

 国交に影響したりしないよな?


 ・・・・まぁ、どのみち俺は知ったこっちゃないしもっとやっていいか。

 なんかまずいことになってもバンが何とかしてくれるだろう。こうなったらもうやけくそだ。とことんやってやろう。


「はぁ!? あ、あんた誰にものを言ってるのよ!! 私はこの国の・・・」


「バンのストーカーだろ!! 俺のバンにいったい何をするつもりですか!?」


「違うわ!! 私とバン様は運命の赤い糸で結ばれているの!! あと私のキメ台詞の最中にしゃべらないで頂戴、失礼にもほどがあるわ!!! バン様!! 本当にこの男とお付き合いしているのではないでしょうね!? って今俺のバンと言いました!?」


「言いましたよ。な、バン」


「はい。俺とフィセルはすでに裸の仲です。同じ一つ屋根の下で衣食住を共にしています。この絆は誰にも引き裂けません」


「は、はだか!?」


 風呂の、だろ。

 その言い方じゃいろいろアウトな気がするぞ・・・。だけどここはどんどん乗っかっておくか。このまま引き下がるのもなんか癪だし、今の返答でバンからも許可が出たといっていいだろう。もう好き放題言わせてもらう。


「そうです、俺とバンはそういう関係なんです!! だから邪魔しないでいただきたい!! 俺はもう何度バンの裸を見たことか!! もう数え切れませんよ」


「そんな不潔な!! あっ、でも・・・・。なんかいいかも。いけないわ私、こんな妄想は・・・。でも・・・イイ・・・はっ、何この感覚・・・」


「え?」


 だが俺の想像とは違い彼女は顔を赤らめ鼻血をたらし始めてしまった。

 さらにはポタポタと彼女の鼻からは血が流れ、王女とは思えないしぐさで口からあふれかけた涎を手で拭う。

 なんだかすごく嫌な予感が・・・。


「も、妄想が・・・。ちょっ、きょきょ今日はこれまでにしておいてあげるわ。わ、私はこれで・・・」


「ヘラ様だ、大丈夫ですか? どこか体調が悪くなったりとかはないですか」


 突如様子がおかしくなったヘラ王女。

 バンがヘラ王女に近づこうとすると彼女は手で制して引き下がっていく。

 こんな風にバンが近づこうとしたのを拒絶するのは珍しいことなのか、国王がびっくりした様子で身を乗り出したのが視界の端に映り込んだ。


「えぇ大丈夫です。ですがちょっとやりたいことが思いついたので今日はこれで失礼します。そしてそこの! えーっと名前は・・・?」


 鼻血をぬぐいながら彼女は俺の方を指さす。

 この王女俺の名前をもう忘れているのか。


「フィセルです」


「フィセル!! 覚えておきなさい、私はバン様をあきらめたわけではないですからね!! ですがきょ、今日はこれで失礼します!!」


 そう言って彼女は走り去ってしまった。

 そんなちょっと微妙な雰囲気が流れる玉座で、今まで黙って事の次第を見守っていた国王がようやく口を開いた。


「その、・・・お幸せに?」


 何か嫌な予感が胸の中を駆け巡る中、俺とバンは城を後にした。

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