第46話 冒険者たちの昼下がり②
「やっぱりさっきのはルリさんでしたか・・・」
「いや本当にごめんなさい」
ややあきれ顔で俺らを出迎えた受付の人に俺は頭を下げる。
なんだか自分の子供が悪いことをしたときに頭を下げる親の気分だ。
「なんでお兄ちゃんが謝るの? 悪いのはお兄ちゃんを馬鹿にした奴らでしょ?」
「いや、でも周りを巻き込むなよ・・・。ほらごめんなさいして」
「むー。わかったごめんね」
「いえ、私は大丈夫なのですが・・・。やはりこの方はルリさんにとって特別な方なのですね」
受付の人は少し前に俺が伝言を頼もうとしたエルフの人であり、俺の目を見てそう言った。
前回の熱烈なハグとさっきの騒動で俺とルリの関係は何となく察したんだろう。
なんかこの人に迷惑かけてばっかだな。
「そうだよ。だからお兄ちゃんを馬鹿にした奴らを黙らせてやったの」
「それでも他の人を巻き込んだら駄目だろうが」
頬を膨らませたルリのおでこを人差し指で軽くはじく。
いわゆるデコピンだ。
彼女にノーダメージなのはわかっていたけど俺が少し怒っているのはわかってくれたはず。
「むぅ、これでも手加減してあげたよ。魔法なんて使ったら今頃血の海になってる。だから殺気を放つしかなかったし巻き込んじゃったの。それに黙ってはいるけど内心馬鹿にしてたやつもいただろうからね、痛い目見てもらわないと」
こりゃ何言っても駄目だな。
今のルリはまるで駄々こねる子供だ。
てか血の海て。想像できてしまうのがまた怖い。
「ルリさんは強すぎるんですからもうちょっと抑えてください・・・。それが無理なら」
受付のエルフは俺の方をちらっと見た。
その時はお願いしますって顔してるな。
「うん、わかった。ルリは俺が面倒見ますから」
「お願いしますね」
「えっ、お兄ちゃんが私の面倒見てくれるの!?」
一瞬でいつものアホ犬モードに戻るルリ。
本当に俺次第なんだな・・・。
これからいつも通りのルリをアホ犬モード、冒険者の時を狼モードと呼ぶことにしよう。
というか今まで問題は起こさなかったのか?
ガチで不安なんだけど。
「ちょっと聞きたいんですけどルリは今までにさっきみたいなことはしでかしたことないんですか?」
「そうですね、初めてです。ですが前から慕っている人間が一人いるというのも、その人のために冒険者をやっているとも聞いたことはありました。まさかあなたのような方だとは思ってませんでしたけど」
「そうだよ! いつでもあんなことするわけじゃないんだから。それにもうしないって誓うよ。これでこの冒険者ギルドでお兄ちゃんを馬鹿にするは奴はいなくなっただろうから。噂ほど怖い物はないからね!」
ルリは満足そうな顔をして目を輝かせている。
そうなんだけどやり方ってものがあるだろ。
でもまぁ、彼女なりに考えての行動だったんだろう。
これ以上とやかく言うのも無粋だな。
元は俺が貧弱なのが問題なんだし。
「あなた様の機嫌を損ねるということが、狼の尻尾を踏むことになると知らしめることには成功したでしょうからね。・・・私たちは完全に巻き込まれたわけですが。それで今日はどんなご用件で?」
「私は今日の分の依頼を受けに、お兄ちゃんは冒険者登録をしに来たの」
「かしこまりました。ではこちらに必要事項を記入してください」
彼女はそう言って俺の前に一枚の紙が差し出される。
おれはそれを受け取ってとりあえずすべて埋めることにした。
特に詰まるところはない。しいて言うなら親の名前を書く際に危うく昔の親の名前を書きそうになってしまったくらいだ。
「はい、できました」
「ありがとうございます。本来は初心者講習という者があるんですけど、ルリさんがSランク冒険者ですのでルリさんに一任するという形で受けないことは出来ますがどうしますか?」
え? 何その特権。
やっぱSランクって相当すごいんだな。
「え、Sランク冒険者ってそんなすごいんだ」
「そうだよ!! お兄ちゃんもっと褒めて!!」
「ぐはっ!? お、お前!!」
抱き着いてきたルリのタックルをなんとか受け止めて俺は再度登録用紙に視線を落とす。
別にゴリゴリの冒険者になんてなる気はないから別に聞かなくてもいいか。
「じゃ、じゃあ初心者講座はスキップさせてもらいます」
「かしこまりました。では最初に適性検査を行いますので少し場所を移しますね。ここをまっすぐ行ったところの部屋で待っていてください」
そう言って彼女はギルドの出入り口とは反対方向に延びる廊下を指さした。
そして廊下の突き当りには検査場と書かれた部屋が見える。
「わかりました」
「じゃあ私は今日の分の依頼をサクッと終わらせてくるから終わったら連絡してね! 迎えに来るから!!」
「わかった。気を付けてね」
ここでようやくルリの拘束が剥がれた。
本当にこいつは・・・。
「ルリさん、今日の依頼もAランクの依頼なんですが・・・。まぁあなたならすぐ終わりますか」
「うん。じゃあ行ってくる!!」
「ではフィセルさんはあちらへ行ってください」
「はい」
こうして俺とルリは真逆の方向に分かれるのであった。
*********
部屋に案内された俺は冒険者ライセンスを発行するために検査を受けていた。
だがその間俺はずっと上の空だった。
「はい、じゃあ次は写真を撮りますねー」
・・・やっぱり俺にはよくわからない。
今迄、そしてさっきのルリの行動が今でも疑問に残る。
昔のルリはあんな感じじゃなかったはずだ。
昔は天真爛漫で誰にでも迷惑をかけるけど彼女の笑みを見たらみんな許してしまう。
いつでも元気いっぱいで周りのみんなに笑顔を振りまく。
そんな感じだった。
「じゃあ次はこの水晶玉に手を乗せてください」
そして昔からルリは俺に懐いていたし、俺もルリを可愛がった。
ただそれはあくまで家族の一員だとしてであって、むしろダニングやアイナのほうに懐いていた気がする。
だが今はどうだ?
明らかに俺に対する執着がおかしい。
少し狂気じみている気がする。
一体何が彼女をそうさせているんだ?
「はいじゃあこれを力いっぱい握ってくださいねー」
ルリ、君は200年間で一番変わった。
君に一体何があったんだ?
一体君の心は何に蝕まれてしまったんだ?
・・・だけどルリは変わらずルリ、あの小屋で20年ともにしたかけがえのない仲間。
200年前から愛情が1㎜でも薄まったことはない。
いくら狂っていたとしても。
俺ができる限りは君の愛情を受け止めよう。
「はい、検査はこれで終わりです。今日もうカードをお渡しできますので少々お待ちくださいね。・・・フィセルさん?」
「え? あ、はい!」
検査院の人に呼びかけられてハッとする。
そうか、俺はいま検査していたのか。
完全に頭はルリの事でいっぱいだった。
「あの、こんなことを言うのは少し心苦しいのですが・・・」
「どうしたんです?」
俺が答えると検査員の人は少しばつの悪そうな顔をした。
なんかあったのか?
「あの、フィセルさんは私が検査した中でも初めてと言えるほど魔力も筋力もないんです。この先副業や趣味と言った形で冒険者をやるのならいいんですが・・・・。その、冒険者を本業にするのはお勧めしません。というかやめた方がいいです。恐らくフィセルさんにできる依頼と言えば薬草拾いとか、住民のお手伝いくらいだと思いますので」
デ、デスヨネー。
いや、元々暇すぎるから取っておこう位のノリだったしライセンスがあればルリの仕事の様子を見れるっていう理由だったからいいんだけどさ。
ライセンスを持っている人しか入れないところとかあるし、流石にバンとかに稽古つけてもらえばそのうち普通の冒険者くらいにはなると思ってたから。
ただこれ、バンとかに稽古つけてもらってどうにかなるレベルじゃなさそうだな俺の身体能力。
エルフたちと一緒に暮らせなくなったらどうすんだ俺?
・・・ま、まぁいいか。あとの事はまた考えよう。
「それでどうします? 登録します?」
「はい、お願いします」
「かしこまりました」
こうして俺は晴れて冒険者となった。
当分の間俺は冒険者として依頼を受けることはないのだがそれはまた別のお話。
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