第九話

「で、ジャン様は今日どこに行ってるんだ?」

「ああ、今日は家に用事があるらしい」

「ふーん、どうせなら暫く帰ってこなくていいんだけどな。正直あいつ、俺らの演技になんだかんだ文句つけてきてうざいんだよね」


 舞台稽古の休憩中、トーマスの元へやってきたオーク座の俳優オリヴァーが、ジャンへの愚痴をぶちまける。

 通常劇作家は、原稿料だけでなく、公演による収益からいくらか報酬はもらえるものの、作品が一旦劇団に売られてしまえば、上演の配役や演出、戯曲の改訂や出版に一切関与できなくなる。

 だがジャンは、エドワード伯爵から特別扱いを受けており、とりわけ今回の舞台に関しては、ほぼ全ての権限を与えられていた。そのため、同じ劇作家仲間は勿論、オーク座の中にも、ジャンに反感を持つ俳優が少なからずいるのだ。

 

「オリヴァー、それジャンの前で絶対に言わないでくれよ。おまえだって、ディアフォトスのジャンの演出には感心してたじゃないか」

「…」


 図星をさされたのか、不機嫌に顔を歪めながらも黙りこむオリヴァーに、トーマスは笑みを浮かべる。


(まあこいつも、悪いやつではないんだよな)


 トーマスは、ジャンが忙しく顔を出せない時、代行として演出や演技について俳優達に伝える役目を担っていた。

 ジャンの口調は確かに横柄で、俳優達に反感を持たれてしまうのもわかるのだが、その演出や演技指導には、同じ演劇を愛する劇作家として感心するところも多々ある。だからこそトーマスは、ジャンの言ってることを、俳優達が納得できるようフォローし伝える努力をしていた。そうしていくうちに、トーマスはオーク座の俳優達と親しくなり、特にオリヴァーとは、二人でも飲みに行くほど仲良くなっていたのだ。



「ところでアリアンの代役見つかったのか?」

「…ああ、見つかったよ」


 突然話を変えられ、トーマスは一瞬返答を迷ったが、努めて笑顔で答える。


「今ちょっと間があったよな?」

「いやいや、ないない」

「大体さ、元はと言えばおまえがあの日休むからこんなことになったんだぜ」

「はあ、なんで俺のせいなんだよ!」


 それまで穏やかに話していたトーマスも、オリヴァーの理不尽な言葉に思わず声を荒げた。

 アリアン役の降板騒動があったその日、トーマスは他の劇作家仲間との合作の締め切りに追われ稽古に参加できなかったのだが、だからと言って自分が原因のように言われるのは納得できない。

 今や時の人であるシェイクスピアや、本人も貴族で、オーク座付き作家のジャンならいざ知らず、トーマスのようなフリーの劇作家がもらえる報酬は作品一本で6、7ポンド。

 年に何本も書ければそれで食っていけるのかもしれないが、作品を書き上げる時間と労力は莫大なもので、一人ではどう頑張っても年2.3本が限界だ。生活のためにも、オーク座の仕事だけに全ての時間を捧げるわけにはいかないのだ。


「でもさ、あの時おまえがいれば、多分あの子やめなかったと思うんだよね」

「え?ジャンがイメージと違うって言って追い出したんじゃないの?」

「まさか、いくらあいつでも大事な女役をそんな理由で追い出すわけないじゃん。

多分公演が近くなってきて熱が入りすぎたんだろうな。いつも以上に厳しく演技指導してるうちに、本人がもう無理ですって言って出てっちゃったんだよ」


 オリヴァーの話を聞き、トーマスは、昨日頭ごなしにジャンを責めすぎたことを後悔する。そういえばジャンは昔から、自分を悪者に仕立てあげるような言葉をわざと吐くことがあった。


「少年劇団で演技の練習積んできたからってさ、まだ13かそこらの子が女役やるってすごく大変なんだぜ?そこに来てもっと色気出せとか気高くとか言われ続けたら、そりゃ誰でも逃げ出したくなるよ」


 オリヴァーもかつては少年劇団に所属し女役もやっていただけに、辞めていった少年の気持ちがわかるのだろう。一瞬反省しかけたが、ふと疑問が浮かび、トーマスはオリヴァーに問いかける。


「でもお前そこまでわかってるなら、おまえがその子フォローしてやめるの止めてくれればよかったんじゃないか?」


 するとオリヴァーはトーマスから目をそらし、悪戯に舌を出す。


「だって、公演できなくなって一番困るのあいつだし、これを機にあいつもちょっとは謙虚になるかなと思ってさ」

「おい!公演できなくなって困るのはジャンだけじゃないだろ!」

「まあまあ、代役が見つかったならよかったじゃん」


 オリヴァーは、憤るトーマスの肩を叩き、そのまま逃げるように離れていった。



「まったく、どいつもこいつも…」


 トーマスはため息をつきながら、昨夜のジャンの言葉を思いだす。


『アリアン役は絶対にリリーでいく。俺が全ての責任を持つから信じろ!』


 はっきり言ってトーマスには、その日出会ったばかりの素人の少年に入れ込むジャンの真意が全くわからない。ジャンとは学生時代からの付き合いだが、人懐っこいようでどこかシニカルなジャンが、あそこまで一人の人間に執着するのを見るのは初めてだった。


「ったく、そこまで言ったからには、本当にどうにかしてくれよ」


 トーマスは、主演の女役がいない舞台稽古に目を向け、小さな声で祈るように呟いた。








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