第一話

「勘弁してくれよ!せっかくエドワード伯爵がアリアンに相応しい美少年を用意してくれたのに、辞めさせたって一体どういうことだよ?」

「仕方ないだろ、俺のイメージと違ったんだ」

「そんなの今更言うことじゃねえだろ!公演まであと2週間切ってんだぞ!」

「だから悪かったって言ってるだろう?少し落ち着けよ」

「これが落ち着いてられるか!」


 口では謝りながらも、どこか呑気で悪びれる様子のないジャンの態度が気に入らず、トーマスは大声で捲したてる。

 学生時代からの友人で、ジャンの性格を十分すぎるほどわかっていたトーマスは、ジャンから合作の誘いが来た時も、正直不安はあった。それでも思い切ってこの依頼を引き受けたのは、今回の舞台がトーマスにとってもチャンスだったからだ。

 ジャンのパトロンでオーク座の所有者でもあるエドワード伯爵が、この公演が成功したら、トーマスとも座付きの劇作家として契約すると約束してくれていたのだ。そのチャンスを棒にふるかもしれない今の事態に、到底怒りを鎮めることなどできるはずがない。


「おまえはいいよ!所詮俺とは生まれも育ちも違う貴族様だからな、今回の公演ができなくなったってどうせ何も困らないだろうよ!だけど俺は…」


 だがそこまで言って、トーマスは自分がつい感情のまま、ジャンの前で一番言ってはいけない言葉を発した事に気付き口を噤む。案の定、それまで形だけはトーマスの下手に出て謝罪していたジャンの顔は、怒りも露わに歪んでいた。


「いや、別に俺も、お前がお遊びで劇作家やってるとは思ってなくて…」

「わかったよ」

「え?」

「そこまで言うなら、俺が今日中に演技力抜群の美少年見つけてきてやる!」

「いや待て!それよりもう一度エドワード伯爵に相談してオーディションとか…」

「うるせー!余計なことしたら金輪際おまえとは絶交だからな!おとなしく待ってろ!」

「おい!ジャン!」


 呼び止める声を無視して、ジャンは部屋から出て行き、乱暴に閉められたドアの前で、トーマスは大きくため息をついた。



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