なんか、姉ちゃんが腹話術する
「僕はこのチェックがいいと思うけど……」
色見本を指差してそう言うと、姉ちゃんは大げさに頭を抱えた。
「でたよ、もうっ!ないわー、チェックだけはない。絶っっ対にない。考えられない。頭痛がする」
「なんでだよ」
「なんでとかじゃないから。あり得ないから。カプリさんもそう思うよな?」
「はいっ!チェックだけは絶対にあってはなりませんっ!」
カプリはその毛むくじゃらな手をシュビッと上げて、姉ちゃんの意見に賛成を表すのだった。
リビングルームのカーテンを買い換えることになった。
素材は何やらこだわりがあるらしい父さんが決め、色は家族全員の希望を聞くことになったのだけれど………。
「チェックはもう、この中で一番選んじゃダメなやつだからね。選ぶと思ってたわー。お前は選ぶと思ってた。これだけは絶対にないってやつを確実に選んでいくやつだからな。どう思う、カプリさん?チェックだって」
「最悪の選択です!見たくもありません!」
僕の選んだチェック柄は、姉ちゃんとカプリにはすこぶる評判が悪い。
「じゃあ、姉ちゃんは何色がいいんだよ?」
「やっぱり青かな。カプリさんも青がいいよな?」
「はいっ!ブルー一択ですっ!」
「青ってなんか寒々しくない?」
「ないよなー、カプリさん?」
「全くありませんっ!夏の空を見て寒いと思うでしょうか?青 → 寒色 → 寒い というバカの論法ですっ!」
色一つでこんなに言われるかね。
「父さんと母さんは何て言ってんの?」
「父さんは素材以外はどうでもいいって。母さんはオレンジ。で、わたしとカプリさんが青で、お前がチェック」
「そうかぁー」
じゃあ、多数決なら青ってことになるのかなぁ………………って、なんでだよ。
なんでカプリに投票権があるんだよ。
カプリは、ある日突然姉ちゃんが買ってきたミニウサギの名前である。
当初、姉ちゃんの部屋でだけ飼われる予定だった茶色の毛玉は、持ち前の可愛いさを武器にグイグイと領土を広げ、気が付けば両親公認のもとリビングルームの第二の主として窓辺で悠々と毛皮を嘗めていた。
今ではこうして姉ちゃんの膝に収まり、家族会議にまで口を出す有り様である。
もちろん、ウサギは喋らないので全ては姉ちゃんの腹話術なのだけど。
「騙されるか!オレンジと青と僕のチェックで1票ずつじゃん!」
「いや、母さんオレンジだけど、チェックだけは嫌って言ってたから、プラマイで0票だね」
マイナスありなん?
「で、わたしもカプリさんも嫌がってるから、マイナス2票と」
そんなにダメか、チェックって。
てゆーか、カプリに票はないから。
「決まった?カーテン」
母さんが手を拭きながらキッチンから現れた。
「わたしとカプリさんが青、こいつはチェックだって」
「ふーん。じゃあ、多数決で青ね」
だから、カプリを票に入れたらダメなんだって母さん。
「なんでもいいから早く決めて。あと、一応父さんにも聞いてきてね」
「わかった」
珍しく、いち早く姉ちゃんが立ち上がる。そのままカプリを携えてリビングを出て………。
「カプリさんとわたしが青なら、青でいいってさ」
だからなんで、我が家はみんな姉ちゃんの腹話術に騙されるんだよ。
ただでさえ、発言権が強いのにドえらい武器を手に入れたもんだ。
なんにせよ。
うちの姉ちゃんは、やっぱり変だと思う。
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