なんか、姉ちゃんが目撃する


うちの学校に幽霊が出るという噂が立った。


あるんだな、こんなこと。

学校の怪談なんて代々受け継がれる土着のものってイメージだったけれど、まさか噂の立ち上げに関われるとは思わなかった。


目撃したのは数名の男子生徒、昼休みに用があって美術室に向かっていたらしい。

ふと気が付くと、少し前を見慣れない女子生徒が歩いていた。

どこか不気味なその女子生徒は、男子達の数メートル前を歩いていたにもかかわらず、いつ現れたのか、いつから前を歩いていたのか誰も覚えていなかったという。

不思議な女子生徒はそのまま誘うように美術室に入って行った。

躊躇ったものの入らないわけにもいかないので後を追うと部屋の中は無人。準備室には鍵がかかっており、隠れられる場所もない。パニックになった男子達は悲鳴を上げて逃げ帰った………。


「って、話なんだけど、どう? ヤバくない?」

「んー」

帰宅して制服も着替えずに仕入れたての噂話を語って聞かせてけれど、姉ちゃんの喰いつきはイマイチだった。相変わらずソファの上でだらけたまま、文庫本から目も上げない。


「あれ? 怖くないの、姉ちゃん」

ビビりのくせに。

「んんー」

「もしかして、信じてない感じ? これはガチだからね!クラスのヤツが先輩から聞いた話で――」

「ああ、いや、大丈夫。信じてはいるから」

「え、そうなの?」

「……てゆーか、わたしも見たから」

「え? え? え? 何て? 今何て?」

姉ちゃんはそこでようやく文庫本を閉じ、僕の方に向き直った。


「わたしも見た」

マジでか。ズルいぞ、僕の仕入れた怪談なのに。上回ってくるなよ。

「え、その、見たっていうのは……どこで?」

「美術室………の、中」

「爆心地で見てんじゃん」

中から見てたのか。新しい側面からの証言が。マジでなんなん、この展開。


「それでそれで? どうだったの? 何を見たの? てゆーか、なんで姉ちゃんそこにいたの?」 

「わたし美術室の鍵持ち出せるのよ。ほら、わたし美術委員でしょ?」

いや、知らんけど。

「わたしも美術室に用があってさ、多分その人達より先に入ったんだと思う。んで、準備室に入って扉を閉めようとしたらチラっと見えた」

「……何が?」

「美術室の扉がゆっくり開くのが」

こーわっ!!

「ほんと怖くてさ、すぐに準備室の扉を閉めたのよ。そしたらなんか、こう、何かを探し回っているような音が聞こえてきて」

「うえ、ヤバっ」

「で、準備室のドアノブとかもガチャガチャされんの」

「怖すぎるっ!」

「マジで怖かった。だから息を殺してたらさあ、しばらくしてさあ…………悲鳴上げて逃げて行った」

「逃げてった?………姉ちゃんが?」 

「いや、男子達が」

 男子達が……? 

「そう、男子達が」

「男子達が?」

「幽霊だーって叫びながら」

あー、姉ちゃんだ姉ちゃんだ! この幽霊、姉ちゃんだわ!うわー、どうしよう。


「わたしなんだよねー」

「なんだよねー、じゃなくて。何やってんの、姉ちゃん!」

「ほんと怖かったわー。とっさに準備室の鍵かけといて正解だった」

「いや、鍵いらないじゃん!」

「いるじゃん!入ってきたら怖いじゃん!せっかく昼休みやり過ごしてたのに」

 昼休みを? やり過ごす? 

「ああ、うん。わたし昼休みって苦手なのよね………長いし、うるさいし、話しかけられたりしたら嫌だから………いつも準備室にいんの」

「………準備室に?」

「うん」

「………いつも?」

「うん」

「…………………一人で?」

「うん」

「……………………………」

 それもう、妖じゃん。


「まあ、とにかくあれよ。その話の正体は幽霊とかじゃなくて、わたしだから」

「………はあ」

「安心しろ」

どのポイントで?


弟からしたら十分すぎるほどホラーな話なんですけど。


やっぱりうちの姉ちゃんは、変だと思う。







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