なんか、姉ちゃんが友達呼んだ


「えー、そうなんだー。あはははは!」


姉ちゃんの部屋に執行しぎょうさんが遊びに来た。


姉ちゃんの数少ない友達の一人である執行さんは、誰かさんと違って活発でよく喋る女子高生らしい女子高生なので、


「あははははははははは!」


五分に一度くらいの割合で、壁から笑い声が突き抜けてくる。

隣の部屋から笑い声が聞こえてくると、なんか悔しいのは僕だけだろうか。聞く気はないけれど、どうしても会話の内容が気になってしまう。


「あははははははははははは! 死ぬ!死ぬ―――! ぶははははははははは!」


めっちゃ笑うじゃん、執行さん。

コミュ障陰キャの姉ちゃんに明るい友達が一人でもいることは弟としては喜ばしいことだけど………いったい姉ちゃんの何がそんなに面白くて笑っているのだろう。


「あー、死ぬ。お腹痛い! それで? それで? ………弟くん、どうしたのー?」


ああ、僕だった僕だった。

僕の話で笑ってたよ。

え? え? 何々? 何の話? 僕の何でそんなに笑ってんの?


「あっはっはっはっは! 水着! 水着ィィ――――っっ!」


いや、知らん知らん! そんなエピソード知らん! 

僕の人生、水着周りで爆笑できる話なんて一個もないぞ。 絶対話盛ってるって、姉ちゃん。

確かめようにも、姉ちゃんの喋り声はボソボソとしてよく聞き取れない。おそらく隣室の僕の存在を気にしているのだろう。


「あー、おかしい。てゆーか、あたしばっかり笑ってるじゃん。ーーちゃんも笑いなよ。あ、てゆーか、あたしーーちゃんの笑ってるとこ見たことないかも。あたしも笑わせたい!爆笑させたい!」


………ほう、そう来たか。

それはなかなか、タフなミッションだぞ、執行さん。

確かに姉ちゃんは、あまり人前では笑わない。女子として大口開けてバカ笑いするのがみっともないから、なんて理由ではなく、ただ単に笑いの沸点が低いと思われたくないから。


『へー、あいつ、あんなんで笑うんだー。へー』的な視線を姉ちゃんは病的に恐れているのだ。だから、姉ちゃんは僕の発言はもちろんテレビでお笑い芸人が出てきても、まず笑わない。どうしても笑いそうになった時は部屋に逃亡して、


「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」

あれー? めっちゃ笑ってる!?  姉ちゃんめっちゃ笑ってるよ!


「やった! めっちゃウケた! 笑い声可愛いー!」

「やめて! マジでやめて!あはははははははははは!」

ウソウソ、なんで? なんでそんなに笑ってんの?


「あ、逃げた!」


バタンとドアが開き、ドタバタと階段をかけ降りる音がした。思わず僕も扉を開くと、


「あ、弟くん」


廊下で執行さんと鉢合わせた。

「お邪魔してますー。ごめんね、うるさかった?」

「あ、いや、別に……大丈夫っす」

「お姉ちゃん面白いね」

「あ、いや、別に……大丈夫っす」

モゴモゴと呟きながら階段を下った。

喉元まで出かかった言葉を飲み込もうとすると、要領の得ないセリフしか吐けなかった。


なぜだろう。

どうしても、聞けなかった……。

どうやって、うちの姉ちゃんを笑わせたのですか、とは。


……姉ちゃんはまだ、トイレで笑っている。


執行さんは好い人だけど、ちょっと腹立つ。









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