なんか、姉ちゃんがバレンタインする
「んぐ! んぐ! んぐぐぐ………なんで、こんなに固いんだよ。んがー!」
台所で奮闘すること十五分。チョコレートは頑固に包丁の刃をはじいていた。
姉ちゃんがろくに説明文も読まずにネット注文したチョコレートは、どう見ても業務用でビート板程の大きさがあった。
このままでは溶かすこともままならないので、とりあえず調理に必要な分切り分けないといけないのだけれど…………これがまた岩のように固いんだ。
案の定、姉ちゃんは五分も持たずに音をあげて、僕が続きを担当することになった。
…………って、なんでだよ。
なんで僕がこんなことしなくちゃいけないんだ。
今日は2月13日、いわゆるバレンタインデーイブだ。(季節感がなくてすみません)
今日この日に、姉ちゃんがチョコレートケーキを作るということは、もうそういうことなのだろう。
………藤代さんか。
いつぞやに姉ちゃんがLINEで誤爆した片想いの君。
正直意外だ。姉ちゃんは動かないと思っていたから。
ビビりでヘタレなことに定評のある姉ちゃんは、告白どころかアプローチすらしないまま、ただ遠巻きに眺めているだけの消極的な幸せを選ぶだろうと思っていたから。
お菓子作りの得意な姉ちゃんのチョコレートは、彼女欲しい盛りの男子高校生のハートをさぞやガッチリと掴むことだろう。
まあ、せいぜい頑張ってもらいたいもんだ。
「くそー、藤代めー!…………うわ、怖っ! おお、切れた」
苛立ちを込めて包丁に全体重を乗せると、チョコレートは突然抵抗をなくしてばっくりと割れた。
「お、切れた?」
僕の声を聞きつけた姉ちゃんが台所にやって来る。
長い髪をシュシュでまとめ、普段は身に着けないエプロンまできっちり纏っている
あたり、その本気度がうかがえた。
「……切れた。あー、疲れたー」
「ご苦労ご苦労、サンキュサンキュ」
なんだ、その笑顔は。柄にもなく礼なんか言っちゃって。姉ちゃんの浮かれた笑顔がなぜか癪に障った。
「さてと、これで後は溶かして混ぜて焼くだけだな」
「……そうねー。あとラッピングとねー」
「は? ラッピング? なんで?」
「なんでって。するでしょうよ、そりゃ」
「しないし………誰にあげるわけでもないんだから」
あれ? 藤代さんにあげるんじゃないの?
思わずそう叫びそうになった。
あっぶね! 違うんかい! いや、そうだよな? 違うよな? 姉ちゃんに限ってそんなことあるわけないよな? ああ、びっくりしたあ。
ということは、あれか。友チョコか。
「いや、そうだよなー。そりゃそうだわー」
「………なにが?」
「いやいや、別に。あれだね。うまく焼けるといいね」
「ん?うん。まあ、ちょっとくらい失敗してもいいけどね。誰にあげるわけでもないんだし」
「いや、ダメだろ。失敗したら。執行さん可哀想じゃん」
「……なんで執行さんが出てくんの?」
あれ、なんで出てこないの?
「もういいわ。作るから。あっち行けって」
「………ああ、うん」
要領をえないまま、台所から追い出された。
どうやら友チョコでもないらしい。
じゃあ、姉ちゃんは誰にケーキをあげるつもりなんだろう。姉ちゃんが初めて作るチョコレートケーキ。
見栄えを気にするような関係じゃなく、多少の失敗は飲み込めるほど距離の近しい相手………藤代さんじゃなく、執行さんでもない。
いや、別に誰でもいいんだけど………誰かな?
ぼんやりとした疑問を抱えたまま、その日僕は就寝した。
そして、次の日。
姉ちゃんは、それはそれは見事にチョコレートケーキを焼き上げた。
満足げに笑う姉ちゃんは、胸いっぱいに出来立てのケーキの香りを吸い込み、そのまま全部自分でたいらげた。
うちの姉ちゃんは、やっぱり絶対に、絶対に変だと思う。
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