第112話 一応全貌が見えました。

 こんにちは、勇者です。


 その後少し遅れて帰ってきたルルエさんとエルヴィン。ドータさんにサルグ・リンたちにも特製オルサム・ランチを振る舞ったところ、大変な高評価を頂きました。


 サルグ・リンなど自分の料理の腕に驚いたのか、今度暇な時でいいので手解きをして欲しいと申し出てきたくらい。

 別に大した料理ではないんですが⋯⋯。


 エメラダは蜘蛛フライをえらく気に入ったらしく、その食材を聞いてきたので実際裏庭で捌いた現物を見せたら真っ青になっていました。

 その味と虫を食べたという現実。その均衡は味の勝利だったらしく、ちょっと引き攣りながらもまた作ってくれと控えめな一言。


 虫だって貴重な食材だし、味もそう悪くないのが多いんですよ?

 森に入るとその場で捕まえて食べられるお手軽食材、狩りをする人間なら常識です!


 ⋯⋯まぁ、足長蜘蛛ハイレッグスパイダーは魔物の分類で結構強いんですけどね?


「さてぇ、久々のグレイくんのお食事で和んじゃったけれど――本当に和んじゃったけれど⋯⋯ねぇグレイくん、やっぱり勇者やめて料理屋やらない?」


「やりませんから! さっさと話進めてください!」


 応接間の方に移動した自分たちは、双方の活動報告をしていました。


 自分たちはアレノフ伯爵の協力を取り付け、いつでも動かせるように交渉が成功したこと。


 ルルエさんたちは辺境伯に関するなんか色々とバレちゃまずい資料などを回収してきたらしく、それをテーブルに広げて難しい顔で検分しています。


「ふむ――――なんの書類だか全くわかりません!」


「まぁ何も知らなきゃそうよねぇ。これは言わば、裏帳簿っていうの? 辺境伯自身がしたためた物ではなく、あの奴隷商人の一人が作っていた物だけれど」


 蒼の勇者、ツムラの一党。そのうちの一人であるクルーカ・キンリは、どうやら自分が思っていた以上に貴族社会に深く潜り込んでいたらしい。


 その中にはペルゲン辺境伯も混じっており⋯⋯というかバリバリのお得意様だったらしく、奴隷関係では領地での拠点確保を実質黙認。そして極め付けが、


「この竜人の里から採掘された魔鉱石。本来なら許可なしに他国への売買は違法なのですが⋯⋯派手にやっていますね。これだけの額が動いてよくこれまでバレなかったものです」


「バレてなかったわけじゃねぇ、尻尾を掴ませなかったんだよ。元々王都でも辺境伯の金やらの動きはおかしいと目を付けてた。けど証拠も証言も何も出てこなかったんだよなぁ――これまでは」


 ニヤニヤと嬉しそうなエメラダですが、それ悪人がする顔だからやめなさい。子供たちが真似したらどうするんです。


「里の代表者――先代のウーゲン氏が細かな性格なのが幸いしました。毎年里で精製し領主へ渡した魔鉱石の量と王都へ申告していた量、照らし合わせれば随分と開きがありますね」


「そこでこっちの書類が重要になるわけです」


 そう言ってエルヴィンがちょっと分厚めの帳簿を差し出してきます。


 ペラペラと捲っても自分にはよくわかりませんでしたが、それは辺境伯がクルーカを使い、魔鉱石を他国へ密輸していたという証左になる物らしいです。


 さてここで話は変わりますが、蒼の勇者になった際に得られる特権というものがあります。

 それは各国間の移動での入国やその他に掛かる税、そして所持している物の検閲の免除です。


 高位の勇者になればなるほど、国家間を移動する頻度は高くなります。その度に税を取られていては活動に差し障ると、蒼より上の等級になるとそれらが全てタダになる!


 ⋯⋯自分がアルダからズルーガに来た時は払ったのかって?

 ルルエさんの転移で来ちゃったから当然未払いですよ! ハイハイごめんなさい!


 そして長旅をするならそれだけ持ち出す物資の量も多く、本来ならそれらにも重量や中身によって税金が課せられます。

 それも当然の如く免税対象、おまけに職種柄その中身も秘匿されるべき物もあり、検閲もほとんど受けずに素通しできちゃう状態。


 では再び辺境伯の話に戻しましょう。


 辺境伯は魔鉱石を使って国外で一儲けしたい。しかし国益に背く売買は公にできない。

 そこでクルーカがいた蒼の勇者パーティという隠れみのの登場です。


 表向きは勇者の活動として各国を飛び回るツムラたち。だがその実態は荷に奴隷を積んでの人身売買。


 そしてこれはツムラには内密でクルーカが独自に行っていたらしいのですが、辺境伯領産の魔鉱石もその荷に含めて国外へ持ち出していたらしい。


 本来なら禁輸措置の掛かった魔鉱石の輸出ができ、通常取引でも掛かってくる諸々の税まで浮く。

 おまけに里が精製している魔鉱石は純度が高いらしくかなり高額になるようで、さらにガッポリと儲けられる。


 それらの収支を辺境伯へと報告するためクルーカは帳簿を作り、その後は処分したと言っていたもののいざというときの脅迫に使えると踏んでいたのか、自らの隠し拠点に厳重に保管されていました。


 それを仲間にも黙ってひっそりと行っていたというのだから、クルーカ・キンリの手腕と悪辣さには思わず感心してしまいますよ。


 っていうか自分が尋問した時はそんなこと一言も含まれてなかったんですが。

 存外タフだったの? それとも自分の利き方が悪かっただけ?


「これもあって辺境伯領での⋯⋯言い方は悪いが「奴隷工場」は実質許可されていたんだろ。娘の行動だからと無条件で黙認するような阿呆じゃないだろうしな」


 その「奴隷工場」は辺境伯領の各地に巧妙に隠して点在していたらしく、少なくとも王都側からの監査ではこれまで見つからなかったらしい。


 それもセレスティナの証言で全て洗い出し、現在残っていた奴隷たちは全員安全な場所で保護しているようです。

 ⋯⋯あの、それ昨日一晩でやったの? 仕事早すぎません?


「その奴隷工場、監視とか護衛とかいなかったんですか」


「勿論いたわよぉ。全部ぶっ飛ばしてきたけど」


 ――ということは、自分たちが動いているのはもう辺境伯に筒抜けということですか。

 今頃向こうは盛大に泡食ってるところでしょうね。


「これはもう⋯⋯穏便には済まなそうですね」


「あ? あたしが昨日、伯爵になんて言ったか覚えてるか? 喧嘩売ろうぜって言ったんだぞ。穏便になんて済ませるわけねぇだろ」


 目をギラギラとさせて口角をこれでもかと吊り上げるエメラダ。


「やる気なのはいいですけど⋯⋯今回は自分絶対前に出ませんからね。今の話聞いてたって多分半分も理解してませんもん」


 そう。これはもう貴族の策謀そのもの。平民出の自分が前に出たってやれることは全くありません。


「それでいいさ。お前はただあたしの横にいるだけで良い」


 それなら安心。ちょっとした露払いくらいならやりますが、説明やら交渉やら難しいことは全部よろしくお願いしま〜す。


「で、これで辺境伯の諸々の罪を暴いたとして、ドワーフたちにどう益があるんですか?」


「「「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」」」


 ん? なんでみんなそこで黙っちゃうの? これって自分的に一番重要な部分だったんですが。


「⋯⋯まぁアレだ。良い領主の元で、後顧の憂いなく平和に暮らせるようになる」


「はぁ。確かにこれだけ罪があれば辺境伯は爵位を剥奪されるでしょうし、後任の領主が優秀な方に変わるということですか」


「っ! そうそう! それにここは辺境伯領だ、国防の要でもある。国としてもこれを機に膿を出し切って、領地を再強化したいってことだよ」


 何処となく早口なエメラダ。

 ニコニコと笑ったままのルルエさん。

 そして気まずそうに目を逸らすエルヴィン。


 君たち⋯⋯何を隠してる!!

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