第103話 一応絡まれました。

 こんばんは、勇者です。


 ヤバいよヤバいよ、エメラダがドワーフの酒に呑まれようとしています!


「ちょちょ、ストップ! エメラダ、ストップ!」


「なんだぁグレイ? お前が相手してくれんのかぁ!」


 あ〜もう既にいい感じの出来具合⋯⋯これでドワーフに挑ませたらとんでもないことになっちゃいます。


「はいはい自分がお相手しますから」


「なんでェ! 綺麗な姉ちゃんと景気良く飲めると思ったのにそら無いぜ!」


 しかし相対していたドワーフは飲み比べをする気満々。

 ならばこちらは最強の手札を切らせて貰うことにしましょう。


「ルルエさ〜ん!?」


「ハァ〜イ呼ばれて飲んでてルルエさんよぉ!」


 人垣からひょっこりと顔を出した彼女の手には、両手に杯が握られていました。

 いや、どんだけ飲んでんだ⋯⋯。


「こちらの方が飲み比べ勝負をご所望なので、是非ひと勝負してあげてください」


「おやおやぁ? この私に挑むとは恐れ知らずねぇ。よろしい、胸を貸してあげましょう!」


 そう言って豊満な胸をグンと突き出す。


 周囲の男たちの視線もそれに合わせて動く。


 ついでに自分の視線も動く。


「――――おい」


 キッとエメラダの鋭い眼光が光るっ!


「っ!? さぁさ、エメラダはあっちで飲みましょう!」


 誤魔化すように彼女の背中を押してその場を離れると、後ろからはイッキ! イッキ! という大合唱が耳をつんざく。

 一気飲みは身体に毒だから程々にね〜。


「ちょっとぉ、グレイ〜どこまでいくのよぉ。おさけが取りに行けなくなるじゃないの!」


 ぐでっと自分にしな垂れ掛かるエメラダの口調はいつもの男言葉ではなく、ちょっと女性らしいものに変わっていました。

 く⋯⋯これがギャップというやつか!


「もうたくさん飲んだでしょ。少しお水でも飲んで一息入れましょ?」


「まぁだだいじょ〜ぶ〜!」


 そう言いながら腕を引っ張って駄々をこねます。

 ちなみにね、今は鎧も外してますのでその、当たってるんですよ。


 ⋯⋯当たってるんですよ!


「全然大丈夫じゃない。ほら、クレムとクロちゃんがあっちで食べ物食べてますし」


 存外ふくよかな感触が名残惜しくも鋼の精神で腕を引き剥がし、手を握って強引に連行します。


「あ、お兄様! と⋯⋯エメラダ様、ベロベロじゃないですか」


「わぁ、メーのお顔真っ赤だ! リンゴみたい!」


 クレムとクロちゃんは端の方に設けられたテーブルで仲良くお肉に齧り付いていました。

 その隣りではエルヴィンが黙々と野菜やキノコなどを炒めたものを口に入れては、うんうんと頷く光景。


 あ〜、なんか帰ってきたなって感じがする。


「はい、お水です」


「う〜、ヤダ〜、おさけ〜」


「アンタはクロちゃんですか⋯⋯」


 珍しく絡みモードなエメラダは、水を渡そうとする自分の首に絡みついて離れようとしません。


「エメラダ様! くっつき過ぎですよ、離れて!」


「おまえはぁ、あたしのぉ、ママかぁ〜! アハハハッ!」


 注意するクレムの言葉も意に介さず、楽しそうに笑い出しました。こ、この子は笑い上戸なのかそれとも絡み上戸なのかな?


 その様子にすっかり呆れたクレムは、もう知らないとばかりにまたパクパクとお肉を食べ始めました。

 君、案外肉食系ですよねぇ。


「ぐれいぃ〜っ!」


「あ〜ハイハイなんですか!」


 耳元で叫ばないで、キーンって、キーンってする!


「寂しかったんだぞぉ、怖かったんだぞぉ。わかってんのかおまえは〜」


「今回ばかりはエメラダ様に同意ですね。本当に心配したんですよお兄様?」


 二人のジトッとした視線から、そっと目を逸らす。

 しかしその先にはエルヴィンの顔があって、無言でニッコリと同意しているようです。


「だからごめんなさいってば。あの時はあぁするのが一番いいと思ったんですよ」


「だからってぇ、はなれるのはちがぁう! たたかうのも一緒! にげるのも一緒だぁ!」


「そうです。目が覚めたらもう里にいて、顔面蒼白のエルヴィンさんを見た時は本当に焦りましたよ」


「まったくですね。ご命令でしたから従いましたが、今後あのような指示は無しでお願いします」


 味方がいなぁい!

 援護! ルルエさんの援護射撃はないのかぁ!


 遠くを見ればドワーフ数名が酔い潰れて地面に転がり、それを尻に敷いてさらに酒を煽る恐ろしき魔法使いの姿が。


 だめだ、あれは役に立たない!


「は、反省してます⋯⋯」


「ほんとかぁ! 誠意をみせろ! ゆーしゃだろ!」


「勇者関係ない⋯⋯誠意って、何すればいいんですか」


 こんなに泥酔するエメラダは珍しいですよ⋯⋯それだけ心配かけちゃったのはわかりますが、これはかなり面倒くさい。


「ん〜、よし。チュウしよぉ〜!」


 ハ?


 そう声に出す前に、エメラダの柔らかい唇が自分の頬にチュッと吸い付いてきました。

 ――――あぃええええええっ!?


「エ、エ、エメラダさまぁ〜っ!!」


「なぁんだよぉ、おまえもすりゃいいじゃん。ほらほら〜」


 自分に絡めていた腕を解くと、その魔の手がクレムに向かう。

 あっという間に引き込まれた哀れな少年が、グイッと自分に押し付けられます。


 不意に視線が絡み合い、思わずお互いが赤面してしまう。


「あ、あの⋯⋯良いですか?」


「い!? い、いい、良いですよ!?」


 HAHAHA! ク、クレムは男の子だよ? ほっぺにチュウくらいでどどど動揺するわけなっ、


「ちゅっ」


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ」


 はぁい動揺してまぁす! なんでこうなった!? エメラダの酒癖のせいだ! このやろう解毒してやる!


 そう意気込んでエメラダに手を伸ばすと、それを嬉しそうに握られて頬擦りされる。


 ん⋯⋯⋯⋯まぁ、ね?


 可愛いからもう少しこのままでいいんじゃないかな?

 違うよ? 自分の意思が弱いとか流されやすいとかそういうんじゃないよ?


「も〜、仲間にがしてェ、危ないことしないでよね〜」


 弄ぶように握られた手をもにゅもにゅと揉まれる。


 そして何故かそれに対抗するようにクレムが逆の手を取り、その綺麗な金髪の頭へと導かれる。


 あ、ハイ。撫でろってことね?


「だいじょうぶだよ〜。クロが強くなって、みんなもパパも守っちゃうから!」


 あ〜、クロちゃんは良い子だなぁ。

 それにしてもいつの間にこの子は自分の懐に潜り込んで抱きついてたのかな?


「「――――――――パパ?」」


 瞬間、まるで氷結魔法でも唱えたかのように場が凍りつきました。


 ししししまった! まだそこんとこの説明とか全然してなかった!


「パパってなによ」


「パパってなんですか」


 二人の視線が痛い。さっきまでの甘い雰囲気は何処へ!?


「いや、ほら。自分たちパーティはもう家族みたいなものだし、一応クロちゃんは自分が保護者なわけで」


「それで?」


「お父さんも亡くしたばかりですし、そ、その、親代わりならパパと呼ばれても良いか、な、って⋯⋯」


「⋯⋯まぁ、僕もお兄様のことはお兄様って呼んでますしぃ。別にいいですけどぉ〜」


 拗ねたようにクレムがプイとそっぽを向いてしまう。

 そうだったね、お兄様ってのも充分にヤバいよね。むしろそっちの方が倫理的にヤバそうだよね!


「ずるぅい⋯⋯ならあたしはなんだぁ? なんて呼べばいいんだぁ? あ、そうだぁ――」


 目の据わったエメラダが、再び首元に絡み出す。

 そして耳元に口を近づけ、艶やかな声音で小さく囁きました。


「あ・な・た♪」


 つま先から頭の天辺まで、ぞくぞくとした甘い痺れが駆け巡った。


 ――――ちょ、エ、あ。は、はぁぁぁぁっ!?


 耳打つ甘美な言葉に頭が真っ白になり、少ししてようやく我に返りました。

 そして慌てて抗議すべく彼女を引き剥がします。


「エ、エメラダ! それはちょっと流石に――――」


 だがエメラダは一足先に逃げるかのように、すぴぃ〜と寝息を立ててお休みになられておりました⋯⋯。


「⋯⋯じゃあ僕は旦那さまって呼ぶもん」


「――――あの、別に対抗しなくていいですからね」


 さらに不機嫌になったクレムの頭を、殊更に優しく撫で摩る。

 しかしそれくらいではダメなのか、ツンとしながら無言で料理を食べ始めてしまいました。


「グレイ様」


 そこに一際冷静な声でエルヴィンから諫めるようなお言葉を戴きます。


「英雄色を好むと言いますのでとやかくは申しませんが、程々になさった方が良いかと。色恋で刃傷沙汰はあまり風聞がよろしくありませんので」


「⋯⋯ひゃい」


 なんで、自分が怒られなきゃいけないのかな⋯⋯?


 そんな感じで、ようやく帰った里での夜は騒がしく過ぎていったのでした。

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