第99話 一応拷問しました。

 こんにちは、勇者です。


 あ〜あ、気が重い⋯⋯。

 何も喋らなかったら徹底的に心を砕けってルルエさんに言われたので仕方ないですが、こういうのって好きじゃないんですよね。


蠱毒針ヴェノムピアス


「痛っ!」


 人差し指を痩せぎすの男に向け、魔術の細い針を撃ち放つ。音もなく男の首元に針が突き刺さると、すぐにそれは消え失せてしまう。


「今のはちょっと特殊な毒の魔法です。刺された人は七日間、ありとあらゆる病の症状に犯され苦しむことになります」


 痩せぎすの男はそれを聞き、一気に顔面蒼白になっていきました。


「あ、でも安心してください。決して死にはしません。死なないだけですが」


 そう言い終わる前に、痩せぎすの男は急にゲェゲェと嘔吐して苦しみ始めた。早速効果が現れたようです。

 自分でやっておいてなんですが、これは凄くえげつないことになりそう――。


「もし耐えきれずに喋りたくなったらいつでも言ってくださいねぇ。解毒の方法はちゃんとありますから」


 男の変貌ぶりに、セレスティナがガクガクと震え出します。

 自分は何をされるのかと。


「セレスティナさんはそうですね⋯⋯これにしましょうか」


 自分は右手を掲げ、指に嵌めているソロモンの指輪に魔力を通す。

 すると、彼女の周囲から幾本もの手――――肉が腐り崩れかけ、骨まで見えるような異物が現れて彼女に纏わり付いていきます。


「ひっ、ひぃぃぃぅっ!?!?」


 現れたのは超低級のゾンビ。とにかく腐敗が酷く、腕力もなければ爪も剥がれていて攻撃出来ず、噛みつかれても歯が抜け落ちているので全然痛くないので安心安全。


 でもとにかく臭い。そしてただただ不快。

 それを五体ほど召喚して、セレスティナにけしかけてやります。


「嫌ぁぁぁっ、何、やめ、ヤダァああああああああっ!」


 うわぁ⋯⋯これは酷い。

 主に見た目が。


 だからやりたくなかったんですよ⋯⋯。

 こういうのって自分の趣味じゃないんです、女性の悲鳴なんて聞いても胸が痛いだけですよ。


 でもまぁ、それだけのことをされても文句言えないようなことをしてるでしょうし、ここは心を鬼にして次にいきましょう。


「あなたはどんなのが良いですか?」


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


 ほんと、さっきから一言も喋りませんね。

 ちょっとやそっとの拷問じゃ意に介しそうもありません。


 なら、餅は餅屋。

 ガチムチにはガチムチにお任せしちゃいましょう。


「すいませんアルダムスさ〜ん、ちょっといいですか?」


『応! 呼んだな青年!』


 スッと現れたのは自分の守護霊、変態筋肉達磨ことアルダムスさんです。


「あのおっきい人としばらく遊んであげてください。あ、縄は解いていいですよ。徹底的にボコってください。動かなくなったら好きに回復させていいですから」


『ほほぉ、青年にしては中々酷なことを言うな、Sに目醒めたかな? なんなら私に試しても――』


「目醒めてねぇですし! ルルエさんの指示ですよ、いいから好きに玩具にしてください。死にさえしなければ⋯⋯あぁ、もし死んでもルルエさんがいるから大丈夫か」


 何げない自分の「死」という一言に、大男が初めて心の揺らぎを見せた。

 なんのことはない、この人も他の二人の状況を見てかなり怯えていたのでしょう。


 なら安心してアルダムスさんに任せれば万事オッケー。


 こんな光景見ていたくないし、自分はクロちゃんのとこに逃げ⋯⋯お出かけしよ〜っと。


「ではアルダムスさん、自分はしばらく外しますので。もし彼らが心変わりしてお喋りしたくなったら知らせてください」


『心得た! さてさて、貴様は獣人だな? ここ百年ほどは魔物や人間ばかり相手にしていたから実に楽しみだ! ぜひ百点を与えられるよう頑張りたまえ!』


「⋯⋯な、何を訳のわからんことを言っ、グギャッ!?」


 強引に大男を縛る縄を引き千切り、アルダムスさんは有無を言わさず殴打し始めました。

 それからは聞くに耐えない濁った悲鳴がただただ繰り返されていく。


 あ〜見たくない聴きたくない!


 なんでみんなあんなになってまで我慢するんでしょうね?

 自分なら速攻で喋っちゃいますけど。


 さってと〜、目の前のことは一時忘れてクロちゃんと狩りに出掛けますか〜!

 これは決して嫌なことから目を逸らしているのではありません。約束は大事、それだけなんだから!



◇◇◇◇◇◇



「クロちゃ〜ん? ルルエさ〜ん?」


 山頂に二人の姿はなく、ドワーフたちに聞いてみれば山を降りて森に入ったのではという。


 自分も山から降りて二人を探していると、遠く森の奥から声が聞こえました。


 随分深くまで潜ったもんだなと疑問に思って近づいてみると、そこでは珍しく剣を握ったルルエさんとクロちゃんが木々の間を縦横無尽に飛び回っていました。


 クロちゃんは人の姿のままで、しかしいつの間にそんなことを覚えたのか爪を長く伸ばし鉤爪のようにしてルルエさんに斬りかかっていました。


「そうそう、いい感じよぉ! でも動きが真っ直ぐすぎるわぁ」


 そう言いながら、俊足のクロちゃんの突撃をひょいと躱して回り込んだルルエさんがクロちゃんの頭を剣の腹でコツンと叩いていました。


「うぁ〜、痛い〜」


 それほど力は入れてはいないのでしょう。攻撃されたクロちゃんは悔しそうに頭を摩って、しかしどこか楽しそうでした。


「速いのはいいけれどぉ、それだけじゃ簡単に避けられちゃうからねぇ。ちょっと引っ掛けで騙したり、ほんの少しの工夫で相手は次の手を迷っちゃうものよぉ」


「ん〜、ルルーの言うことむずかしい⋯⋯」


 長く伸ばされた爪は一メートルはあるでしょうか。ショボンとしながらその爪でぐりぐりと地面を削って他愛のない落書きを始めていました。


「こういうのは経験だから。クレムの坊やとはまだ早いけど、エメラダのお嬢ちゃんと一緒にお勉強していれば自然とわかるようになるわぁ」


「ハァ〜、クーは強かったんだねぇ。あんなにちっちゃいのに」


「そうよぉ? だからクロちゃんも負けないように頑張らなきゃね」


 おー! と元気よく返事するクロちゃんを見てそろそろ頃合いかと思い草陰から身を乗り出すと、ルルエさんは既に気付いていたのか表情も変えずにこちらを見て手を振ってきました。


「いらっしゃい。あっちの方はどうだったぁ?」


「はい、大方の予想通り何も話してもらえなかったので今はあの手この手で説得中です」


「パパーー!!」


 クロちゃんが両手に長い鉤爪を伸ばしたまま、自分に抱きつこうとしてきます。

 ちょっ、それは危ないからしまおうね!?


「クロちゃん、爪は元に戻してください! というかいつの間にそんなことできるようになったんですか」


「さっきルルーから教えてもらった! こんなこともできるよ!」


 爪をしまったクロちゃんにハグされたので頭をグリグリ撫でていると、急に二メートルほど離れてムムムといきむように力を入れ始めました。


「そやぁ〜っ!!」


 するとどうでしょう、クロちゃんの背中から少し小ぶりではありますが竜の黒い翼が跳ね広がったではありませんか。


「うおぉ! 何それすごい! かっこいい!」


「へへへ〜! クロかっこいい?」


 自慢げにしながらパタパタと翼を動かすと、パッと空に浮かんではまるで蝙蝠のように縦横無尽に空を飛び回っています。この木立ちの多い中、よくぶつからずに飛べるもんだなぁと感心してしまいます。


「いや本当にかっこいい⋯⋯いいなぁ、自分も翼とか欲しいなぁ」


「⋯⋯⋯⋯生やせるけどね」


「ん? ルルエさん、何か言いました?」


「なんでもないわよぉ。それより、しばらくは時間も空いたのよねぇ?」


 どこか取り繕うような感じのルルエさん。なんか怪しい⋯⋯。


「はい。一応アルダムスさんも付けたので、何かあれば知らせてくれると思いますので大丈夫ですよ」


「ほんと!? じゃあ狩り! 狩り行こー!」


 空の高いところから急に翼をしまい自分へ向かって落ちてくるクロちゃん。

 慌ててキャッチすると、そのまま抱っこする形で笑いかけます。


「はい、行きましょうか! あ。でも弓とか持ってきてないな」


「あぁ、それならこれを使いなさいなぁ」


 ルルエさんがいつもの如く胸元に手を突っ込み取り出したのは、いつだか見たことのある立派な弓でした。


「⋯⋯ルルエさん? それってグアー・リンが持ってた弓じゃないですか?」


「そうよぉ、せっかく良いもの預かったのにグレイくんたら返そうとするんだもん。お姉さんがエルフの――なんだっけ? あのお嫁さんに言って貰ってきたの!」


 サルグ・リンですよ。

 それなんか凄く大事なものって言ってませんでしたっけ!?


「⋯⋯無理やり巻き上げたりとかしてないでしょうね」


「そんなことしないわよ失礼ねぇ! むしろこれはグレイくんとシルフに是非って言われたのよ!」


 プンスコ怒るルルエさん。でもいいのかなぁ、グアー・リン怒ってないかな。

 まぁ彼奴にはクロちゃん不敬罪という前科があるのでいい気味ですがね!


「ということで、ハイ。これからはグレイくんが持っていてね」


 ポイっと投げ渡され慌てて掴む。

 華美過ぎない装飾と弦の良いしなり具合。


 実際使ったのは自分ではなくシルフさんでしたが、やはりとても良い代物です。

 お言葉に甘えてありがたく使わせてもらいましょう。


 その辺の堅い枝を削り備蓄の矢羽と鏃でちゃっちゃと即席の矢を作っちゃいましょう。


「相変わらずそういう斥候レンジャーっぽいこと得意よね⋯⋯さてそれじゃあ、さっそく狩りにしゅっぱーつ! あ、クロちゃんは竜の姿じゃなくそのままやるのよ? これも訓練、お勉強のうちだから」


「え〜、大きい時のほうがやりやすいのにぃ⋯⋯」


 ブツブツと言いながらもルルエさんの言葉に従って、クロちゃんは鉤爪を伸ばして翼を広げ空へと駆け上がっていきました。


 獲物を見つけるとスッと降りてきて場所を教えてくれるので大変にお役立ちです!


 その後は時間を忘れて三人で狩りに没頭し、陽が落ちる前に山へと戻った。

 捕ってきた獲物はまたもドワーフたちに大変喜んでもらえました。


 その日は完成したクロちゃんのお父さんの立派な墓碑の前で、またも肉を焼いての大宴会。

 もうこの人たちただ飲みたいだけですね? 自分、完全にドワーフを理解しました。


 しかし墓碑の出来栄えは目を見張るもので、まるでどこかの王様が眠っているような荘厳さを感じさせます。


 クロちゃんは満面の笑みでドワーフたち一人一人に丁寧にありがとうとお礼を言っていて、その礼を受け取った彼らは感無量といった風に涙ぐんでいました。


 自分も完全復活ということで昨日以上に盛大に飲まされましたが、今回は一味違うのです。

 何せ、自分で解毒使えるからね! なんで今までこんな簡単なこと思いつかなかったんだろう!


 ――と、油断したのが仇となりました。

 飲んでも飲んでも平静を装いドヤ顔する自分を見て、ドワーフたちの酒好きの心に火が点ります。


 ここぞとばかりに強い酒をガッパガッパと押し付けられ、ついには解毒も追い付かなくなって敢えなく撃沈。


 気がつけば、ベッドの上で横になり眩しい朝日に照らされていました。

 無論、即キラキラを吐き出し解毒を唱えてホッと一息。


 ⋯⋯はて、何か忘れているような気が?


 ⋯⋯あ。

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