第95話 一応パパになりました。

 こんにちは、勇者です。


 知らない天井⋯⋯この経験何度目ですか?

 なんか激戦のあとは必ずと言っていいほど知らない寝床で横になっている気がします。


 さてさて、どうやら自分は生きているようですが、クロちゃんが倒れてからの記憶がスッポリと抜け落ちて――――、


「クロちゃんっ!?」


「あの子は元気よぉ、昨日も自分で狩りに出掛けてモリモリと森で狩りをしていたもの」


 そう横から聞こえてきて、自分は安堵の溜息をつきました。

 来てくれてたんですね、ルルエさん。


「おはようグレイくん、具合は如何ぁ?」


「最悪の二歩手前くらいですかね、いつもの精霊痛の倍は痛くて身体がバキバキいってます」


 精霊痛とはなんとなくそう呼んでるだけで、まぁ精霊を使い過ぎた後にくる身体の痛みのことをそう呼んでいます。


「そっか、クロちゃんは生きてましたか⋯⋯よかった」


 思わず涙が溢れてきます。あの時の絶望感を思い出すと⋯⋯自然と身体が震えてきました。


「クロちゃんは間一髪だったけどねぇ、あなたはもっと危なかったのよぉ? なんとか蘇生したけれど」


「あ、やっぱり自分ブラックに殺されてましたか」


「ん〜、ちょっと違うけど⋯⋯まぁ似たようなものよ。それにしてもグレイくん、また無茶したわね? わたし前に言わなかったぁ? 死ななければ負けじゃないって」


 ジロリと睨むルルエさん。だ、だってぇ⋯⋯あの時はもうどうしようもなかったんですよ。


「もちろん逃げようとしましたよ? でもあの黒勇者、羽なんか生やして空まで追ってくるんですもん」


「そういう力を持った子だからねぇ。でもいい経験になったんじゃない? 兄弟子に扱かれたと思って今後の経験に活かしなさいな」


「――――兄弟子?」


 今なんか、すごく聞きたくない情報が耳に飛び込んできたような。


「アルフォ⋯⋯ブラックは元々私の教え子なの、随分と昔のことだけれどね? これでお兄ちゃんが出来たわよ、やったねグレイくん!」


「あんな怖いお兄ちゃんいりませんよ!」


 とまぁひとしきりルルエさんとのボケとツッコミを済ませたところで、周囲の状況を確認すると、今休んでいた場所はみすぼらしいバラック造りの小屋のようでした。


 懐かしいなぁ。駆け出しの冒険者時代によく使った馬小屋を思い出します。

 あの時は今横になっているようなベッドもシーツもありませんでしたが。


「で、そのお兄ちゃんはルルエさんが追い返してくれたんですね? ありがとうございました」


「どうかなぁ。私が助けに入らなくても結構いい線いってたし、最優の勇者を打倒するのはもう目の前よグレイくん!」


「いやそれは絶対にありえませんから⋯⋯」


 まずは情報共有ということでルルエさんと話していると、今自分が寝ているのは黒竜の山にツムラが建てた小屋の一つだということでした。


 他にも素材の保管庫や奴隷用の宿舎もあるんだとか。


 自分はあれから二日ほど眠りっぱなしだったらしく、クロちゃんのお父さんの埋葬も既に済んでいるそうな。

 クロちゃんは先に昨日目を覚ましていたようで、お父さんのお墓を見ては少し悲しげにしながらも気丈に振る舞っているらしいです。


「グレイくん、後で優しくしてやってね。今はグレイくんが新しいお父さんなんだから」


「えぇ⋯⋯この歳でお父さん、は珍しくないかもですけど」


「別に深く考えることないの。いつも通りにクロちゃんに接して、いっぱい遊んであげればそれで充分よぉ」


「まぁ⋯⋯それくらい言われなくてもやりますが」


 それにしても、昨日目覚めたクロちゃんがお父さんのお墓を見たということは、自分が意識をなくしたその日のうちに埋葬は済ませたということでしょう。


 うちの大魔法使い、仕事が早過ぎません?


 そう思っていると、部屋の扉をコンコンとノックしてくる音が聞こえました。


『姐御、いいですかい?』


 なにやら聞き慣れない重厚な声が聞こえました。ルルエさんが施して声の主が中に入ってくると、小柄で髭モジャなガタイの良い男性がトレイを持っていました。


「おや、お連れさんもお目覚めになったんですね。ようございました」


「あ、初めまして⋯⋯姐御?」


 よくわからんとルルエさんに目を向けると、ちょっとバツの悪そうに視線を逸らされました。

 この人⋯⋯今度は何やらかしたんですか。


「じゃあお食事は軽いものをお持ちしますんで、少々待っていてくだせぇ」


 持っていた朝食らしきトレーをルルエさんの前に置くと、彼女と自分に恭しく礼をして彼は去って行きました。


「どういうことですか姐御?」


「ちょっ、やめてよぉ」


 照れたようなバツの悪そうな顔をするルルエさん。

 うむ、久々のレア表情である。


「あれは此処で奴隷として使役されていたドワーフよ。持ち主との誓約でここから逃げられないって言ってたから、ちょっと取引したのよぉ」


「取引って、どのような?」


「奴隷契約を解除して自由にしてあげるから、私たちがここにいる間のお手伝いを頼んだの」


 ⋯⋯ん? いま、なんかとんでもないこと言いませんでした?


「えと⋯⋯自分はその手の話に疎いのでわからないんですが、奴隷契約ってそんな簡単に解除とか出来るんですか」


「出来ないわよ? けど隷属の魔法式に強引に横入りして持ち主を私に書き換えれば権限は私に移るから、それから解除すればいいだけ〜」


「⋯⋯ちなみにそんな力技みたいなこと出来るのってルルエさんだけですよね?」


「ん〜、どうだろ。いま生きている最高峰の魔法士なら出来なくはないけれど、最悪は術者と奴隷の両方死ぬわね」


 でしょうねぇ。そんなホイホイと契約魔法を書き換えられてたら世の中成り立ちませんもん⋯⋯。


「でまぁ残っていた奴隷は結構たくさんいたんだけど、人間の奴隷はどれも犯罪臭がしていまいち信用できなかったから、真面目そうなドワーフ限定で残って手伝ってもらってるのよぉ」


 あ、あ〜。さっきの人はドワーフだったんですか。通りで貫禄あるわりに背が低いなって思ってました。


「でもドワーフって絶滅危惧指定の種族ですよね。どれくらいいたんですか」


「ここにいただけでざっと三十人ほど。ドワーフたちの話では別に売られていったのも合わせて百人くらいはいるらしいわよぉ」


 えぇ⋯⋯なんか闇の深そうな話聞いてしまった。

 他国、特にスルネア遊放国では亜人の奴隷売買が盛んだとは聞いたことがありますが、ドワーフの取引は違法だったはず。


 なのに何故それだけの数が扱われていたのか。


「まぁワシらはまだ運の良い方ですわ。他に売られていった同胞は飼い殺しにされて劣悪な環境で武具製作をやらされてるって話で。魂の篭らん得物を作っても、ワシらには屈辱なだけですんでなぁ」


 再びやってきたドワーフが今の話を聞いていたのか、自分からそんなことを話してきました。


 まだベッドで横になっている自分に、トレーに載った暖かいパン粥を差し出してくれます。


「あ、どうもお手間をお掛けします」


「なんのなんの、ワシらの恩人のお連れさんだ。これくらいのもてなしは当然。ワシはここにいるドワーフのまとめ役をしてるウオンドルってんです、よろしく」


「初めましてウオンドルさん、グレイ・オルサムといいます。ところで、皆さんはもう奴隷契約は外されているんですよね? まだ残っている人がいるんですか?」


 奴隷には額に焼鏝やきごてを押されたような刻印が印される。でもウオンドルさんにそれがないので疑問に思ったのです。


「まぁ特に行く場所もないですしな。移動するにしてもスルネアは論外、ギネドに行っても戦争にこき使われるだけじゃ。何処かいい新天地はないものかと姐御に相談すれば、ズルーガには良い隠れ里があるってんじゃないですかい」


 スルネアは亜人排他主義、むしろ野良の亜人の奴隷化を推奨している。ギネド帝国もスルネアほどでないにしても、周囲の状況から大小規模限らず常に戦争している国ですから彼らの心象も良くないのでしょう。


「なるほど――――あの、ルルエさん? ひょっとしてドワーフの皆さんを竜人の里へ連れて帰るつもりですか」


「だぁってぇ⋯⋯一緒にお酒飲んでたらそういう流れになっちゃってぇ。私のお酒に付いてこれるのを見てたら嬉しくてついポロっと約束しちゃってね?」


 んんん〜、頭が痛い!

 いいのか、三十人もの大所帯を里の人たちの許可もなく連れて行っていいのかな!?


「あの、連れて行くにしてもどうやって移動するつもりですか。いくらクロちゃんでもその人数を連れて行くのはきびしいんじゃ」


「それはお姉さんに考えがあるから任せなさい! とりあえずグレイくんはそれ食べて、クロちゃんのお父さんのお墓参りに行きましょ」


 そう施されれば食べないわけにもいかず、粥を匙で掬って口をつける。

 味はちょっとアレでしたが、せっかく作ってもらったものですししっかりと頂きましょう。


 それから少々の身支度を整え身体をほぐすと、脚がプルプルしてうまく歩けない。

 それを見てルルエさんが手を繋ぎ介添えをしてくれて、嬉しいけれどとても恥ずかしい⋯⋯。


 小屋から出てまず驚いたのが、目の前にある荘厳のような光景でした。


 剥き出しだった足元の岩や地面はきれいに整地され、あちらこちらに立派な石柱がそそり立ち厳かな空間を演出しています。


 山頂の中央に走る石畳の道を進んで突き当たると、一際大きな石――――墓碑のようなものに突き当たり、今もなお装飾の最中なのか多くのドワーフが張り付きノミやハンマーで彫刻しているようでした。


「おぉぉ、これがクロちゃんのお父さんのお墓ですか」


「そうよぉ。ここまで立派に飾らなくていいって言ったんだけどねぇ、職人魂が疼くらしいのよ」


 一心不乱に工具を振って作業するドワーフたちの目は真剣そのもの。

 奴隷という立場から解放されて、これまで封じられてきたその卓越した職人の腕を発揮できるとあらば、力が入るのも当然でしょうか。


「それにしてもこの石畳や柱⋯⋯短期間でよくこんなこと出来ましたね」


「下地は私が魔法でちょちょいとね。あとは彼らがモリモリとやってくれたわけよぉ」


 ドワーフの職人魂、恐るべし⋯⋯。


 巨大な墓碑の前まで行くと、それには自分には読めない文字で何かが刻まれていました。恐らくクロちゃんのお父さんの名前か何かなのでしょう。


 自分は跪き、手を組んで祈りを捧げます。

 そして色んなことを考え伝えようとしました。


 クロちゃんと出会ってからのこと。

 彼女の成長。

 今では自分たちにとってかけがえのない仲間、家族だと思っていること。


 どうかこれからも彼女を一緒に連れていくのを許してください。

 そう思いながら、目を閉じ一生懸命に伝えました。


「――――ぐれー?」


 幼さの残る声が聞こえ振り向くと、そこには少女姿のクロちゃんが所在なさげに立っていました。

 服の裾をギュッと握り、もじもじとしてなにやら沸きらない態度の様子。


「おはようクロちゃん。よかった、元気そうで安心しました」


 今すぐにでも駆け寄って抱きしめたい衝動に駆られ――――しかし今は墓前だと自重していると、クロちゃんがポロポロと涙を零し始めました。


「ぐ、ぐれ、ぐれぇ⋯⋯」


 よろよろと拙い歩みで傍までくると、クロちゃんがギュッと自分に抱きついてきました。


 その手は微かに震えていて、自分は少し間違ってしまったと後悔しました。

 本当なら真っ先に駆け寄って慰めなければいけなかったと、そう思ったのです。


「ぐれー⋯⋯ちゃんと守れなくてごめん、クロ、ぐれーの使い魔なのに」


「違います。クロちゃんは自分たちの家族です。そんなこと気に止む必要なんてないんです」


「⋯⋯ほんとにかぞく? クロはマモノで、ぐれーたちはにんげんだよ?」


「そんなの関係ありません。今ね、クロちゃんのお父さんに挨拶していたところなんです」


 屈んで震える手をギュッと握る。震えを止めてあげるために。


「これからもクロちゃんの傍にいさせてくださいって。ずっと一緒にいさせてくださいってお願いしました」


「でも⋯⋯クロ、よわかった。あのくろいやつに負けちゃった」


「自分もみんなも負けましたよ。大丈夫、これからもっといっぱい鍛錬して強くなればいいんです」


 そっと抱きしめてあげて、サラサラの黒髪を梳くように撫でる。ちょっと独特の獣臭がするのは⋯⋯狩りをしたあとだからでしょうか。


「だから、クロちゃんさえ良ければまた自分たちと一緒に旅をしましょう。色んなところを廻って、いっぱい美味しいもの食べて、いっぱい強くなりましょう」


 胸元から押し殺したように嗚咽が響く。それを隠してあげるようにさらにギュッと抱き締めてあげる。


「たまにお父さんにも会いにきましょう。こんなに大きくなったよって、来る度に報告してあげましょう」


「うん⋯⋯うん、いっぱいする⋯⋯」


 そう言うだけが精一杯だったのか、クロちゃんは大声で泣き出してしまいました。

 泣きながら、自分がいなくなるかと思って怖かったとか、次はもっと強くなると言ってさらに顔を胸に埋めてきます。


 そうですね、自分も同じ気持ちです。

 もうあんな⋯⋯誰かが欠けるような怖い思いはしたくありません。


 だから、強くなろう。

 もっと、もっともっと。胸を張って仲間を守り抜けるくらいに。


 みんなで一緒に強くなろう。

 自分たちは家族ですから――――。


 ひとしきり泣き終えると、目元を晴らしているもののクロちゃんはいつもの朗らかな様子で二パッと笑います。


「クロね、ぐれーが寝てる間にいっぱいおにく取ってきたの! 起きたらいっぱい食べられるようにって! ⋯⋯ちょっとだけつまみ食いしちゃったけど」


 えうゔぃんに怒られるかなぁと小さく呟いていますが、大丈夫。意外と自分より躾けの厳しかったりするエルヴィンは今ここにはいないのです。


 ふふ、ならば無礼講じゃ!


「よし、じゃあお昼はドワーフのおじさんたちと一緒にパーティしましょう! クロちゃんの獲ってきてくれたお肉で焼肉祭りです!」


「っ! おまつり! やる!」


 じゃあおにく持ってくるね! とクロちゃんは走り出して行きました。さて問題は、今の自分の胃袋が肉を受け付けるかどうかですが、それはクロちゃんの笑顔を取り戻せた代償とでも思うことにしましょう。


 ところが駆け出していったクロちゃんが、一瞬足を止めて振り向きました。


「⋯⋯あのね、かぞくならぐれーのこと、おとうさんって呼んでもいい?」


 その言葉は、唯一の肉親を亡くした寂しさからくるものだったのでしょうか。


 クロちゃんが失ったものはとても大きい。

 その穴を埋めるのは家族である自分の役目⋯⋯だとは思うんですが。


「あ〜、でも、クロちゃんのお父さんは一人だけですしぃ⋯⋯」


 口籠もりながらそう言うと、途端にクロちゃんがシュンとしてしまう。

 うぅっ、その顔はズルい!


「じゃ、じゃあパパとかはどうでしょう? 周りに誰もいない時だけならそう呼んで良いですよ」


 竜の一生は人間の自分と違ってとても永い。

 ならほんの一時だけでも彼女の心の支えになれるなら、親役を買って出てもクロちゃんのお父さんも許してくれますかね?


「っ! うん、パパ! いってきまぁ〜す!」


 そして改めて走り去って行きました。あぁ、ついに未婚にしてパパになってしまった。

 両親に会ったらなんて言おう⋯⋯。


「ちゃんと慰めてあげられたじゃない。百点よぉ、パ〜パ?」


 端で一部始終を見ていたルルエさんに当然ながらからかわれます。

 こうなったらルルエさんをママと呼ばせ⋯⋯いえそれだと後で地獄を見る気がするのでやめておきましょう!


「ぐっ⋯⋯。そのアルダムスさんみたいな言い方やめてください⋯⋯」


『呼んだかな青年っ!?』


「呼んでねぇです!!」


 急に出てこないで霊体筋肉達磨!!


 さて。まだ顔合わせも済んでいないドワーフさんたちと改めて挨拶をして、これからのために親睦会と洒落込みますか。

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