第83話 一応名乗りました。
こんにちは、勇者です。
目の前に広がる惨戮の風景。巨大な竜の亡骸を様々な工具で解体している様は、まるで鉱脈でも掘っているような雰囲気――――というか、まさにその通りなのでしょう。黒竜一体から採れる素材の数と価値は、金で一山当てたに等しいのですから。
しかし作業している者たちの中には目をギラつかせる輩だけではなさそうで、足に鎖を繋がれその労働を強いられている者も見受けられます。
ワサリと髭を蓄え、子供と見まごう身長、されど筋骨は隆々。もうこの世ではあまり見られなくなってしまったドワーフ族のようです。
その眼は濁りきり、動きも緩慢。ただ指示されたことを淡々とこなしているようで、他の物欲丸出しの男たちと比べても作業速度は遅い。
しかしさすがドワーフと言うべきか、その仕事は丁寧で鱗一枚、肉一筋剥がすにも職人の気質が窺えました。
「おや? 新しいお客様かな、見学?」
不意に、聞いたことのない声が背後から投げられました。その瞬間、自分たちの共有する空気がピリリと焼ける。
振り向けば、中々高級そうな鎧や装備で身を固めた剣士――――いや、その首元にチラリと見えたのは、蒼の勇者のプレート。銀色に光る重装鎧、腰に下げる長剣は金に明かした華美な装飾を施されています。
黒髪を肩口まで伸ばし、狐のような釣り上がった目元と孤月が如く口端を持ち上げて笑うその顔には、なぜか嫌悪感しか抱けませんでした。
彼の後ろにはパーティメンバーなのか、男女三人が金魚の糞みたいにピタリとくっついて此方を値踏みするような視線を送ってきます。
「客――――ではありません」
「そうかい⋯⋯おや、ご同業かい? なら討伐された竜を見にきたってわけか。どうだ素晴らしいだろう、これだけ巨大なもんでいっぺんに解体できなくて少し困り物なんだが。討伐してしばらくしてもこうして作業しなきゃならん」
困ったものだよ、と言いながら。その顔には苦悩の一欠片も見当たりはしません。むしろ得意げに自慢しているようにしか聞こえませんでした。それが尚のこと癪に障る。
「自分はグレイ・オルサム、アルダ出身の碧の勇者です。あなたは?」
「俺はアキヒサ。アキヒサ・ツムラだ、アキヒサと呼んでくれ。君と同じ勇者だが、蒼の称号を受けている」
そう爽やかにマウント取りながら自己紹介され、しかしその言葉のうちに何か含むものがある。その違和感に暫し沈黙していると、ツムラが自分からその答えをくれました。
「あれ、ひょっとして俺のこと知らない? 転生者アキヒサと言えば、この辺りでもそれなりに名が通ってると思ったんだけど」
あぁ、なるほど。要するに自分の名を誇示していたわけですか。お前なんか知らんがな。
「すみませんね、自分は田舎から来たもので。ところでツムラ、この大きな黒竜はあなたがやったんですか?」
そんなわけがないよね。と言外に匂わせながら問うと、ツムラの笑みは苦笑に変わり少し目元が細くなる。
「残念ながら俺らだけでやったわけじゃない。君も西の英雄って言葉は流石に聞いたことがあるだろう? 今回は彼と共闘してこの黒竜を討伐したんだ」
西の英雄――――大国スルネア遊放国で幅を利かせているという勇者ですね。名前はともかくその噂くらいは自分も知っていました。
が、そんなことはどうでもいい。本当に聞きたいのはここからなのですから。
「この黒竜はなぜ討伐されたんですか? 誰かが被害を被って依頼でも出ていたんでしょうか」
「いいや別に。こんな辺鄙なところで隠遁していたし、ここに黒竜が住んでるなんてそれこそ近くの地元民くらいしか知らなかったよ」
「ならば何故討伐を? それだけ知られていないということは特に周囲の人間にも危害を加えていなかったんでしょう」
意識して無表情を貫き、ツムラに無機質な言葉を投げかけます。それを怪訝に思ったか質問の意図がわからなかったのか、彼は少し眉根を寄せて首を傾げます。
「何言ってるんだ君は。害獣を駆除するのは勇者の務めだろう? 例えまだ何もしていなくたって、これからしないとは限らない。俺たちはその芽を刈り取っただけさ⋯⋯まぁ、小金稼ぎというのが一番の目的だけどね! 本当は子竜も一匹いたんだけど取り逃しちゃってさ。でも見なよこの盛況ぶり! スルネアやギネドの商人がこぞって買いに――――」
「そんなことはどうでもいいんですが、その西の英雄とやらは何処に?」
ツムラの言葉を遮ると、彼の顔から気色悪い薄ら笑いが消えた。ありがとう、その表情ほんと吐き気がしてたんで助かりました。
「⋯⋯彼はもうここにはいないよ。スルネアの本国に召還されてね、今は俺がここを取り仕切っている。⋯⋯で、君なに? 彼に用があった?」
「はぁ。その西の英雄様にも用はあったんですが、別にあなたでも問題ありませんよ。さっきは客ではないと言いましたが、実はやっぱり客だったんです」
自分のその言葉に、ツムラは再び吐き気のする笑顔を取り戻す。嬉しそうに両手を広げ、朗々と商売文句を垂れ流す。
「なぁんだ、それならそうと早く言いなよ! そうだね、武器や防具にするなら無論鱗だけれど、良いところはもうだいぶ持っていかれてしまったんだ。でも安心してくれ、上客用に多少は確保してあるから。勇者仲間なんだし、ちょっとオマケしてあげるよ。で、どの部位が欲しい? 言ってくれればうちの解体屋にすぐ用意させるから」
「全部」
そう放った自分の一言の意味がよくわからなかったのか、ツムラはちょっと小首を傾げました。ならもう一度言ってあげましょう。
「全部です。今ここにある黒竜の体全て、鱗の一枚から肉の一片、血の一滴、その全て」
再びツムラが真顔に戻る。そうそう、その方がまだマシな面してるんですからもう二度と笑わないでください。じゃないとすぐにでも剣を抜きそうなんですよ。
「あ〜、本気かな? 勿論それに見合う対価があれば譲るに吝かではない。だが失礼だが、君はそれほど裕福には見えないねぇ」
自分の鎧を見てか、ツムラは溜息を吐く。おい、壊れかけとはいえアダマンティンの鎧ですよ? アンタの目に痛い鎧よりは断然お高いはずです。
「えぇ、金銭という対価はあなたのいう通りご用意できません。なので、別に見合った――――見合うのかな、いや見合わないな⋯⋯まぁとにかく、あなたが納得する対価を譲ることはできますよ」
「へぇ、それってなんなんだい?」
「あなたの命、それを奪わないのが対価です」
その一言で、場が凍りつくのがわかった。ツムラのパーティは無論のこと、自分の後ろに控える仲間たちでさえ絶句しているのが分かります。でも、ねぇ? これが妥当な線だと思いません?
「⋯⋯つまり君は、この俺から金蔓を奪いたいと、そういう意味かな?」
「あなたにとっては金蔓でしょうが、自分にとっては意味合いが違います。でも、概ねその通りですね。どうです? 自分の命と金、どっちを取りますか」
そう言ってやるとツムラは俯き、クツクツと笑いを堪えているようでした。その後ろの輩どもも嘲笑の目を向けてきます。
「あのさぁ、君は喧嘩売ってるのが誰かわかってる? 蒼の勇者で、転生者である俺から、竜を奪う? 街の乞食だってもう少し面白いこと言うよ」
「アンタなんか知らないしどうでも良いんですよ。さっさとその気色悪い面どっかにやってくれません? 吐き気するんで」
「⋯⋯⋯⋯テメェよぉ、ふざけんのも大概にしろや碧風情がぁ! 立場わきまえて物言えや、アァ?!」
「すみません、訂正します。顔だけじゃなく声も耳障りなのでさっさとどっか行ってください」
自分は至極真っ当な意見を言ったと思います。もしここにルルエさんがいたなら満面の笑顔で自分に同意してくれるでしょう。
しかしツムラはこめかみに青筋立てて此方を射殺すように睨みつけてきます。あぁ気持ち悪い、こっち見んなし。
「突然やってきてその言い草、テメェが殺されても文句ねぇよなぁ? 言っとくが俺ぁ本気で殺るぞ、そっちの連れも一緒になぁ!?」
さっきまでの商人気取りは何処へ消えたんですか、もはや地上げ屋みたいな顔してます。むしろその方がまだ好感持てますね、画家呼びます?
「あ〜そう言えば自分、依頼も受けてここに来たんですよ」
嘘だけど。
「なんでもアンデッドが出てどうしようもないってことで。ちょっとその討伐に」
「アンデッドなんかいやしねぇよ! 話逸らしてんじゃねぇぞクソ餓鬼ぃ!」
「いや自分、多分アンタより年上――――まぁいいです。勿論いますよ、アンデッド」
そう言って、ソロモンの指輪に魔力を込め意思を流し込む。数は⋯⋯三十くらいでいいでしょうか?
「ほら、もう来た」
その言葉を皮切りに、周囲の地面がボコボコと盛り上がる。おぞましい腕がそこから何本も伸び、ゆるゆるとその姿を晒していく。
それに動揺したのはツムラだけではなく、市を開いている商人や黒竜に群がる解体屋も短い悲鳴を上げて後ずさっていきます。
よしよし、初めてまともに使ったにしては上出来といったとこでしょう。大して魔力も使わないし、この指輪はけっこうな拾い物でした。
「あ〜、大変だぁ。報告通りアンデッドが現れた、皆さん逃げて下さーい! 特に血の匂いのする人とか率先して狙われますよ〜!」
棒読みで叫び、スケルトンを始めとしたアンデッドたちに指示するよう右手を振るう。途端に自分の召喚した不死者のなり損ないたちは飛ぶように商人たちに襲いかかっていきます。
あっという間にその場は阿鼻叫喚。さっさと逃げ出す者、腰を抜かして動けない者、欲深く棚の商品を必死にかき集める者様々ですが、邪魔なんで早くどっか消えてください。
勿論アンデッドたちには人間を殺さないよう指示してあります。多少血は流れても死者は出ないでしょう。
「⋯⋯⋯⋯お前、ナニモンだ?」
「さぁ、流石に今の気分じゃ勇者とは言えませんね。でも――――」
今まで勤めて無表情を貫いていた表情筋を自由にする。途端に歯は剥き出しになり、目が大きく見開く。それに感情が引き摺られるように、胸の内から焦げるような怒りがこみ上げてきます。
「身内の仇をとりにきた、復讐者とでも名乗っておきますよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます