9章 黒竜の山編
第81話 一応戻ってきました。
こんにちは、勇者です。
ルルエさんの転移で、旧アルエスタ墓地から竜人の里へと戻ってきました。
久々の里の様子はかなり一変していて、塀も完成し家屋もポツポツと増えているようです。
「はぁ、なんかようやく戻ってきたって感じがします⋯⋯」
「そりゃあ一週間も離れていればそうおもうんじゃなぁい?」
ルルエさんはそう言いますが、ぶっちゃけ玉座の間で戦い続けていた時は時間の感覚が無茶苦茶でどれだけあそこにいたのかも、言われなければ分からないくらいだったんです。むしろ一週間よりもっと長くあそこで過ごしていたと思えるくらいに。
ひとまずはウーゲンさんの家に帰還の報告へ行き、ドータさんやサルグ・リンとも挨拶を交わしました。二人は新居が建ち結婚するまではこの家で別々の部屋で過ごしているらしい。
結婚は祭祀殿ができシルフ様のお許しがでればということ。むしろシルフさんはさっさとくっ付けと叫んでいますが、物には順序が大事。好きにやらせてあげましょう。
「まだ人の暮らしに慣れないところは多いですが、集落のみなも含め少しずつ馴染んでいこうかと――――最近はたまに場を設けてはお互いのお料理なんかを出し合って食事会をしたりもしているんです」
新たな族長となったサルグ・リンは、エルフが里に馴染むよう積極的に活動しているようです。ドータさんもそれを支えるように頑張ってくれているのだとか。
ついさっきシューリアさんたちの甘い光景を見せつけられた直後なのに、こちらも負けじとお熱い様子でちょっとお腹いっぱいですが、幸せそうなら何より。
「あの、グレイ様。里の者からも意見が出ているのですが、少しご相談に乗っていただけませんか?」
そう話を振ってきたのはドータさんでした。
儀式以降も竜人様が現れないこと。それを心配した人たちが、せめて生死だけでも確かめたいということで郷長であるウーゲンさんに話を持ちかけてきたらしい。
里の体制も変わり、ちょうど良い機会だからとウーゲンさんは郷長の務めを降り、ドータさんとサルグ・リンに事を進めるよう言ったそうです。
「しかし私たちは竜人様が過ごされていた場所を知りません。そこでクロ様ならばと思ったのですが」
確かに、里にとっても自分たちにとっても正確な情報は必要でしょう。恐らく竜人は天に召されているだろうという結論にはなっていますが、やはり確かめる必要はあると思うのです。
里に着いてからパッチリとお昼寝から目覚めたクロちゃんに、元の住処の場所は覚えているのか聞いてみることにしました。
「ん〜、場所はわかんない。だけどお空を飛びながら匂いをたしかめれば、おうちに帰れるかも?」
ぼんやりとした答えですが、何の当てもなく探すよりはずっと確実でしょう。ところでしばらく見ない間にクロちゃんの喋り方に辿々しさが抜けた気がしますね。
「ずっと暇だったからねぇ、ギンナと一緒にお勉強してたのよぉ、ね〜クロちゃん?」
「うん! ギンナばあちゃんが色々おしえてくれた! セイショとかオイノリとかはよく分かんなかったけど!」
ぐぬぬ⋯⋯クロちゃんの教育課程をこの目で見られなかったのは非常に残念。だけど喋り方に幼さがほんのり抜けたクロちゃんは、見た目は変わらないのに少し成長したように感じます。なんか感慨深い⋯⋯。
「じゃあ明日からはクロちゃんとみんなでお家探しをしましょう。見覚えのある地形があれば案外すぐ見つかるかもしれませんし」
「おぉ! やったー! クロも一度おうちに帰りたかったの! きっとお父さんもクロがいなくて退屈してる!」
そう朗らかに笑うクロちゃんを見て、自分たちの誰も親竜が死んでいるかもなんて言い出すことができませんでした。先に心の準備をさせておくのと、住処で現実を目の当たりにしてしまうのと。どちらがクロちゃんにとってはどちらがショックが少ないでしょうか⋯⋯。
「それからシルフ様の風の祭祀殿ですが、あと数日もすれば形になります。装飾や内装などはまだまだ掛かりますが」
「え、ずいぶんと早いですね。ひょっとして新しい民家づくりより優先させてるんですか」
「里とエルフの救い主のお言葉ですから、何よりも優先すべきことです」
サルグ・リンがさも当たり前のように言いますが、既に移住してきているエルフたちの寝食は大丈夫なんでしょうか?
「私たちは元々森で暮らす種族。雨風さえ凌ればどうとでもなります。それに親切な里人のご好意で、女や子供には部屋を貸して頂いております」
むしろ野宿状態の男衆のところでは、人も混じって毎晩酒盛りをしているらしく交流も深まっているんだとか。エルフ、意外と逞しい⋯⋯。
「何にしても大きな問題が起こっていないようで何よりです。ところで今晩はこちらでご厄介になっても良いですか?」
「勿論です。それと住居づくりと並行して皆さんを歓待する屋敷も建てる予定ですので、少しお時間は掛かりますが完成したらそちらをお使いください」
「そ、そんなもの建てなくて良いんですよ!? 最悪宿に泊まれば良いんですし!」
「そうは参りません。祭祀殿ができた暁には風の奉納式も執り行います。その際に失礼のないようお迎えする為のものでもありますので」
あ〜、なんかシルフさんが儀式がどうたら言ってた気がしますね。ちょっと気が引けますが、それで里の人たちが色々と取り計らい易いならあまり遠慮しない方がいいかも?
「今晩は此方でごゆっくりなさってください。それと竜人様の捜索もギルドへ依頼としてきちんと申請しますので」
「いや! そこまでしてもらうのは流石に結構です、身内のことでもありますから今回は協力という形を取りましょう」
里の拡張やらで、恐らく経済的にもてんてこ舞いでしょう。これ以上無駄な出費はさせたくありません。
「いいのか? ギンナの婆ちゃんに散々絞られて財布も空だろ」
「いいんですよ、それに一応ここもズルーガの領地でしょう? いざ徴税の際に払えませんではこっちが申し訳なくなっちゃいますよ」
自分の国の土地のことなんですからもっと色々と考えてあげてください、とエメラダを嗜めます。ちょっと膨れっ面をしていますが⋯⋯あとでなんかご機嫌でもとりますか。
「では本日はこれで解散! みんな除霊お疲れ様ぁ〜」
何故かルルエさんが場を締めて、みんなは部屋で休んだり鍛錬したりと自由に過ごし始めました。
「ルルエさん、ちょっとお願いがあるんですが」
「あら、なぁに?」
「ほら、鎧も双剣も壊れちゃいましたから⋯⋯懐は心許ないですが、ウォクスの街の武具屋さんに行きたいと思うんですけど」
双剣を作ってくれた武具屋の店長さんなら、もしかすると修復出来るかもしれません。一応聞くだけはしておきたいのです。
「なんだそんなこと? お安い御用よぉ、
さっそく転移してもらい、酔いを我慢しながら久々のウォクスの街へやってきました。懐かしい⋯⋯思えば此処が自分の勇者としての出発点なんですよねぇ。
なんてちょっぴり感慨深くなりながら、目的の武具屋へと足を運びます。
「へい、いらっしゃーい! ――――おや、これはお久しぶりですね二人とも!」
相変わらずの厳つい顔の店長ですが、それを見るのも久しぶりとなると何だかちょっと嬉しくなっちゃったりします。
「どうも、ご無沙汰しています」
「ありゃ〜、あの時の勇者様かい? ちょっと見ないうちに随分と立派になったねぇ!」
「⋯⋯そう、ですか?」
確かに体つきは以前に比べ少し良くなった気はしますが、あまり実感は湧きませんね。
「雰囲気の問題でさぁ。あの頃はふわふわしてて風が吹きゃあ飛んでっちまいそうでしたが、今はどっしりとした貫禄が付いてるじゃありやせんか! そんで、今日はどのようなご用件で?」
「実は⋯⋯作ってもらった双剣と、あとは使っていた鎧が壊れちゃいまして。ちょっと直せるかどうか見てもらって良いですか?」
大きめの麻袋に入れた双剣と鎧を店長に見せると、少し哀しげな表情を浮かべています。ご、ごめんね⋯⋯大事に使ってやれなくて。
「こいつぁ酷いもんですね⋯⋯そう簡単に折れるような代物を拵えたつもりはなかったんですが――――見たとこ、流石に直すのは無理ですわ」
「鎧の方はどうでしょう? アダマンティン製なんで難しいのは分かってるんですが」
店長が真っ二つになった鎧の胸当てをまじまじと見ています。やはり素材が珍しいのでしょう、その眼はキラキラと輝いて見えます。
「こんな業物、とてもじゃないが無理ですねぇ。せめてベルトを付けて、半身だけでもカバーできるようにしますかい?」
「そう、ですね⋯⋯。新しいものを買う余裕もないので、少し加工してもらえますか」
「はい、少しお待ちを。そう時間は掛かりやせんので!」
そう言って奥に引っ込み、槌か何かを振るう音が断続的に聞こえる。暫くすると、ちょっと不格好ながらも着られるようになった鎧が返ってきました。
「右側はひしゃげちまって、ちょっと使い物にはならなそうなんでねぇ。取り敢えずは左胸だけでも覆えるように拵えやした。どうぞお試しくだせぇな」
左胸だけの半身鎧になってしまったものの、心臓が守れるだけないよりはマシでしょう。ベルトの調整を軽くしてもらい、ひとまずはこれで使っていきましょう。
加工代を支払うと、いよいよ財布の中身はスッカラカンです。お帰り、自分の貧乏生活⋯⋯。
「なに落ち込んでるのよぉ、こないだのクエストの完了申請まだでしょう? 丁度斡旋ギルドもあるんだし少しでもお財布膨らませてきなさいな」
「あ、忘れてました。でもちゃんとみんなには当分で割り振りますから、あまり多くはないですね」
けれど無いよりはマシ! さっそく斡旋ギルドに行って報酬を貰い、ついでにデンリー討伐の報奨金はでないか尋ねたところ、それはズルーガの領地で申請してくれと断られました⋯⋯。
「まぁ⋯⋯また何かクエストを受ければ良いですか。暫くは節約です」
「じゃあグレイくん! せっかくの懐かしい場所なんだし、出会った酒場で飲んでいきましょうよぉ〜!」
「自分いま節約するって言いましたよね!?」
しかし何のかんのと言いながらルルエさんとの出会いの場という言葉に惹かれてしまい、結局みんなには内緒でちょっとだけ二人の時間を楽しんでから里へと戻ったのでした。
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