第78話 一応帰ってきました。
こんにちは、勇者です。
いやああああああああああああああああああ!!
ちょっと、なんで! あのエルダーリッチーさえ倒せればここから出れるんじゃないの!?
でもよく考えたらそんなの予測で誰も保証はしてなかったですね! くそが!
「ま、まずいまずいまずい! こ、このままここでボッチですか自分!? どうにか出る方法⋯⋯」
慌てて周囲を見回します。窓――――ダメ! なんか外は真っ白で明らかにヤバい空間っぽい!
扉――――ダメ! どれだけ押そうが引こうがずらそうがビクともしません!
「こ、これは⋯⋯詰んだ?」
ガクッと膝を付く。え、これまでの頑張りはなんだったの? あれだけ数え切れないほど銀騎士に殺されまくったのが全部無駄だった? そ、そんなぁ⋯⋯。
出られないことが分かると、今まで張り詰めていた気が急に緩む。そのままゴロンと赤い絨毯の上に寝転がると、これが中々にふんわりとして心地良い。
「あー。もう⋯⋯取り敢えず寝よ」
何もかもどうでも良くなり、精神的な疲労も限界を超えてます。今はもう何もしたくない⋯⋯ちょっと休んでから次のことを考えましょう。
そうして目を瞑ると、自分はあっという間に眠りに落ちてしまいました――――。
「――――――――くん」
⋯⋯声が、聞こえる。
「グ――――――――くん」
なんか、呼ばれてる気がする⋯⋯でもまだ眠い。
「グレイくん、起きないと次は悪魔百体と戦わせるわよぉ」
「ンなことできるわけないでしょぉー!? って⋯⋯⋯⋯え?」
耳に入る無茶振りに慌てて飛び起きると、いつもの満面の笑顔なルルエさんが自分を覗き込んでいました。
「ル――――」
「ん〜? まだ寝ぼけてる?」
「ルルエさぁぁーーん!!」
我を忘れて、自分はルルエさんに飛び付きました。フニャンと顔に当たる柔らかい胸の感触とか楽しむ余裕もなく、泣きながら必死にしがみ付きます。
「もうここで孤独死するかと思いましたよぉ! 来てくれてよかった! ルルエさんマジ天使!」
「あらあらぁ〜。グレイくんがこんなに自分から甘えてくるなんて、今度から定期的にここに閉じ込めちゃおうかしらぁ」
その言葉で自分の心はスンと冷め切って我に返りました。そんな監禁生活は御免です、人間は自由を求める生き物なんですよ!
「っていうか、ルルエさんはなんでここにいるんですか。どうやっても出入りできそうになかったのに」
「元々ここは私か、私が一緒に連れてきた人しか入れない空間なのよぉ。まぁグレイくんは私色に染まってしまってて勝手に迷い込んじゃったんだけどぉ」
私色ってなんですか⋯⋯。
しかも事もなげにそう言いますが、つまりはもっと早く迎えに来れたということでは?
「あの⋯⋯ルルエさんは自分がここにいるっていつ気付きました? っていうか除霊が始まってからどれくらい経ってるんですか」
「墓地に来てからもう一週間、みんなお仕事を終えてグレイくんが帰ってくるのを待ってるわよぉ。気付いたのはぁ⋯⋯はじめから?」
「なんっですぐに助けに来てくれなかったんですか! どれだけここで自分が死んだと思います!?」
思わずルルエさんの肩を掴んでガクガクと揺さぶる。しかしそんな触れ合いもルルエさんは嬉しいようで、わざとらしくキャーとか言いながら笑いを深めています。こっちは真剣なんですが!?
「だってみんなが除霊を終わらせるまで結構かかりそうだったし、ここにいればグレイくんの修行にもなるかなって。実際かなりの経験を積めたでしょ? まさか本当にヘンフェールを倒しちゃうとは、随分と成長したわねぇ」
「ヘンフェール⋯⋯エルダーリッチー、アルエスタ王のことですか? あれはアルダムスさんがいてくれたから出来た事ですよ。自分一人だったら銀騎士を抑えるだけで精一杯でしたから」
「あらぁ、もしかしてスティンリーが守護霊だったの? なら納得ねぇ。でもそれも含めて、よく頑張りました!」
そう言って頭を優しく撫でられます。あぁ、これ久しぶり――――ってこんなんで誤魔化されませんよ! ⋯⋯あと十秒だけ誤魔化されます!
「ヘンフェールがずっとここに陣取っていたから、アルエスタの墓地には普通よりも死霊が溢れていたのよぉ。これで以前のように馬鹿みたいな数が墓地に湧くことがなくなるから、本当に助かるわぁ」
どうやらアルエスタ王――――に取り憑いた悪霊は玉座から通じて墓地に死霊を招き、大昔のように自分の軍団を作ろうとしていたんだとか。それをルルエさんは長年の間、定期的に間引いていたんだそうです。
「あの、ルルエさんがここに入れるなら自分で倒しちゃえば良かったんじゃないですか?」
「グレイくんももうわかっている通り、ここでは精霊はおろか、その他の力も使えないの。魔法使いな私がここで出来ることなんてないのよぉ。だからたまに強い子を連れてきて、ヘンフェールを疲弊させてきたの。その止めをグレイくんが刺しちゃったんだから、もっと誇っていいのよぉ?」
「⋯⋯なら皆も呼べばもっと楽に終わったのでは」
そう言うとルルエさんは首を横に振ります。どうやら連れて来ようとしても、入れる者と弾かれる者がいるらしいです。
いや、それでも試すくらいはしてくださいってば。
「さ、もういい加減に皆が煩いから帰りましょう。持ち物はちゃんと全部持ってきてねぇ」
「はい⋯⋯と言っても装備は殆ど壊されちゃいましたが」
とりあえずは壊れた装備の残骸を拾い集めます。魔王の剣も壁から引き抜き、さぁようやく
これは⋯⋯エルダーリッチーが嵌めていた指輪でしょうか? でも最後に見たときは壊した大きめの魔鉱石も含めて、もっと華美な装飾だった気が? 今はとてもシンプルなただ鈍色のリングになっています。
⋯⋯一応貰っていきましょうか。
「用意はいい? じゃ、
お馴染みの転移で、足元がグニャリと歪む。視界がぼやけてからすぐ次の瞬間には、目の前に女神の教会が見えました。
ずっと室内にいたからか、ひどく日差しが眩しく感じます⋯⋯おや、来た時はずっと空は雲っていたのに、気持ちいいくらいの快晴ですね。
「ヘンフェールの呪いが解けたから、外の雰囲気も随分変わったでしょ?」
言われてみると、初めてきたときは悪寒が走るくらいの気味の悪い空気が今はさっぱり感じません。ここまで変わるものなんですねぇ。
「ただいま戻りましたぁ」
教会の扉を開けると、中にいた全員が一斉に振り向きます。なんか見慣れない半透明の方もいますが、クレムとエメラダの守護霊でしょうか?
「お兄様ぁー! 心配したんですよぉ、おかえりなさい!!」
真っ先に涙を浮かべたクレムが駆け寄り、バッと自分に飛び付いて――――来る前に、間に入ったエルヴィンが自分の身体をあちこちと
「グレイ様、お怪我はございませんか!? どこも痛めていませんでしょうか、あぁ⋯⋯鎧も服もこんなになって。奥にいきましょう、服を脱いでいただき詳しく調べますので!」
「いや必要ないですから!? 怪我⋯⋯というか死というか⋯⋯とにかく身体は何ともないですから落ち着いてエルヴィン!」
ウロウロと自分の周囲を回ってあちこち調べる姿は、まるで犬か何かのようです。というかエルヴィンの守護霊の犬も同じように付いて回って、どうにも動けなくなってしまいました。
「⋯⋯⋯⋯ぶぅ、お兄様?」
その光景を見てクレムが膨れっ面になってしまっています。なんだろう、出会った頃と比べると最近は子供らしい一面を見られて、ちょっとホッコリするんですよねぇ。
「ただいま、クレム。ちゃんと除霊はできましたか?」
執拗なエルヴィンの身体検査をすり抜け、クレムの側に寄って頭を撫でます。ちょっと機嫌が戻ったのか、ニコニコしながら自分の足にギュッと縋り付いてきました。はぁ、久々の癒し⋯⋯。
「凄く頑張りました! ハイエル兄様といっぱい死霊を倒したんですよ!」
「いっぱい墓石も切り刻んだけどなっ」
エメラダがからかうように口を挟むと、クレムが気まずそうに目を逸らしました。え、切り刻んだ?
「よぅ、おかえり。なんかちょっと逞しくなってねぇか?」
「あ〜、色々とありましたからねぇ。不眠不休で一週間も戦い続ければさすがに筋肉も付いたかもしれません」
「⋯⋯⋯⋯なんかわからんが、お疲れさん」
ぞんざいな一言ですが、それがエメラダなりの労いだと分かっているので笑顔でありがとうと答えます。するとなんだか頬を赤くしてゴホンと咳払いしています。⋯⋯風邪ですか?
『あらあらぁ! 彼が例の王子様ねぇ? 見た目はそれほどパッとしないけれど、恋ってそういうものよね! いいわいいわぁ〜』
エメラダの傍には綺麗なドレス姿の女性が浮かんでいました。彼女がエメラダの守護霊でしょうか? っていうかエメラダそっくり! なんとなくその衣装も見覚えがある気がするんですが⋯⋯。
『おい、おまえ』
不意に後ろから聴き慣れぬ声で呼ばれて振り向くと、そこにはクレムを少し幼くした感じの男の子が浮かんで自分を睨みつけていました。クレムがやんちゃな男っぽくなったらこんな見た目でしょうか。⋯⋯いやクレムは男だった!
「えと、はじめまして?」
『おまえがクレムを変態にしたのか!!』
「完全な冤罪です! むしろハイエン家のメイドさんたちが主犯ですから!!」
初対面であらぬ濡れ衣を着せられました⋯⋯この子はクレムの守護霊ですね。容姿から察するに、亡くなられたクレムのお兄さんでしょう。
「ハイエル兄様、僕は変態じゃないです! それにこの格好、似合ってるでしょう?」
『似合ってるのが問題なんだよ!!』
クレムがクルリと回りスカートをたなびかせます。その光景を見て、お兄さん――――ハイエルくんはちょっと赤面しているようです。うーん、実の兄まで動揺させるとは、クレム⋯⋯恐ろしい子!
そう言えばクロちゃんは? と視界を巡らすと、教会の長椅子でこちらに気付かずお昼寝中のようです。
時折寝言で羊さんと連呼しているので、さぞ美味しい夢を見ているんでしょう。
「ふふ、みんなグレイくんが戻ってきて喜んでるわねぇ!」
後から入ってきたルルエさんがその光景に頬を緩ませます。自分もそれに釣られ、ようやく戻ってこれたんだと少し胸が熱くなってしまいました。
「おや、喜んでるのはこいつらだけじゃあないよ?」
何か紙を手に持ちぴらぴらと振りながら、ギンナさんがこっちに歩いてきます。その顔は笑っているのに何処か怒気が含まれているような気がして、思わず一歩下がってしまいました。
「も、戻りましたギンナさん。これでお約束通り、除霊は完了でいいですよね」
「あぁ、完璧さ。非の打ち所がないくらいにね。まさかこの土地の呪いまで祓ってくれるたぁ思わなかった、礼を言うよ――――でもね」
ギンナさんがピッと手元の紙を自分に押し付けます。何これ? 請⋯⋯求書って読めるんですが?
「それとこれとは別会計だ。コイツらの飲み食いした分と、壊した墓石の修繕費。耳揃えて払ってもらおうか」
紙に書かれた数字の桁を見て、一度深呼吸をします。
自然と足が教会の奥にある女神像の前まで動き、自分は跪きました。
「女神様! どうか自分に救済を!!」
しかしその真摯な祈りは、女神様に届かなかったようです⋯⋯。
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