第75話 一応沈みました。

 こんにちは、勇者です。

 懐かしの仇敵アルダムスさんが守護霊として協力してくれて、除霊完了目前! という所でアクシデントは起こりました。


 王族のものらしき石碑の前に佇む白銀の騎士。彼に語りかけられた途端、自分は足元に広がる黒い沼へと引き摺り込まれてしまったのです。


「あ、ちょっ! これまずい感じが! アルダムスさん助けて!?」


『⋯⋯残念ながら、霊体の私は君に触れない!』


「せっかく今回は何事もなく終わると思ったのにぃ〜〜〜〜〜っ」


 その叫びが木霊し、そして自分は黒い沼へと完全に沈んでしまいました。



◇◇◇◇◇◇



「あ」


 教会の中でギンナと二人グラスを傾けていたルルエが、何かに気づいたように顔を上げた。


「なんだ、どしたい。言っとくがこれ以外に酒はないよ」


「あぁそれは良いんだけど⋯⋯グレイくん、連れてかれちゃったぁ」


「あん? ⋯⋯⋯⋯まさか、玉座の間かい!? あそこにゃアンタがいなきゃ入れないんじゃなかったのか!」


 ギンナは慌てたが、当のルルエは飄々とグラスの中の渋い葡萄酒で口を湿らせていた。


「グレイくんには私の魔力を散々注いでたし、血も上げてたからなぁ。きっと勘違いされちゃったのねぇ――――――まぁ数日したら迎えに行けばいっか!」


「⋯⋯私がいうのもなんだが、流石にそれは酷いんじゃないかね」


 腐った動物の死骸でも見るように、ギンナはルルエに侮蔑の目を向けるが彼女は一向に気にしない。むしろルルエは、なんとなくそうなったら良いなぁとか思っていたくらいなのだから。


「あそこじゃ危険はあっても死ぬことはないし、そろそろ指輪の魔力も減衰してるだろうから案外倒しちゃうんじゃないかしらぁ? 他の子たちも終わるのに時間が掛かりそうだし、ゆっくり待ちましょ」


 そう呑気に言って空いたグラスにダバダバと葡萄酒を注ぐ。しかしその顔は、胸の内から溢れる愉快さでいびつにゆがんでいた――――。



◇◇◇◇◇◇



『――――ねん、青年っ!!』


「っは、ぁ⋯⋯⋯⋯え、此処どこ?」


 目が覚めると、眼前には暑苦しいアルダムスさんの顔が迫って自分を覗き込んでいました。ギョッとして慌てて後退り周囲を見渡すと、そこは墓場ではなくなっていました。


 分厚く高級そうな赤い絨毯。乱立する立派な石柱の数々。色褪せているが恐らく金製の燭台が整列して並び、一直線にあるところへと伸びています。その先に目を向けると、短めの階段の向こうには立派な玉座がある。


 そこに座っているのは――――死体?


『あれはエルダーリッチーだな。かなり高位のアンデッドだ』


「それが玉座に座ってるってことは⋯⋯あれってひょっとしてアルエ――――っ」


 言いかけた瞬間、首元に剣閃が奔る。間一髪で避けたものの無様に転がり、首筋には浅くない傷から血が滴り落ちてきます。


「⋯⋯⋯⋯なんですかね、自分いきなり殺されかけるような悪いことはしてないと思うんですが」


『青年がせずとも、連れが原因ということは?』


「むしろその可能性しか考えられないのが非常に悲しい!」


 振り抜いた剣が空振りに終わり、ソレは――――銀の鎧を纏った騎士はゆらりと立ち上がった。面付きの兜越しで視線は見えないけれど、しっかりと睨まれている気がします。


(ルルエぇ⋯⋯らぁ⋯⋯⋯⋯ヘイんリィぃぃぃ⋯⋯⋯⋯コロす)


「やっぱりルルエさん絡みだったぁーっ、超絶人違いですから! まず雌雄が違う上に似てる要素皆無でしょ!?」


(るるエぇぇぇぇぇぇェぇえッッっ!!!!!)


「ほんっっっとに勘弁してくださいよ!!」


 双剣を引き抜き、構える。その間に銀の騎士は既に懐に入り込んで、自分を切り上げようと剣を振り抜き掛けていました。


「ぐっ、つよ⋯⋯」


 その一撃をなんとか防いだものの、剣戟の勢いでたたらを踏む。素早さといい力といい、まるでクレムと戦っているようでした。


「なら、本気でいかなきゃですね、五元精霊召依ギア・フィフスエレメント!」


 カイムとの戦い以来の五元召依。――――しかし、一向に精霊の力が集まってきません。え、なにこれおかしい!?


「な、なんで? 風精召衣ギア・シルフ! ⋯⋯だめ!? 火精召衣ギア・サルマンドラ!!」


 個別に精霊に呼びかけても、何も反応がありませんでした。むしろ普段はほんの少しでも自分の中に宿っていた精霊たちの感覚さえ失われていることに気付き、軽くパニック状態です!


(ルルっぅぅぅぅええええっっ!!!!)


 その戸惑いは大きな隙となり、銀騎士が肉薄し横薙ぎに剣を振り抜く。辛うじて双剣で受けるものの完全に虚を突かれた形での防御は脆く、今度は盛大に壁際まで吹き飛ばされてしまう。


「がっ!?」


『青年! 避けろっ!!』


 アルダムスさんの声が聞こえた時、自分の視界は何故か斜めに傾いていました。それどころかゴロゴロと転がって、コテンと止まったところに見えたのは、首がなく血を撒き散らす自分の身体が――――。





「ああああああああああああああああぁぁぁぁっっ!?!?」


 ドッと汗が吹き出る。

 首が、切られた。間違いなく。なのに、今は? 慌てて触れて、きちんと繋がっていると分かる。心臓が早鐘を打ち、恐怖と焦燥感から思わず嘔吐してしまう。


「オェっ⋯⋯な、に⋯⋯なにが、どう、なって⋯⋯え、自分の首、撥ねられたんじゃ?」


『あぁ、確かに首が飛んだ』


 後ろからアルダムスさんがそう告げた。そう、あれは現実だった⋯⋯なのになんで自分は生きている!?


『⋯⋯まるで巻き戻るかのように、青年の首が元に戻った。これはこの場所の特殊性か? 魔法か呪術かはわからんが、この空間は外界と完全に隔絶されているようだ』


「隔絶⋯⋯それで精霊術が使えない? でも、なんで死んだのに生き返って――――」


 しかしそれ以上考える間もなく、再び銀騎士が雄叫びを上げて襲いくる。大上段の振り抜きを為す術なく叩き込まれ、今度は脳天からバッサリと両断された――――。




「――――だぁぁぁっ! 死んだ? 今また死にましたね!?」


『死んだな! あれだけ見事に人体を両断する技は中々お目に掛かれない!』


「技褒めてんじゃねぇですよ! 何なんですかこの状況!!」


 再び復活した途端、取り敢えずは銀騎士にまた殺されるのは拙いと必死に距離を取る。今はちょっとでも考える時間が欲しい。


「あの、元魔王としてはこんなのってあり得ると思います? 死んでるのに時間が戻るように生き返るとか⋯⋯」


『普通ならば有り得ん⋯⋯⋯⋯だが、さる大魔法使いが関わっているとなれば話は変わるな』


「あの人、平気で蘇生魔法とか使えますから⋯⋯時間遡行とか空間遮断とか、やってやれないことはないかも」


 っていうかむしろ確信してます。これは、この場所は間違いなくルルエさんが用意したものでしょう。でも何のため? 


 あの銀騎士――――その後ろに控えるエルダーリッチー、いいえ。恐らくは呪われたアルエスタ王その人に関係があるんでしょうか。でもまずは⋯⋯。


「この銀騎士さんをどうにかするのが先ですかね⋯⋯」


『そうだが君、勝てるかね?』


「⋯⋯死なないんならそのうち勝てるんじゃないですか」

 

 そう投げやりに言って、叫びながら飛びかかってくる銀騎士を迎え撃ちました――――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る