第61話 一応お願いしました。

 こんにちは、勇者です。


 やばい、やばいです。カイムを片付けたらエルヴィンさんも伴って竜人の里に即帰還しようと思ってこの場所を選んだのに、ルルエさんは彼を浄化するために二人で何処かへ転移してしまいました!


「どどど、どうしよう! 取り敢えず風精召衣ギア・シルフ!!」


 風を纏って空高くまで飛び上がると、周囲を見渡します。正直ここが里からどの辺りかなんて覚えていないので、方角だってわかりません!


「ええと、ええと、――――あっ!」


 山を二つ三つ越えた先の向こうに、薄らと煙が上がっているのが見えます。恐らくあれが竜人の里でしょう。風精の力を最大まで引き上げるとそこ目掛けて高速で飛んでいきます。

 いくらクロちゃんとエメラダでも、あの怪物をそうそう長く足止めは出来ない。一秒でも早く戻らなくては⋯⋯。


「くそっ、遅い!」


 いえ。実際はかなりの速さなのでしょう、しかし目標地点は馬車でとはいえ数日掛かった道行き。それを一足飛びに辿り着こうなど土台無理な話なのです。


 しかし、今はこれしかないのです! とにかく速く! 速さが、速さが欲しい! 人も鳥も風だって置き去りにするような、神速の速さが!


(――――手伝ってあげようか?)


 不意に、脳裏に言葉が響く。エルヴィンさんが使うような念話ではなく、もっと深いところから。


(君は速さを求める。僕は風を感じ、そうだな⋯⋯食事をしたい。どうだろうか?)


「あなたは⋯⋯精霊!?」


(そう、僕は風の精霊シルフ。だけど、この契約は君の誇りを傷つけることになるのかな? さっきカイムに騙られた時、君の本心は垣間見た)


 そう、あの時のカイムに操られて答えたことは、自分の本心でした。誰の力にも頼らず強くなりたい。本当の意味での力が欲しい⋯⋯。


(なら、君は僕らを拒絶するかい?)


「――――いいえ、いいえ! 今は誇りとかそんなのどうだって良いんです。早く仲間の元に戻って、自分はみんなを助けたい!!」


(⋯⋯君はサルマンドラが言ってた通りの人間のようだ。ならば力を貸してあげよう、さぁ委ねるんだ。君に満ちる風の精霊に、その身全てを)


「はい! 精霊憑依エレメント・フュージョン風精妖王トゥール・シルフ!!」


 刹那、自分の意識はあの時のように奥へ奥へと引っ張られる。身体の自由を奪われ、ただ見ているだけの世界に閉じ込められる。


 ――――あぁ、お願いです。どうかみんなを助けてください!


「あぁ、承ろう!!」


 自分の声がそう言うと、グンと飛行速度が上がり、視界に映る何もかもを置き去りにする。

 待ってて、みんな――――!

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