第48話 一応確信しました。
こんにちは、勇者です。
ようやく竜人の里へと辿り着いた自分たちは今、ざっくりと里の案内を受けながら責任者である郷長さんのお宅へと案内されました。
目に付く他の家屋よりも一回り立派な家の中へ案内されると、真っすぐ客間へ通されます。
なんとドータさんは郷長の息子さんだったらしく、今は父である郷長が来るまで自分たちの相手をしてくれています。
「長旅お疲れさまです、皆さんのおかげで無事に供物も運ぶことができました。早速契約満了のサインをさせて頂きますね」
施され、自分はギルドから預かっている契約書の写しを取り出しドータさんへ渡します。受け取るとササっと完了のサインをもらい、また自分が預かりました。あとはこれをギルドへ渡せば報酬が支払われるのです。
残念ながらこの里には斡旋ギルドは常駐していないらしいので、何処かの街に立ち寄った際にでも提出しましょう。
そんなやり取りをしていると、客間の扉から大柄な男性が入ってきました。体格の割に人の良さそうな笑顔で自分たちを見回し、挨拶と共に一礼されます。
「ようこそ我が竜人の里へいらっしゃいました。この度は急な依頼を快く受けて下さったと息子から聞き及んでおります。私、この里の郷長をしておりますウーゲンと申します」
「初めまして、グレイ・オルサムです」
代表して自分が立ち挨拶をすると、ウーゲンさんは自分の勇者のプレートを見て目を丸くしています。
「なんと、翠の勇者様がこのような依頼を引き受けて下さったとは、本当に感謝いたします」
改めて席に座ると、同時に入室した給仕さんたちにお茶を振舞われます。出されたお茶を啜ると、ちょっと酸味のある爽やかな味が口に広がりました。
中々美味しいと思いながらも、正直ルルエさんがいつ酒を要求し出さないかと内心ドキドキです……。
「道中でエルフの襲撃に遭われたとか。さぞ驚かれましたでしょう、この里の
「いえ。向こうも脅しのような形で、こちらに目立った損害はありませんでしたので」
「息子からもお話したとおり、この里では木材を薪として大量に消費します。それと言うのも、この里には重要なお役目がございまして――――」
ウーゲンさんの話では、やはりルルエさんの言った通りとある魔王を封印しているらしいのです。その封印を維持するのに常にリンデンの薪が必要なのだとか。
「もう二百年も昔の話ですが、かつてこの里の近くで暴れ回っていた魔王がおりました。それに対して当時のズルーガは勿論、隣国のスルネア遊放国やギネド帝国が総力を挙げて討伐に乗り出しました。しかしある程度追い込みはしたものの、完全に息の根を止めるには至りませんでした」
まるで観光案内のように慣れた調子で語るのは、旅人や来客がある度にそう説明しているのでしょうか。
「しかしそこに一体の雄々しき黒竜が舞い降り、かの魔王をねじ伏せました。しかし悪魔の力を自らに宿した魔王はそれでも死なず、黒竜は致し方なくこの地に魔王を封印することによって平和が訪れました」
黒竜と聞いて、思わずクロちゃんのほうを見ると、当人は話などそっちのけで出されたお菓子を嬉しそうに貪っています。同じ種族の行いが語られるお話なんですからちゃんと聞こうね?
「ですが封印してもなお、魔王の力は強大でした。溢れ出る悪しき力を抑えるため、この地で十年に一度再封の儀式を行い魔王を留めることとしたのです。黒竜は人間を威圧せぬようにと人に姿を変え、ここに里を築き守人として私たちの先祖が導かれました。竜人様は儀式を行うと暫しこの地に留まり、その後の祭りを終えるとご自分の住処へとお帰りになるのです」
なるほど、竜人の里という地名の由来はそこから来ているんですね。
ウーゲンさんは誇らしげに言葉を紡ぎ、お茶で喉を潤すとまた語り始めます。
「以来、先祖代々竜人様をお迎えして儀式を執り行うのが習わしとなっており、ちょうど今年がその再封の儀式の年なのです。竜人様は羊の肉が大層お気に入りのようで、私らは供物として今回お運び頂いた羊を献上しておるのです」
黒竜はみんな羊肉がお好きと。まさかこんなところでクロちゃんの羊に対する異常な執着の謎が解けるとは。
「なるほど……しかしそれだけ長い間同じ儀式が行われてきたのに、なぜ今になってエルフとの確執が起こってしまったんですか?」
するとウーゲンさんは途端に困った顔でガシガシと頭を掻き出します。彫の深い顔に皺が寄り、彼の心労が如実に表わされるようでした。
「魔王の封印はリンデンの薪を焚き続けることで維持されます。これまではある程度の量で賄えましたが、今年は儀式の時節になっても一向に竜人様がご来訪なされないのです。このままでは封印も解けてしまいますし、私どもは少しでも時間を稼ごうとリンデンを大量に焚きつけました。次第に備蓄も底を尽き、仕方なくこれまでよりも多くリンデンの木を伐採していたのですが……」
「これまで不満を抱いていたエルフたちが伐採量の増加に怒り、ついには実力行使に出てきた、と」
「仰る通りにございます。森に住むエルフたちも元を辿れば魔王討伐と封印の際にこの地に根付き森の管理を任されたと聞いておりますが、訳を話してももう木を減らすなの一点張りでして、ほとほと困っておる次第です」
なるほど、うん。面倒くさい。内心そう呟いていると、隣りでまたルルエさんがそれ見たことかという顔をしています。
「その竜人様は、なぜ来るのが遅れているんでしょう? 何百年も前から十年に一度もマメに通っているからには、時期を忘れたということはあり得そうにないですよね」
「はい、竜人様は大変ご立派でそういった不備には縁遠い方でございます。もしや御身になにかあったのかと、里の者たちは不安がっております」
そこまで話を聞いて、ふと自分の中である仮説が思い浮かびます。ちらりとクロちゃんを見てルルエさんに視線を移すと、ルルエさんも同じ考えが浮かんでいるのか少々眉根を寄せています。
ひょっとしてですが、その竜人様というのはクロちゃんの親竜なのでは……。
「もしもの話ですが、このまま竜人様がいらっしゃらない場合、里ではどういった対応を取るおつもりですか?」
「そうですね⋯⋯竜人様がもう訪れないとなれば、どうにか封印を維持する術を模索するしかありません。少しでも時間を稼いでズルーガの王都にご相談するしか⋯⋯」
「その通達はもうされているんですか?」
「これまではギリギリまで様子を見ておりましたので、まだ話を通しておりません。ですが、それももう……エルフの件もございますので、ちょうど王都へ一報を送るかと里の会議で相談しておりました」
「それがよろしいでしょう。すぐにでも知らせを送り対応を検討されたほうがいいと思います。封印が解けてしまってからでは後の祭りです」
「勇者様の御言葉もございましたら、すぐにでも。いや、お礼を申し上げるつもりが完全にご相談事のようになってしまい、申し訳ございません。皆さま長旅でお疲れでしょう。こちらで宿の手配はさせておりますので、お休みのついでに宜しければどうぞ里のご見学を」
どうやらズルーガの王都へ話を送る腹が決まった様で、ウーゲンさんは退出の挨拶をすると足早に客間を後にしました。
「では、私が宿までご案内いたします」
ドータさんが丁寧に宿まで連れて行ってくれると、自分たちは一先ず宿に荷物を置きちょっとした会議を開きました。
「で、ルルエさん。どう思います? 自分は多分そうだと思うんですけど」
「時期的に見ても可能性は高いわよねぇ。どうしたものかしらこれぇ」
「なんだ? どういうことだよ。ちゃんと説明しろ」
「えーと、ちょっと裏付けのない話になるんですが……もしかすると里の竜人様というのはクロちゃんの親竜かもしれないんです」
自分は皆にクロちゃんとの出会いをザックリと説明すると、一同それを聞きうーんと唸り始めました。
しかしあくまで憶測なので、確証を得るため少し気が引けつつもクロちゃんに自分と出会う前の話を聞いてみることにしました。
「クロちゃん、自分と森で出会う前は何処でどうしていたんでしょう?」
「ん~? くろは、あなのおうちでおとうさんとくらしてた」
ルルエさんの膝の上で絵本を開いていたクロちゃんがパッと顔を上げます。
「そうですか……クロちゃん、嫌なお話かもしれないですが、お父さんは今どうしていますか? クロちゃんはどうして怪我をしてあの森にいたんでしょう」
すると、クロちゃんの表情が少し暗くなります。やはり雰囲気の良いお話にはならないようです。
「あのね、おうちでおとうさんとねてたら、にんげんがきたの。そしたら、にんげんがきゅうにくろとおとうさんにいたいことしてきたんだよ」
その言葉に、胸が締め付けられました。それは自分が最初にクロちゃんにしたことと同じだからです。
竜は退治して名を上げる。それが強者たちの常識で、でも自分はそれが嫌でクロちゃんを連れていくことにしたのです。今だから胸を張って言えますが、自分はやはり間違っていない。そう確信します。
「お父さんは、どうなりましたか?」
「わかんない。にんげんにいっぱいけがさせられてちがでてて、くろもいっぱいたいくて……それで、おとうさんがにげなさいっていうから、くろはいっしょうけんめいにげたの。それで、ぐれーにあったんだよ!」
ルルエさんが、ぎゅっとクロちゃんを抱き締めました。くすぐったそうに笑うクロちゃんが、とても愛おしく感じます。同時に、やり場のない怒りが自分の胸を焦がすのです。
「……あたしさ、城で色んな竜退治の物語とか読んだけど、いまそれを思い出すととんでもなく胸糞悪くなってきたわ」
エメラダが吐き捨てるようにそう言って、クレムも無言で同意しています。
「そういえば、クロちゃんって何歳なんです?」
「なんさい? ってなに?」
「グレイくん、多分クロちゃんは最初の大きさから考えて六十歳くらいだと思うわぁ」
……クロちゃん、けっこう年長者だったんですね。なんか急に敬語使わなきゃいけない気が――――っていつも使ってましたよ!
「クロちゃん。覚えてたらでいいんですが、おうちで暮らしてた頃にお父さんが出掛けて何日も帰らないこととかありましたか?」
「うん、なんかいもあった。それでね、いつもかえってくると、もこもこのおいしいおにくをおみやげにもってきてくれたの! あれがひつじさんだったんだね!」
お土産に羊さん……これはもう、ほぼ確定じゃないですか?
「ちなみにお父さんは、今のクロちゃんみたいに人間の姿になれたりしましたか?」
「うん、たまにおうちでれんしゅうしてた! またこのじきかぁっていってて、ちょっといやそうだったよ?」
『……これはもう間違いないんじゃないか?』
「やっぱりそう思います?」
エルヴィンさんに同意し、自分は大きく溜息を吐きます。人間に化けて、たまにお出掛けして、お土産に羊を持ってくる。ここまで合致すればこの場の誰もがほぼ確信してしまいました。
そして未だ里に竜人が現れないとなれば、クロちゃんのお父さんはやはりもう亡くなっているんでしょう……。
「えー……これ、どうしましょう? 里の人に伝えたほうが良いんですかね」
「でも、そうするとクロちゃんが竜だってバレちゃいます。いまの里の状況でそれはまずくないですかお兄様?」
「かと言って情報を隠して悪戯に時間を掛けてしまうと、魔王の封印が解ける可能性だってありますし……」
どうしたものか、と皆で頭を突き合わせてうんうん悩んでいた時、それは鳴り響きました。
『敵襲、敵襲―!』
カンカンと甲高い鐘の音が響き、恐らく魔法で拡声された野太い声が外から宿の中まで届きます。
え? 今すっごい忙しいんですけど?
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