第10話 一応変態扱いされました。
こんにちは、勇者です。
先の片角との戦いで蹴りを食らい肋骨はバッキバキ、腹パン食らった挙句に腕まで切られて自分はもう死にかけです。
自分の閃きでクレムくんが覚醒してくれたお陰でなんとか片角は倒せたものの、その後意識を失いました。
そして今。目を覚ましてみれば、そこにはダンジョンの壁はなく鬱蒼とした樹木の生えた密林の中で、自分は寝かされていました。
「あっ、お兄様が起きました! 痛いところはありませんか!?」
ふと横を見れば、涙を浮かべるクレムくんの姿。こんな可愛い子があの化け物の腕と首をちょん切ってぶっ殺したとは誰に話しても信じてくれないでしょう。
「あらぁ、やっとお目覚め? やっぱり蘇生魔法は復活にタイムラグがあるわねぇ」
「え!? 自分死んでたんですか!?」
その声に無意識に反応して、自分は飛び起きました。
「初死亡おめでと~! これで勇者の階段をまた一つ登ったわねぇ」
どんな階段だよ……と思いながら声の主を見上げれば、ルルエさんはいつもと変わらぬ笑顔でした。
「じゃあ起きた所で、はいグレイくんそこに正座ぁ」
ピッと指差され、自分は反射的に飛び起きて正座します。
「今回の課題、よくできましたぁ。自力でボスのミノタウロスを倒せはしなかったけど、自分で
クレムくんから聞いたのでしょうか。頭を撫でられました。デヘヘ!
「で、次はお説教~。あのね、勇気と蛮勇は違うものなのよぉ。チャンスがあったなら諦めずに撤退してぇ、勝てる機会を伺いなさぁい? 死んじゃったらそこで試合終了なんだからぁ。死んでも生き返らせるけどぉ」
最後の一言が有り難いけど何故か怖い。そしておしおきにポコリと殴られました。デヘヘ!
「いいぃ~? 死ななければ負けても負けじゃないのぉ、生きて何度も挑んで、そこで勝てればいいだけなのよぉ。次からは気を付けることぉ」
勝てば官軍と仰りたいようです。その通り。でもあの時の自分は勝ち負けとかではなく、クレムくんの生存を最優先として行動していたのでああいう結果になってしまいました。
……ていうかまじで死んだんですか自分!?
「そ、蘇生魔法って本当にあるんですね」
「あるわよぉ、常人がポンポン使えるものじゃあないけれどねぇ」
それは自分が暗に人外だと言ってるんですかね? 口にしたら死にそうな目に合わせられそうなので言いませんが。
「私を人外とか失礼しちゃうわぁ、
心を読まれてのおしおき痛ぁい! あと地味に高等魔法使うのやめて!
「お、お兄様はいつもこの方とこんな感じなんですか……」
いつの間にか木の陰に隠れて見ていたクレムくんが盛大に怯えています。そうですよぉ、いつも死と隣り合わせなんですよぉ。
「あらぁ、優しくしたいときは優しくするわよぉ?」
「気分次第かっ!!」
自分は治癒を掛けられがっくりと項垂れます。
「と、ところで自分が蘇生中にもうダンジョンから抜けているということは、クレムくんとの自己紹介はお済みで?」
「えぇ、色々と聞かせてもらったわぁ、お・に・い・さ・ま?」
「……社会的に死ぬのでやめてください。クレムくんも、なるべく人前では自分のことを名前で呼んでくれると嬉しいです」
「え、でもお兄様はお兄様ですし……」
もじもじするなぁ! 頬を染めるなぁ! 本当にやべぇ奴の烙印を押されかねませんから!
「ぴぃ、ぴぎぃ!」
おぉよしよし、今はクロちゃんだけが自分の心の癒しです……。と撫でていると、クレムくんはクロちゃんでもやっぱり怖いのか、少し距離を取っています。
「さて、グレイくんも起きたことだし街に戻りましょうかぁ」
「あ、はい。ご迷惑おかけしましたが、ありがとうございました」
ルルエさんに一言お礼を言うと、彼女は満足げにニッコリと笑いました。
クレムくんを伴いウォクスの街に戻ると、自分たちはクエストの報告にギルドへと足を運びました。
カウンターで報告書と討伐の証であるキラーアントクイーンの部位を納めると、割と良い額の報酬が頂けました。
しかし、最近ではルルエさんの飲み代に大部分が消えていくと思うと、そのお金も軽く感じてしまうのは、お金に対して失礼でしょうか……。
クレムくんも隣りの仕切り席で報告を行っていたようなのですが、その報告を受けて俄かにカウンター向こうが騒がしくなっております。
「どうしました、なにかありました?」
仕切りから覗きこみクレムくんに声を掛けると、彼は些か困惑顔です。
「はい、実は例の片角のミノタウロス、
「あっ、なるほど」
RDB。レッドデータブックとは、いわゆるモンスターのブラックリストのようなものです。通常の個体よりも凶悪、害悪と判定され且つ未討伐の魔物はこれに記載され、注意喚起を促されるのです。それに載った魔物の殆どは高額な討伐対象とされているので、冒険者間ではよく目を通される書物となっています。
「やりましたねぇ、報酬ついでに報奨金も上乗せじゃないですか」
「そんなの貰えませんよ……あれはお兄様が倒してくれたようなものですし」
何言ってるんだこの子は。あれだけ惨殺しといて自分はやってないとはこれ如何に。
やがてカウンター奥から偉そうな人――確かここのギルド長――がやってきて、クレムくんの前で恭しく礼をします。
「これは白金の勇者様、この度はRDBのモンスターを討伐したとのこと、感謝の念とともにお祝い申し上げます。つきましては当ギルドから臨時の報奨金を――――」
「いえ、それは受け取れません。僕は実力でそれを狩ったわけではないですし、なによりその討伐に大いに貢献されたのは、僕ではなく隣りにいるお兄さ……グレイ・オルサム様なのですから」
ギルド長、のみならず、カウンター越しの受付さんたちや後ろに控える他の冒険者たちからも自分に視線が注がれます。それは決して羨望やそう言った類の暖かいものではなく、本当かよぉ? って感じの懐疑的な視線ばかりでした。
「はぁ、左様ですか……ん? オルサム?」
ギルド長が自分の顔をじっと見つめてきます。眼力がすごい。
「失礼ですが、翠の勇者様は……獣人殺しの狂勇者で噂のグレイ・オルサム様でいらっしゃいますか?」
自分の目が点になります。なにその渾名、かっこいいけど超怖い……。
すると後ろのほうからも声が聞こえてきます。
(獣人殺し? なんだそりゃ)
(あれだよ、トゥーリの街でオーク二千体をたった一人で相手にしたっていう)
(二千!? 化けもんじゃねぇか。そりゃミノタウロス一匹なんてワケねぇな)
(でもあの見た目よ? 本当なのかしら)
(俺あの街に親戚がいるんだけどよ、なんかマジらしいぜ。背格好も聞いてたのとそっくりだ)
(え、あれが……? すごいけど怖っ)
とかなんとか言われてますが、なんか倒した桁が一個多くないですかね!? オーク二千体とか軍隊じゃないですか。常識的におかしいでしょ。
しかし噂は尾ひれの付くもの。ギルド内で漏れる噂話だけでもあっちこっちと内容が若干異なります。っていうか狂勇者って何さ……。
ギルド長はと言えば、勝手に一人得心のいった顔をしていてこちらにも礼をしてきます。いや、全然噂もこの子の話も正確じゃないんですよ!?
「オークを二千体なんて、さすがはお兄様ですね!」
火に油を注ぐクレムくん。お兄様というワードにも皆食らいつき、最終的に「獣人専門ショタ好き変態狂勇者」という訳の分からない帰結を迎えて自分は発狂しそうです。
ちなみにルルエさんは後ろのほうで腹を抱えて大爆笑しております。こうして自分の社会的地位はもはや風前の灯、違う意味で最底辺勇者です……。
結局話し合った結果、功績としてはクレムくんが賜ることとなり、報奨金については自分と折半してくれるという形に落ち着きました。
自分としては当然もらえるお金ではないのですが、クレムくんが上目がちに「お願いします……お兄様」と言い、周囲もざわつき、もうこれ以上の噂の肥大化は嫌だったので有り難く頂戴することになりました。
「あらあらぁ~、ずいぶんたくさん貰ったのねぇ。いく? いっちゃう?」
そう言いながら杯を煽るような仕草をしているルルエさん。この人は本当に……。
「それもいいですけど、また装備が壊れちゃいましたし直すか新調するかしたいです」
今は鎧を脱いでいますが、片角の攻撃で自分の装備は買ったばかりなのにボロボロのベコベコです
。
「あっ、すっかり忘れていました。お兄様、お借りしていたダガーなんですが……」
クレムくんは申し訳なさそうに自分が貸したダガーを差し出します。見れば刃こぼれが酷く、これはもう使い物にならないでしょう。
「気にしなくていいですよ、元々予備の武器でしたから。でもこのダガー、勝手に鈍ら扱いしてましたが、存外良い品でしたね」
改めて見れば、破損は酷いもののダガーは曲がっても折れてもいません。普通ならここまで使えば打ち直しが必要になってくるのに、刃こぼれさえなければまだまだ現役でいけそうなほどです。
「あそこの店長の腕は確かよぉ。だからわざわざ通ってるんだからぁ」
あぁ。あの店長が作っていたんですか。てっきり職人から卸したものかと思いこんでいました。
ギルドでの報告も終わり、ひとまずは武具店に向かうことにしました。迎える店長は相変わらずの厳つい顔でしたが、三度目ともなると自分にもぎこちない営業スマイルを向けてきます。
「いらっしゃいぃ! おや、昨日来たばかりだってのにどうされたんで?」
「店長ぉ、鎧が壊れちゃったからまた来たわぁ」
施され、自分は申し訳なく思いながらボロボロの軽装鎧を店長に差し出します。
「こりゃあ……勇者さん、あんたいったいどんなのと戦ってんだい? たった一日でこんなんたぁ」
感心しているのか呆れているのか。店長は鎧を手に取り状態を見ています。
「あの、直せますかね」
「そりゃ時間さえ貰えりゃ直すけどよ。こんなに消耗が激しいってんならもっと丈夫なもので揃えたほうがいいですぜ」
丈夫なもの、イズ、お高いもの……。でも確かにエンチャントの掛かったものや希少金属で鍛えられた武具ならば、あの片角の攻撃のダメージももっと軽減されていたかもしれません。
「じゃあ軍資金もあるし、適当に揃えちゃってぇ」
「あいよっ、特別良いのを揃えまさぁ!」
そんな切符の良いこと言わないで! これからの活動資金(という名のルルエさんの飲み代)だって残さなきゃいけないんですから!
暫くして用意されたのは、銀色に輝く綺麗な軽装鎧でした。
「素材はミスリル製、打撃ダメージ軽減の加護も掛かった特注品でさぁ。ミスリルの特性上、魔法のダメージも多少は抑えてくれる逸品ですぜ!」
むむ、確かにこれは素晴らしいの一言。デザインも中々自分好みです。でも、お高いんでしょう?
「そうですねぇ、ルルエさんは勿論ですが、勇者さんもすっかりお得意さんだ。大盤振る舞いでこんなもんで如何です?」
パチパチと算盤を叩いて提示された額は、やっぱり高いもののその品質にみあった額でもありました。……ちょっと余裕あるし、いいかなぁ?
「ぐぐぐ……も、もう一声!」
「ダメです。お二人だからこの金額でお出しするんですよ。これ以上はまけられねぇですな」
「うぅ…………わかりました、買いましょう」
「へい! まいどありぃ!」
どっさりと重くなったお財布が一気に軽くなってしまいました……まぁこれで身の安全が少しでも確保できるなら良しとしましょう。
「そうだ店長ぉ、ついでにオーダーメイドも頼みたいんだけどぉ」
そう言ってルルエさんが取り出したのは、なんと自分が切り落としたミノタウロスの片角でした。
「これでぇ、ちょっと良さげなダガーをこさえてほしいのよぉ」
「こいつぁ随分と良い素材をお持ちで……どれどれ」
角を手にした店長の目の色が変わりました。まさに職人の目といった感じです。クルクルと手のうちで回し、何か閃いたかのように頷きます。
「承りましょう、しかし鍛えるにゃあ少しばかりお時間を頂きますぜ、そうさな一週間ほど」
「もちろんいいわぁ、最高の出来のを期待しているわぁ」
いつもより三割増し(当社比)の笑顔を店長に向けると、素材を預けて自分たちは店を後にしました。
「さてぇ、これからどうしましょっかぁ。まぁまず飲むけどぉ」
「そこは決定事項なんですね……」
「あっ! それでしたら皆さん、僕の屋敷へいらっしゃいませんか!?」
クレムくんが、これを待っていましたとばかりに自分たちの前へ躍り出ました。
「父に今回の件も報告しなければなりませんし、なによりお兄様にはまだしっかりとしたお礼をしていません!」
「いや、お礼ならさっきの報奨金の分け前で充分ですよ?」
「そんなわけにはいきません! あれはあくまでも報酬です。僕はお兄様に誠心誠意のお礼と歓迎を差し上げたいのです!」
むん! と譲らぬ気合を纏ったクレムくん。そんな姿も可愛らしいですね。
「いいじゃないのぉ、お貴族様の邸宅でしょ? さぞ良いお酒があるんだわぁ」
「はい! 家の者に申しつけて最高の料理とお酒でおもてなしします!」
「決まり決まり! じゃあ早速行きましょう、坊やのおうちってどの辺りぃ?」
酒で釣られてノリノリのルルエさんはもう居ても立ってもいられないご様子。でも実は自分もちょっと楽しみ!
「我が家はハイエン領――そうですね、王都カウラスから馬車で三日ほど。ここからだと結構な距離なので、ご足労になってしまうのが申し訳ないのですが……」
「あら、坊やったらハイエンの血筋だったのねぇ。それならお姉さん行ったことあるから魔法でひとっ飛びよぉ!」
そう言ったルルエさんは、杖を振りながら自分たちを急かします。
そういうわけで、クレムくんのご厚意でお屋敷にご厄介になることになりました。貴族の家かぁ、ちょっと緊張しますが楽しみです!
「みんな早く掴まってぇ。いくわよぉ、
視界がぐにゃりと曲がり、またあの酩酊感に似た感覚が襲います。
そして次の瞬間目の前に広がっていたのは、とても立派な造りの巨大なお屋敷なのでした――。
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