第8話 一応きり抜けました。
こんにちは、勇者です。
姑息に立ち回りながらもなんとかミノタウロス二体を倒して救い出した金髪少年ですが、彼の首にはなんと勇者の証、それも最上級の白金のプレートが下がっているではありませんか。これは一体どういうことなのでしょう……。
まだショックからは立ち直れていないものの、ようやく落ち着いてきたのか彼の嗚咽も小さくなってきました。
「さて、もうそろそろ事情を聞いてもいいでしょうか? 自分の名前はグレイ・オルサム。まずは君の名前から聞かせてもらえますか?」
なるべく優しく問いかけます。すると金髪の少年は顔を上げ、申し訳なさそうにこちらを見ます。
「は、はい。僕の名前はクレム・ロゥ・ハイエンと申します。改めて危ないところを助けていただき、ありがとうございました」
礼儀正しいお子さんは好きです。縋りついていた身体を離してぺこりと礼をする姿は、身長さえ伴えば立派な騎士のように見えます。
「僕は仲間を伴ってその……特訓をするためにこのダンジョンへ潜りました。ミノタウロスが出没するのも承知の上でここに参りました」
何か隠し事があるかのようにもじもじとしながらも、少年――クレムくんは話を続けます。
「しかしこの階層にくるまで、出没するモンスターは下級のものばかり。僕にとってはそれで良かったのですが、仲間たちは僕に度胸を付けさせると言って、結局ここまで潜ってきました」
ほぉ、なにやら共感を覚えるお話。しかし君は絶対死なないからとわざとトラップに突っ込まれたりはされていまい!
「でも予想より潜ってもミノタウロスは現れませんでした。ギルドの報告ではもっと上のほうで出没証言があったそうなんです」
あ、それってキラーアントの巣穴にいた連中かもですね……。
「ちなみに、ミノタウロスの集団規模とかは聞いてたりしていませんか?」
「はい。確認されたのは五体、ということしか聞いていません」
さっきので三体、今ので二体。最低ラインは越えてはいますが、あくまで推測情報、それ以上個体数がいると思っておくのが妥当でしょう。
「それで、潜って結構経ったので、このまま野営して進むか一度地上へ戻るかという話になったんです。結局僕らはここが野営に丁度よいと判断してダンジョンに留まることにしました」
するとクレムくんの顔はたちまち曇りました。
「こう言っては何ですが、ちょっとだらしのない人たちだったんです。ダンジョンの中だって言うのに、火を焚きだしたり、お酒を飲んだり……」
それはダンジョン内でやってはいけないやったら死ぬぞの基本事項ではないですか。火を焚けば煙は充満して燻されるし、なにより匂いで魔物を引き寄せる。酒に関しても気付けとしてならともかく、最低限以上の飲酒は油断を呼びます。この時点でパーティ崩壊に大手を掛けているようなものです。
「結局、順番で見張りをということだったのにみんな思い思いに休みだして……僕が最初の見張りを引き受けました」
クレムくんの瞳に、またジワリと涙があふれ出しました。
「見張りは、ちゃんとしていたんです……でも、急に奴らが出てきて……唖然としてたら一人やられて、そのまま――ウッ」
その光景を思い出したのでしょうか、クレムくんはその場で嘔吐してしまいました。吐くだけ吐かせて落ち着くのを待ち、雑嚢から水筒を取り出して彼に渡しました。
「ありがとうございます……だから、パーティが全滅したのは僕の」
「彼らの自業自得ですね。この人たちダンジョンになんて殆ど潜ったことなかったんでしょう。」
クレムくんの言葉を遮り、自分は立ち上がりました。死亡した彼らの荷物であろう残骸を漁り、自分は溜息を吐きます。
「地上でならともかく、地下迷宮、それもこんな閉鎖的な空間で。持ち込んでいる食材も匂いの強いものばかり。普通ならこういうところでの食事は乾物やドライフルーツ……なのに獣の肉や香草なんか持ち込んで、襲ってくれと言ってるようなものです」
これは彼を庇っているのではなく本当の自業自得です。見張りに関してだって、本来ならば体力の少ない彼から休ませるのは言わずがな、それも五人でパーティを組んで見張りを一人とか頭がおかしいとしか思えません。
「率直に聞きますが、君と彼らの関係は? この人たち、顔ももう分かりませんがどう考えても碌な冒険者じゃありません。ドの付く素人です。」
「……僕はハイエン侯爵家の二男で、彼らはうちで囲っていた私兵です。腕利きではあったのですが……確かにダンジョンは初めてだと言っていました」
なんと公爵様の二男坊ですか、どうりで装備も立派――いえ、それ以前に聞かなければいけないことがありました。
「もうひとつ。その首のプレート、偽物でなければ君は勇者ということになりますが、間違いありませ――あ」
そこで思い出します。酒場で耳にした与太話。史上最年少の白金勇者のことを。
「はい、僕は勇者の称号を賜りました。でもこれは魔王を斃して得た称号ではありません……王都で開かれた剣術大会での功績を称えられ賜ったものです」
王都の剣術大会……? あれは子供の出れるような類の武闘会ではなかったはずですが。
「それは四年に一度開かれる、王都カウラスでの御前剣術大会ということで間違いないですか? それに君が……優勝?」
「はい、間違いありません」
「でも失礼ですが先程の戦いぶり、というか戦いにもなっていなかったですが……」
言って、彼の顔がクシャリと歪む。
「人間相手には大丈夫なんです。でも……どうしても魔物相手だとどんなに弱い者でも足が竦んでしまって……今回のクエストも、父が僕の魔物恐怖症を矯正しようと無理に組んだものなんです」
俄かには信じがたい話ですが、彼の首のプレートは本物であり、こんな場所で嘘をつく理由もありません。
しかし、最年少の白金勇者が魔物恐怖症とは――いえ、底辺勇者の自分が言えた義理ではないのですが――その挙句に付き添いの私兵は全滅。本人も殺されかけるとは、ちょっと、いやかなり気の毒でなりません。
「そうですか、それは怖かったでしょう。可哀想に……歳はいくつですか?」
「十一です。今年で十二を迎えます」
こんな歳の子を護衛付きとはいえ無理やりダンジョンに潜らせるんですから、さぞ毒親なのでしょうな……。あぁ、何故かこの子に沸々と同情心が湧くのは何故でしょうか! まるで我がことのようです!
「ひとまず、もう怖がらなくても大丈夫ですよ。自分も仲間とはぐれた身ですが、多分此処にいればいずれ見つけてくれるでしょう。それまで一緒にいて、合流次第地上へ送りましょう」
「ありがとうございます……あの、あなたも勇者なんですね」
「あ、えぇ。君と同じで駆けだしで、恐らく自分は君よりずっと弱っちい勇者ですよ」
「そんなことはありません! さっき僕を助けてくれたあなたの動き、本当に綺麗でした! まるで恐怖も感じず勇敢に立ち向かって、すごく憧れます!」
そういうクレム少年のキラキラした瞳が眩しいのなんの……こっちはビビりまくりでしたよ。
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、決して怖くなかったわけじゃないです。あいつらの攻撃を一発でも受ければ即死確定でしたしね……無我夢中というやつです」
「怖かったのにあんな動きを――――教えてください! どうすれば怖いものを克服できますか!?」
ぐっと近づいてくるクレムくんに、何故だか自分ドギマギ……ハッ!? いやいや自分その気は全くないですよ!?
「あ~、と。君は怖さを無くしたいんですか?」
「はい。そうすれば人間と戦うように魔物とも戦えます!」
「……率直に言って、恐怖心とは無くなりません。薄れていても必ずそれは付いて回ります。問題はその怖さの中でどう立ち回るかだと、自分は思うんです」
クレムくんはキョトンとしていました。
「自分は戦うのが怖いです。怪我をするのが怖いです。病気が怖いです。他人が怖いです。武器が怖いです。死ぬのが怖いです。そして、魔物だって怖いです。……でも、その怖さの雁字搦めの中で行動することが、勇気です。」
勇気、と呟いてクレムくんは自分のプレートに無意識に触れていました。
「勇気は誰の中にもあります、恐怖も同じです。有るものを無いことにはできません。自分だって怖いものからは逃げます。でも、逃げられない時もある。そんな時どうするのかで、人生は簡単に決まってしまうんだと、自分は思っています。さっきだったら、クレムくんがいなければミノタウロスから一目散に逃げていました。でも自分は此処にいます。それは勇気を出したから」
自分もクレムくんに見せつけるように、自分の首のプレートに触れます。
「一生懸命に勇気を出して、みんなの前に一歩出る。それが勇者のお仕事なんじゃないかって、最近の自分は思うようになりました。……勇者に成り立てなので、やっぱりよく分かりませんけど」
ニッコリと笑ってクレムくんの頭を撫でると、彼はほんの少し頬を赤く染めた気がします。
「……勇者様だ」
興奮したように、彼の目が輝いています。
「勇者様! 勇者様です! グレイさんは本当に勇者様です!」
最底辺ですけどね~と苦笑いすると、クレムくんはぶんぶん首を振ります。
「いえ、グレイさんは――――お兄様は立派な勇者様です!」
「…………お兄様ってなんです?」
「私兵の人のひとりが言ってました。憧れの男の人のことを兄貴って呼ぶって。兄貴ってお兄様ってことですよね! ではグレイさんは僕のお兄様です!」
おぉー私兵の野郎どもの中にアレなのが混じっていたかなぁ? え、どうしようこれ。どうやって止めさせればいいの? 自分は言い知れぬ冷や汗でしっとりと濡れていきます。
「いや、あのねクレムくん。そのニュアンスはあまり――」
「え、でも……っわぁ!」
自分は何かの気配を感じて、慌ててクレムくんの口を塞ぎます。引き摺るような、踏みぬくような、足音――っ!
「クレムくん、絶対喋っちゃだめですよ……
クレムくんを抱き寄せて隅に座り、隠密スキルを使用する。このスキルは自己だけでなく、接触している人間にも効果があるという素晴らしい利点があるのです。
足音が、段々と大きくなって迫ってきます。広場の曲がり角のほうから、巨大な影がぬっと出たかと思うと、クレムくんがひっと悲鳴を上げ掛け、また口を塞ぎます。
現れたのはミノタウロス。それも先程の個体とはサイズが二回りは大きく、身体中に数多の傷跡を付けていました。左の角は折れ、代わりというように右の角が大きく肥大して禍々しく畝っています。
「っォ――――――――――――――ァっ!!」
巨大ミノタウロス。恐らくはこれまで斃してきた個体のリーダー格であろうソレが広場に踏み入ると、その光景を見て咆哮を上げました。
多くの血溜まりに興奮しているのか、はたまた味方の死体に憤慨しているのか。ウロウロ、ウロウロと巨体を引き摺って広場をグルグル回っています。
やがて、ぴたりと止まりました。巨大な鼻穴をひくひくと動かし、匂いを探っているような。そして、おもむろに――――こちらを向きました。
ずる、ぺたん。
ゆっくりこちらにやってきます。足取りはゆっくりで、まるで自分たちを追い詰めているかのような錯覚。
する、ぺたん。
目の前にやってきたそれは、ズゴズゴと鼻を鳴らして周囲を嗅ぎまわっています。クレムくんの緊張の糸は今にも切れそうだったので、目と耳を覆ってやります。
さっきからジッと、その血走る紅い眼に睨まれています。自分も恐怖で竦み、小刻みに震えていました。それでも音を立てまいと必死に我慢しているうち、ミノタウロスのボスは興味が失せたのか、またゆっくりとした足取りでその場を去って行きました。
「――――――――はぁっ、はぁ、はぁ……死ぬかと思った」
自分の額も服も、冷や汗と脂汗でびっしゃりとしていました。しかし何故でしょう。なんか尻のあたりが温い……ん?
「お、にいさま。ごめ、ごめんなさい…………」
なにやら鼻につく芳香がして、全てを察します。まぁ自分がこんな有様なのです。子供のクレムくんなら当然と言えば当然です、
「お兄様……ごめんなさい、漏らしちゃいましたぁ……」
「大丈夫ですよ、よく頑張って声を出しませんでしたね、偉いです。 むしろ自分も少しチビッてましたからお相子です!」
仕方ない仕方ない。さて、これからどうしたものか。
たすけてールルエさーん……。
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