第4話 一応主賓になりました。

 こんにちは、勇者です。


 あの殺戮現場から自分たちはクエストの受けた街へと帰ってきました。

 クエスト完了の報告はルルエさんがやっておいてくれると言うので、お言葉に甘えて先に宿で待っていることにします。


 宿屋に入ると、店主がギョッとした顔で自分を見てきます。あ、血とか拭うの忘れてました。一旦取って返して井戸端でざっと血痕を拭い、借りた部屋のベッドへと倒れ込みます。


 食欲は.......ありません。暫くは豚料理とか食えないかもです。


 正直、自分でも未だに実感が湧きません。本当にあのオークの集団を、ルルエさんのサポートがあったとはいえ僕が全てやったのでしょうか。


 嘘です。実感なんてありありです。手にしっかりと感触が残っているんです、肉を切り裂くあの感触を。


 そして今更考えるのです。ルルエさんは一体何者なのかと。そうしているうちにうつらうつらと眠気に誘われ、自分は意識を手放しました。


 .......なにか、柔らかい感触が自分を包みます。少し前にもこの感じを味わった気がするのですが何だったでしょうか。


 でも疲れきった自分はろくに目も開けず、その感触をもっと堪能しようと抱きついてしまいました。


「あんっ、もう.......眠ってても男の子なのねぇ」


 声が聞こえ、ハッとしました。そう、この感触は.......女体!! それもルルエさんのワガママボディです!!


 自分はそれを手放そうか悩みました。悩んで悩んで、


「ぐー、ぐー」


 狸寝入りを決め込むことにしました。


「いや、起きてるのは分かってるのよぉグレイくん~」


「あひたたたっ、あい、いひゃいれふ!」

 思い切りほっぺたを抓られました。ギャフン。


 目を開けると、ルルエさんは自分に添い寝するようにベッドで横たわっていました。あれ? 自分なんでこの状況で、抓られたの?自分悪くないよね?


「おっはよ~、といってもまだ夜だけどねぇ。お腹すいたし、ご飯食べに行きましょ?」


「..............いえ、自分あまり食欲が」


「ダメよぉ、あれだけ身体を酷使したんだからきちんと食べて蓄えなくちゃ! じゃないと筋肉つかないよぉ?」


 駄々をこねる子供をあやす様な言葉に恥ずかしくなり、渋々とベッドから起き上がります。

 この宿屋には食堂がないので、街の酒場へ行くことになりました。


 歩いていると、何やら街の人達は慌てた様子でした。


「あ~、オークの死体処理をギルドに任せちゃったからねぇ。まさか集団まるまる狩ってくるなんて思わなかったらしくて、臨時にクエスト出して大忙しみたいよぉ?」


「え、自分らは手伝わなくていいんですか?」


「へーきよぉ。街の脅威を取り除いてあげたんだから、それくらいはやってもらわなきゃねぇ」


 着いた酒場は、あまり繁盛しているとは言い難い席の空き具合でした。やはり皆さん死体処理で忙しいのでしょう。なんかごめんなさい.......。


「さっ、ギルドからの報酬もたんまり貰ったしぃ、今夜は盛大に飲もー!」


「昨日のは盛大じゃなかった感じですか!?」


 あんなのは序の口よぉ? と言いながら、さっそく給仕さんが持ってきたエールを一気に飲み干しそのままお代わりを所望しています。うわばみ怖いっ!


「それにしても今日は頑張ったわねぇ、お姉さんが発破かけたとはいえ、あそこまで粘るとは思っていなかったわぁ」


「いえ、無我夢中で.......っていうかルルエさんの魔法のせいでほぼ理性保ってなかったんですけど!」


「それはごめんねぇ、ああでもしないとすぐ逃げちゃうでしょ? それにぃ、強くなるには命を掛けて鍛えるのが一番の近道なのよぉ」


「今日だけで自分、何回死にかけましたかね.......」


「んー、三十回くらい?」


「リアルな数字が怖いっ!!」


 あと、運ばれてくるおすすめ料理が豚ばかりなのは何かの嫌がらせでしょうか。


「それにしてもあのオークたち、なんであんな集団で移動してたんでしょうね」


「たぶん~、略奪の為じゃないかな?」


「そうでしょうか、それにしては数が多すぎたような.......こう、一族総出で大移動、みたいな感じでしたけど」


「おっ、いい線突くねぇ。ちょっと惜しいかも?」


 む、どうやらこれは雑談に見せかけた講義という感じでしょうか。ならばもう少し真剣に考えましょう。


「.......あの中には子供がいなかった」

「そうだねぇ」


「みんな雄でした」

「そうだねぇ~」


「.......戦えないものは何処かで隠れて、略奪による食糧の調達?」

「その意味するところはぁ?」


「.....................住処を追われた?」


 途端、ルルエさんは持っていた杯を煽り飲み干すと、ダンと卓に叩き込みました。


「ぴんぽーーーん! よく出来ました!」


「わーーい! .......ルルエさんは初めからわかってたんですか?」


「うん」


「オークたちは、つまり困ってたんですよね」


 そう言うと、ルルエさんはすこし真剣な顔持ちになりました。


「グレイくん。勘違いしちゃいけないけど、アレらが村や街を襲っていたのは事実なの」


 その空気に飲まれ、自分は黙りました。


「たとえそれが住処を追われた結果であっても、略奪は正当化されない。そこを履き違えない判断力と優しさを持って欲しいと、お姉さんは思っているわぁ」


 ルルエさんの言う通り、略奪するということは少なからず人間の犠牲者がいるということです。


「棲み分け、縄張りというものは生き物にとって重要なことなの。奪えると分かれば、とことんまで奪う。それは獣も魔物も、そして人間も変わりないわぁ」


 人間.......人間で言えば、これは侵略行為と位置づけられるでしょうか。つまりは、戦争。


「だから生き物は必死に自分の縄張りを守る。今回あなたがしたことは、人間の縄張りを守ったということ。たくさんの命を奪ったとグレイくんは自分を責めようとするかもしれないけど、それは生きるものにとって当たり前の、この世の理のようなものなのよぉ」


 その言葉で、果たして自分は納得できるでしょうか.......。


「私が言いたいのはねぇ? 命を奪うことが当たり前と思っちゃダメ、だけど奪うことも時には必要ってことよぉ。それを忘れずに心に留めてくれれば、お姉さんは満足よぉ」


「.....................はい」


 つい先日の魔王の事も思い返し、その一言しか自分には言えませんでした。


「あの、今更なんですが.......ルルエさんはなぜ自分とパーティを組もうとおもったんですか? ルルエさん程の実力者なら、どんなところからも引く手数多ですよね」


「それは昨日言ったでしょぉ、あなたの事が気に入ったのよぉ」


「その理由が知りたいんです」


 ルルエさんはすこし沈黙を置くと、ニッコリと笑いました。


「鋭い子よねぇ、頭いい子って好きよぉ」


「はぐらかさないでください」


「ちゃんと話すわよぉ。私ね、色んな勇者のパーティにいたことがあるの。それこそ数え切れないほど」


 それを聞き、流石に自分も驚きを隠せません。


「でもねぇ、勇者ってばどいつもこいつもクズばっっっっかりなのよ!」


 ぐいと顔を寄せてきます。近いです!


「いい加減そういう奴らを相手にするのに嫌気が差してプラプラしてたらねぇ、哀しそうにお酒を飲む弱っちそうな勇者を見つけちゃったの」


 それは、自分? .......弱っちそうって。


「話をしてみれば、もう、これだぁ! って閃いちゃったの! マトモな勇者がいないなら、私が育てればいいじゃないって」


「あ~、なるほど.......でも自分がルルエさんの期待通りに育つでしょうか.......自分、弱っちいですから」


 最後だけ少し語気を強めにして、ふと自分の大人気なさに恥ずかしくなりました。


「んふふ~もちろんムキムキに育てるわよぉ! それにね、あなたを気に入ったって言葉に嘘はないし、たとえグレイくんが勇者でなくとも遅かれ早かれパーティを組んでたと思うわぁ」


「.......どうしてですか?」


「だってあなた、私の好みだものぉ」


「ブッ、ゲホッ」


 言われて、思わず口にしていたエールを吹き出してしまいます。


「だからこれからもぉ、仲良くしてね? 私の勇者さま」


「~~~~~は、はい」


 恥ずかしくて、ルルエさんの顔を直視できません。その日出された豚料理は、色んな意味で味が分かりませんでした。


 明けて、翌日のことです。


 夜明けと共に目が覚めて、自分は昨日の戦闘の感覚がなくならないようにと、部屋でひたすらダガーの素振りをしていました。


 すると、控えめな音で部屋の戸がコンコンとノックされました。多分ルルエさんならもっと豪快なノックをすると思うので、一体誰だろうと不振に思いながら返事をしました。


「はい、どなたでしょうか」


「失礼致します。私、当宿屋の店主にございます」


 店主さん? 素振りの音がうるさかっただろうかと思い、ダガーを鞘に収めて扉を開けます。


「おはようございます。すみません、素振りの音がうるさかったでしょうか」


「素振り? いえ違います、実はお客様を訪ねていらした方がおりまして、そのご報告に参りました」


 はて、この街どころかこの周辺に自分の知り合いなどいなかったはずですが。


「わかりました、下に行けば良いでしょうか」


「はい、準備はごゆっくりで構わないとのことです。お連れ様もお呼びになられていらっしゃいますので」


 ルルエさんも? ますます分からないと思いながらも、店主さんが引っ込むとすぐに荷物をまとめます。


 宿の階段を降りるとそこにはもうルルエさんがいて、その隣には見慣れぬ初老の男性が腰低げにペコペコとしていました。


「おはようございます、ルルエさん。お客様というのはこちらの方ですか?」


「おはよぉグレイくん。この方ねぇ、この街の偉い人なんですってぇ」

 言われて男性に向かい合い、挨拶を交わします。


「おはようございます。私、このトゥーリの街の責任者を務めていますアーバンと申します」


「は、初めまして。グレイ・オルサムです。それで、責任者の方がどうなさったんですか?」


「はい、この街を代表して、お礼を申し上げに参りました」


 お礼? よく分からなくてルルエさんを見遣りますが、彼女はニコニコとしてなにも喋る気は無さそうです。


「お礼、とはなんの件でしょうか? これといって覚えがないのですが」


「昨日のオーク退治でございます! あなた方がいらっしゃるのがあと半日でも遅ければ、この街は隣街同様に略奪にあい大きな被害を受けていたでしょう」


 おお、なるほど。自分の中では最早あれはクエストや人助けではなくルルエさんのスパルタ教育という位置づけだったのでピンときませんでした。


「いえ。あれは依頼を受けての仕事でしたので、お礼を言われることでも」


「とんでもございません! あのような数のオークをたったおひとりで蹴散らすなど、正にあなたは勇者様、英雄でございます!」


 おもむろに手を握られ、ブンブンとその喜びを伝えられてしまいます。


「本日は街を救って下さった勇者様を讃え、街総出での宴を開く予定です。勇者様方には是非とも主賓として参加して頂きたく、こうしてお願いに参った次第でございます!」


 それはなんとも御大層な.......え、これ行かなきゃダメなやつですか?


「お酒はぁ。あるのかしらぁ?」


「勿論でございます、蔵から最高のものを用意させております。さ、是非とも!」


「じゃあ行かない訳にはいかないわねぇ~」

 酒に釣られた!!


「ささ、すでに主賓の会場は出来上がってございますので!」


 言うが早いか、引きずられるように(自分はルルエさんに引きずられています)宿屋を後にして外へ出ました。


 すると、街の様相は昨日とは一変していました。華やかに飾りが設けられ、露天で即席の屋台が通りに立ち並んでいます。


 子供たちが走り回ってはしゃぎ、大人もみんな笑顔で語り合っています。昨日来た街と同じとは思えない賑わいぶりです。


 ギルドで死にそうな顔をしていた冒険者の男たちは、今は杯を片手にどんちゃん騒ぎです。働けおまえら。


 アーバンさんに連れられ道を歩いていると、そこかしこから声をかけられ、握手や賛辞の言葉を貰います。


 主賓席とやらにつくころには、日がてっぺんに至ろうかという頃合いでした。


「申し訳ありません、みな勇者様にお礼を申し上げたくて堪らなかったのです」


「気にしていませんよ。むしろこんなにお礼を言われるなんて初めてなので畏まってしまいます」


 するとアーバンさんは大袈裟な素振りで感動に打ち震えていました。


「なんと謙虚な.......これが、これが勇者様! 貴方こそ勇者と呼ばれるに相応しい方です!」


 ちょっとホントに大袈裟過ぎませんかねぇ!?


「この街にも以前、何人かの勇者様が尋ねられたことがありました。しかしギルドでその内容を聞くや、その程度自分たちでどうにかしろと申されて、どの方も踵を返して出ていってしまいました.......」


 アーバンさんのその言葉に、じわりと怒りが滲んだ。その程度? あんなにみんな困っていたのに、その程度!?


「最近の勇者なんてどいつもこいつもクソだものねぇ~。その点、彼は違うわぁ。困っている人を見捨てられない本物の勇者様なのよぉ?」


「「「おおおおおーーーー!!!!」」」


 ルルエさんが街のひとたちの変なスイッチを押してしまい、盛り上がりは頂点に達してしまいました.......。


「自分が.......本物の勇者、ですか」


「そう、あなたは本物。今は底辺かもしれない、オークの二百も一息で倒せない、弱っちい勇者。でも、ニセモノでなく本物の勇者様よぉ」


 ルルエさんの笑顔は、いつも自分の胸に刺さります。まるで暖かな日差しのように。


 その日は街に火が点かんばかりの盛り上がりでした。いえ実際ボヤ騒ぎもありましたが、大事にはならなかったらしいです。


 命を奪い、命を救う。それは今でも自分の中で棘のように刺さっていますが、でも今日この光景を見て、救えてよかったと、自分は思うのです。


 余談ですが、この日の主菜は豚料理でした.......。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る