遊園地 10

その中でハクだけがお腹を空かせて他人のテーブルに乗ってある唐揚げを物欲しそうにしていた。

「ほら、あの人!」

沈黙を破ったのは3人の誰でもなく、ミニスカートの制服とお揃いのブレスレットをつけた2人組の女子高生だった。1人は背が高く、1人は背が低い。

「パレードのダンサーですよね」

興奮で煌めいた瞳と言葉はカンダタに向けられたものだった。

あたしと光弥は想定外の声かけにカンダタを見つめる。3人と1体の中で最も困惑していたのはカンダタだった。

彼はパレードのダンサーではない。それを「いいえ」と言えればいいのにカンダタはパレード・ダンサーの意味が理解できていなかった。

その上、今は透明人間ではないという事実を度々忘れるカンダタはすっかり狼狽していた。

「撮ってもいいですか?」

その有無も聞かないで女子高生はカンダタの両腕に絡んでくる。

抵抗する間もなく、カンダタは2人の女子高生に挟まれた。背が高い女子がカメラのフラッシュを焚く。強い光の瞬きに目を瞑った。

「やだあ、お兄さん目瞑ってる」

「ウケる。じゃあもう一回ね」

「いや、俺は」

やっと抵抗しようとするも強くは言えない。そしてまた女子高生の腕を絡められると苦手なフラッシュを焚かれる。

カンダタがフラッシュに慣れるまで時間がかかりそうね。

目の前の唐揚げが食べられずにいるハクは腹を曲げてあたしの背後で低い唸り声を出す。

「帰ったら作るわよ。唐揚げ」

 「ギィイ、ギャッ」

ハクは不服そうにひと声鳴いた。

「というか、なんであいつ絡まれてんだよ」

光弥が素朴な疑問を投げかける。

「あたしが知るはずないでしょ」

彼女たちはパレードのダンサーと言っていたわね。カンダタに似た格好の人たちが踊っているのかしら。

あたしはキャッスルタウンと呼ばれるエリアを見渡す。カラフルなシンボルとなる白い城。ディズニーランドを連想させる外装なのに食器やメニューは和食そのもの。

キャストも創作和服だった。ダンサーと呼ばれたのはきっと西洋風というよりは和風に近いのかしらね。

ようやくカンダタが解放されて、2人の女子高生は撮った写真を確認する。

たった数分の間なのにカンダタはやつれたように見える。赤い瞳の奥に焼きついたラッシュの残光を取り除こうとして何度も瞬きをする。

「うら若き女子高生に挟まれてさぞ幸せでしょうね」

「揶揄うな」

悪戯っぽく笑うあたしにカンダタは眉を顰めて、つけ加える。

「それに若くないぞ」

その一言はあたしに疑問を投じた。

カンダタは2人の女子高生に向き直る。彼女たちは撮ったばかりの写真を見返しておかしく笑い合っている。

「君たちの歳はいくつだ?」

脈絡のない質問に2人はカンダタを見つめる。

「さんじゅう」

返事を返したのは背が高いほうの女子だった。無意識に答えたものに矛盾が生じる。思考は停止して答えは中途半端に途切れた。

あたしは2人を観察する。身形からして10代の盛んな高校生に見えていたけれど、幼い顔つきをしていない。恋愛と仕事を繰り返し、内面を鍛えた精神的な強さが大人びた顔に表れている。

カンダタの言う通り、彼女たちは女子高生ではなかった。

「タカコ何言ってんの!17歳でしょう!」

いつもの冗談だと思った背の低い女子はタカコと呼ばれた友人を肘で小突く。それでも、タカコは呆然としたままだった。

矛盾はすでに目覚めた。現実を忘れ、楽しい夢の中にいられなくなった。

「でも、この前、彼が私の、31歳の誕生日を祝って」

タカコは目の前に広がる夢の楽園と目覚めた矛盾を提示する。

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