夏と夢と信仰と補習 15

 カンダタさんに対して恐れが拭えたわけではない。けど、助けた恩を仇で返してはいけない。

 胸が締め付けられる。きっと良心が痛んでいるんだ。

 「早くお風呂に入りなさい」

 下から母の急かす声がして私は慌てて一階に降りる。

「清音、クマできたんじゃない?寝れているの?」

お母さんが私の顔色を見て心配そうにしている。

「昨日、夜更かししちゃって」

昨夜はうまく寝れなかった。一昨日もそうだった。夏休みだからと浮かれていたわけではなく、ベッドで横になっても眠れなかったのだ。

両親や先生に相談できない出来事が過度なストレスになっていた。だからといって何も知らなかった平穏には戻れない。

お母さんをうまく誤魔化して、お風呂に入る。早めに上がると夏休みの課題を取り組もうと自室に籠った。

ペンを握る手は進まなかった。

私が思い描いていた高校の夏休みとは違うな。

課題と向き合いながら溜息を落とす。

明確な理想があったわけじゃない。でもいじめに遭ったり、生死を分けるような事件に巻き込まれたり、教団に勧誘されたり、こんなものが悩みの種になるとは思ってもみなかった。

いじめ問題がなかったから、事件に巻き込まれなかったら、友達と夏休みの予定を組んだり恋人ができたりしたのかな。

一旦、ペンを置く。時計を見てみるとすでに24時を過ぎていた。今日も眠れそうにない。

首に痒みを覚え手を裏側に回す。蚊に刺されたようだ。

眠れない夜はケイが気を配って私の足元にすり寄ってきたりもするけれど、優しい黒猫は今夜いない。

時折、外に出ては蝶男の手掛かりを探ったり、瑠璃の所に行っては異変はないかと見回っているらしい。

24時になっても窓を叩いてこないから今晩は帰らないつもりなのかな。

眠れない夜に1人でいるのは心細いな。

私は机の引き出しを開ける。中には夢楽土会から貰った黒と紫のサプリメントがある。

勧誘してきた人は快眠効果があると話していた。

私はサプリへと手を伸ばしていた。



服用したら駄目、と何度も言い聞かせた。それとは裏腹に脳は指令を出して、身体が勝手に動く。眠れない夜の静寂がそうさせたのかもしれない。

台所からコップ一杯の水を持ってきて、カプセル剤と一緒に胃の中に流し入れた。

中途半端になった課題をそのままにして、机を照らすライトを消すのも億劫で、気怠くなった私はベッドに寝そべり目を瞑る。

輪郭さも曖昧になる暗闇。感覚に届いたのは楽しげなラッパ音、そして光。

聞いているだけでも軽快な気分になってくる。音楽に惹かれて、私は光に意識を向けた。途端に暗闇を差す光が強くなって音楽がより近くに聞こえる。

私は目を開けた。

「ようこそ!お越し下さいました!」

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