時計草 5

結局、放送室に手がかりと言えるものはなかった。悪趣味な死体を見せられただけで、無駄に精神を削られた気分になりながら2人は廊下を歩く。

今も清音の顔が頭から離れない。ケイに隠れるように身を寄せて視界にすら入れようとしていなかった。

「よく俺と一緒にいられるな」

瑠璃と共に行動していると一般的な反応というものが学べない。瑠璃は何食わぬ顔で小言を言っているが、本来ならば清音の態度が正常なのだ。

「カンダタの正体はどうでもいいもの。怪物になった時は逃げればいいだけ」

彼女らしい回答だ。それが瑠璃という人間性を作り出しているものなら、1つだけ聞きたいことがある。

「昨日もそうすればよかったのに、わざわざ助けたのはなぜだ?」

「言っていない文句があるから」

そう言いながら上着の隠しから黒糖の饅頭を差し出す。数日前、瑠璃が与えたものと同じ商品だ。

「これの感想まだ聞いていないの」

何を言い出すのかと思えば、饅頭の感想。そんなもの求めていたのか。

「美味しいと返したはずだが」

「あたしが聞きたいのは本心よ」

瑠璃の青い瞳が確信を持って言い放つ。

「食に関してはうるさいのよ。味の感想を誤魔化されるのはあたしのプライドが許さない。だから、味がわからないくせに美味しいだなんて言われたくないの。わからないならわからないってはっきり言って。それもできないの?」

カンダタが味覚を失っていると見透かしていた。

食にうるさいと言っていたが、それだけのために嫌いな雨に打たれ、命を張って校庭に飛び出したのだ。勇敢なのか無謀なのか、カンダタは呆れては求められた文句を返す。

「なら、言わせてもらうが、字が読めないと馬鹿にしていただろう」

饅頭を指差す。包装ビニールには「激辛饅頭 唐辛子入り」と書かれている。

「意外と悪戯好きなんだな」

瑠璃は驚き、目を丸くするもすぐに冷めた顔に戻る。

「ほんとつまらない。わかっていて美味しいだなんて」

「望み通りの反応するのが癪だったんで」

カンダタは激辛饅頭を受け取り、透明な包みを入れ口に入れる。辛いもまずいもない。そこにある。その感触だけが伝わる。

名簿は触れられないのにこの激辛饅頭は持てた。

白糸は境界線を越える。光弥が言っていたのはこういうことなのだろう。死んだカンダタと生の世界。この2つを結んでいるのが瑠璃なのだ。カンダタが黒い泥にならず、ハザマに流れないのも彼女がこの世界に繋ぎ止めているからだ。

カンダタと瑠璃に結ばれた糸。それがカンダタを証明している。

たった1本の糸だ。触れれば痛く、話せば嫌味と皮肉ばかりの糸だ。彼女の気まぐれで切られてしまうかもしれない。そんなものにぶら下がっている。

不安定で細い。だが、確かな輪郭を持っている。生前の記憶よりも広がる虚無よりもしっかりと強く掴めるものだ。

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