蜘蛛の脚 16
そうした態度が彼女にとって「怒っている」と捉えたようで眉を垂らして俯く。
「赤は、不釣り合いだ」
誤解を解くには素直に思ったことを言うべきだと判断した。多少なりの勇気が必要だが、誤解されて哀愁されては困る。
「君の、色だから」
言ってから後悔する。これもまた誤解を招く言い方だ。なんてことを口走ったのか。
撤回しようとすると、彼女の手が伸びてきて頬を撫でる。頭が真っ白。まさにその状態だった。言葉が出ない。
「不釣り合いはどこから出てきたの?」
質問された。何て答えるべきか。そもそも彼女からしてればなんと聞こえたのだろう。
彼女の親指が下瞼の縁をなぞる。それが赤い瞳を見られているのだと悟った。手をどかして顔を逸らす。
「私が怖いから逸らすの?」
「違う」
咄嗟に出た言葉。これが惑わす術だと知っているのに心が追いつかない。しかし、彼女に恐怖心はない。それは本心だ。
「ただ、ちょっと、なんというか」
不信と警戒を訴える理性とそれらに対立する心。ごまかすのも困難だった。
「私はね、赤が好きなの」
混乱する頭を彼女の声が整える。その笑みは春の暖かさがある。
「だからね、綺麗な目だなって思っていたの。髪紐の色、赤にしてよかった。とっても似合ってる」
「ずいぶんと自信家なんだな」
警戒と不信を取り除かれて、出たのは素直な本心。これも術の1つなら彼女は恐ろしい妖女だ。だが、不思議とそれでも構わないと思えた。
「あら、自分の好きな色言っただけよ」
顔・目を逸らすのをやめた。真っ直ぐ赤い目で彼女を見つめる。
「髪紐、ありがとう。
ああ、そうだ。紅柘榴。べに。彼女の名前、濡鴉色の髪、吸い込まれる瞳、色白の肌、無邪気に弾む声、春の笑顔、思い出。
紅柘榴と出会った日、髪紐を貰った日、全てを奪われたあの日。彼女はどこにいる?
そんなものを考えなくてもわかる。もう、時代が違うのだ。カンダタが生き、紅柘榴がいたあの頃ではない。もう、どこにもいない。
雨が降る外。カンダタには雨の寒さは伝わらない。だが、身体を包む静寂は凍えさせるのに充分だった。
「くそっ!くそっ!あの男だ!あいつのせいで!べにっ!べに、会いたい」
「静かにしてくれない?1時過ぎてるのよ。日をまたいでいるの。吠えて喚くなら海にでも行って」
声を荒らげていると瑠璃がバルコニーの戸を開けてカンダタを睨んでいた。
マンションのバルコニーで寝かされていた。大方、瑠璃がそこに置いたと予想ができる。
「お目覚めかい?いやあ、災難だったね」
瑠璃の後からひょっこりと顔を出したのは光弥だった。こいつの登場は予想できなかった。
「てめぇ !なんでここに!」
質問、というよりは怒り任せの怒声。こめかみの痛みが蘇り、カンダタは光弥に詰め寄る。光弥もカンダタから逃げるようにして部屋の中へと戻る。
「待って待って。俺は瑠璃と同盟を結んだのさ。だから、殴るのはなしだ。な?」
「あたしのやり取りとカンダタが怒るのは関係ないわよ。あんたが何発殴られても気にならない」
「瑠璃はそうだろうな」
カンダタの低い声が瑠璃に向かう。怒りは光弥だけでなく瑠璃にも原因があった。
気絶する寸前の記憶、瑠璃はバケツで何度も殴ってきた。その光景が鮮明に蘇る。
「正当防衛よ。現代社会ではこれが成り立つからついでに八つ当たりしてもいいの」
「それはさすがに」
「光弥は黙ってなさい」
殴られるのを恐れていた光弥はそれ以上口は挟まず、一歩、身を退く。
「水をかけて、3発も殴って八つ当たりですと堂々と言えるお前にはいつも感服されるな!てめぇ の立派な肝っ玉を潰してやってもいいんだぞ!」
「言っておくけれど」
荒くなるカンダタの口調を更に強い声で瑠璃が制する。
「八つ当たりならお互い様。そうでしょう。だってあたしはあんたから物を奪っていないし、べにとやらの場所も知らない。あんたは怒り任せで周りに危害を加えたいだけ」
「少しは俺もかまって欲しいな」
堪えきれずに光弥が呟き、カンダタと瑠璃は光弥を睨む。
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