蜘蛛の脚 8
下駄箱の蓋を開けてみるとあたしのローファーの上に1冊の手帳があった。生徒手帳ね。
落とした記憶がないわね。気付かずに落とした手帳を誰かが拾ったのかしら。
手帳に書かれていたのは1年C組
拾い物を届けるのはご立派だけれど、間違わないでほしいわね。後で教師に渡そう。
制服のポケットにしまおうとして思いとどまる。学年と顔写真に違和感があった。
あたしは生徒手帳をもう一度確認する。1年C組 佐矢 蛍。制服のリボンは緑。
「どうした?」
光弥が問い掛ける。あたしは様々な事象を思い出させて思考していた。バラバラだった点と点が線で結ばれて辻褄が合っていく。
「何でもないわ」
知らない人の生徒手帳ポケットに入れて校庭と急いだ。
月が明るく夜を照らし、雲のない雨があたしを濡らす。
「最悪」
嫌いな雨に晒されて気分は更に悪くなる。今夜はとんでもなく厄日ね。授業が終わった時はミルフィーユで心を躍らせていたのに。
校庭の様子を伺おうと私たちは東棟の壁を死角にして身を潜める。 途端に複数人の叫び声が重なり聞こえた。
私と光弥は反射的に動いて、背を壁に合わせてなるべく風景と同化するよう心掛ける。
あの声はカンダタのものじゃなかった。なら、演劇部員のものでしょうね。まだ10分経っていないのに。
そうか、これは演劇部員が 対象の復讐だからあたしたちが揃わなくてもいいんだわ。
壁から顔を覗かせると、蝶男たちに見つけられない為にすぐに戻す。
「様子は?」
後ろにいる光弥が聞いてくる。
校庭にいたのはなぜか縛られている演劇部員。指揮台に腰掛ける蝶男。そして、すみれを襲うカンダタ。
この状況を手短に説明する。
「なんで彼女が襲われているんだよ。鬼ごっこの主催者だろ」
「別にいるのよ。その人が1番恨んでいるのが桜尾 すみれなんでしょうね」
あたしが推測できる真実はそこまでだった。ゆっくりと思い返すれば手がかりはいくつもあるだろうけれど今はそれどころじゃない。
「行くわよ」
適当に切ってきた蔦を差し出して手を背中に回す。そして、カッターは袖の中に隠した。光弥は蔦を受け取ってあたしの手首を軽く縛る。何かあったときの為、すぐに解けるように、彼なりの配慮だった。
縛りを終えると光弥が背中を押してきたのでそれに合わせて歩き出す。
しかめっ面で行くべきかしら。あ、でも、常にそういう顔だから意味がないわね。
あたしはいつも通りの顔で校庭へと歩いていく。そうして、蝶男が視界に入ってくる。
彼はこちらを向いて微笑むと身体が無数の黒蝶となって散り散りに消える。それは手品や幻でもなく、人の形をしていたものが蝶の群になってしまった。
黒い群は指揮台からあたしたちの前まで来ると 集合体となって固まる。それらは人の形に戻っていき、蝶男が苛立ちげな笑みを崩さずに現れる。
「どうだい?驚いたかな?」
「一発芸としてはね。観客はすぐに飽きるわよ」
正直に言うと驚愕はした。それを表に出すのは蝶男を褒めているような気になってしまう。
「そうか。では芸の数を増やしておこう。とびっきりびっくりしてしまいそうなものをね」
「自分が求められるほど芸達者だと勘違いしないようにね」
「説明は不要かな」
拘束しているフリをする光弥が割って入ってくる。
ここに来るまでに嘘の台詞を考えていた。けれど、蝶男は何も聞いてこない。疑っている様子すらない。
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