魂のプログラム 24

 「理解できないね」

 声はまだ響く。

 「世界線も越えてしまう鋏があるなら現世にでも帰ればよかったんだ。わざわざあれを拾いに来るなんてさ。自分より不幸な人を見て楽しむため?それとも惚れた?」

 苛立たせる口調はあたしを怒らそうとしていた。その見え透いた光弥の思惑通りにはならないとあたしは無視して進む。

 「地獄で口説かれた?」

 そんなんじゃない。

 「同情?憐れみ?」

 それも、違う。

 「人の不幸に味を覚えた?」

 あたしはあんたたちじゃない。

 「愛情ってやつを作ったのかい?」

 それは有り得ない。

 「友情、愛情は君には無縁だろう?」

 えぇ、そうね。

 「君らしくないよ」

 確かに。あたしが誰かを助けようだなんて今までなかった。

 何も答えようともせずにただ歩くあたしに光弥は諦めたような溜め息を残して黙ってしまう。すると、回廊の壁にドアがあった。いくつも並んでいる。

誰かを探すあたしはいくつかある一つを開く。中には担任の坂本が冷たいコンクリートの中であたしを待っていた。坂本が言う。

 「お前は協調を学ぶべきだ」

 言い返そうとして、つい口が開く。でも、喋らなかった。

 これも、光弥の仕業ね。あたしは応えてやらないわよ。

 「お前の家庭環境には同情する。でも、高校生になったらそれは言い訳にできない」

 前に聞いた台詞。あたしの記憶をリピートされているような感覚。

 聞く耳すら持てないわね。これはあたしが探しているものじゃない。

 ドアを閉めようしたタイミングで坂本に変化が起きた。人の形をしていた坂本が大きく変形していった。

 肌は黒くなり、鼻と口は伸びていく。体格も2mぐらいまで巨体になったその姿は鬼そのものだった。

 変貌した担任から逃げる為、あたしはドアを閉めて走り出した。けれど、鬼はそのドアを破って壊し、逃げ走るあたしを追い駆ける。

 「卑怯者!」

 鬼の声は坂本ではなく、清音の声だった。坂本が清音になったのか、鬼が清音になったのか、それとも声だけが変わったのか。

 あたしは振り向けないまま、鬼の正体も確認できない。

 「あんたが身代わりになればよかったのよ!」

 泣き叫ぶような罵倒だった。助けを求めて叫ぶ声だった。

 わかっていた。あの時、あたしに助けを求めていたと。知っていたのにあたしはそれに背を向けた。あたしには関係ないと、他人事には巻き込むなと。

 後悔していないのに、あたしに後悔を押し付けるように迫ってくる。

 「卑怯者!卑怯者!」

 「頭おかしい!」

 「嘘つきめ!」

 罵倒は清音だけじゃなかった。鬼の口から複数人の声が重なって響く。それはあたしが生きていた中で言われた言葉だった。

 「なんなのよ!」

ハクもいない、カンダタもいない。一番弱いあたしが一人。追い詰められて、叫んだ。

鬼は同じ言葉を繰り返す。あたしは鬼から逃げ、言葉から逃げた。

これは光弥の罠なんだ。反応するな。脚を止めるな。ただひたすらに走れ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る