魂のプログラム 12

呪われた言葉や罵倒をぶつけてやりたい衝動に駆られた。その強い衝動が喉にまで来て、つっかえた。今は取り乱す時ではない。わずかな理性がカンダタを止める。

「彼女には、それを伝えているのか」

無関心にも似た平然さを演じる。

「伝えるわけないだろ。糸も鋏もあるから簡単に逃げられるよ。あれには家に帰すって言っている。いちいち嘘を言わないといけないんだから感情ってやつは面倒だよね」

やはり、瑠璃は知らない。むしろ、家に帰れると安堵しているはずだ。

いや、彼女は安堵するだろうか。どうにも、瑠璃が安らかな顔で帰路を楽しむ。そんな人が持つ当たり前の姿を想像できなかった。

彼女が騙されているのには変わりないのだから笑っていようが困っていようがカンダタの心は決まっていた。

「今は離れで休んでいるよ」

光弥がおしゃべりでよかった。聞いたわけでもないのに、カンダタが欲しがる情報を長たらしく自慢げに話す。ここが大池の上に建つ宮であり、カンダタが閉じ込められている牢は地下であること。まだ、情報を聞き出せないかとあれこれ聞いてみるもこの2つ以外は大した情報は手に入らなかった。

「時間をとられたな。そろそろ戻らないとヤバい」

喋るだけ喋った光弥は満足したように伸びをする。

結局、彼は何がしたかったのだろう。ただのおしゃべりがこいつの目的ではないだろう。

「なぁ、処分するつもりなら、わざわざ説明する必要もないだろ。なんで来た?」

その場から去ろうとしていた光弥は好奇心で満ちた瞳を光らせて、振り返った。その輝きは丁度いい虫を見つけた子供の不快な笑みだった。

「あんたにさ、興味あったんだ。親父はなぜかあんたを恐れている。糸と鋏よりもね。なのに、あんたと話しても一般的な囚人でさ。もしかしたら、隠された本性があるのかもな。なぁ、あんた本当に人間?」

当然だ。そう言い放ちたかった。なぜだろうか。胸が締め付けられて胃が捩じれるような、物体のない痛みに襲われる。カンダタは嫌な冷や汗を垂らすだけで何も言えずにいた。

なんだ、この動揺は。何に怯えている?

長い、明るい回廊が記憶の一片として脳裏に流れる。回廊の真ん中に瑠璃が立っている。カンダタはそれを食物だと思っていた。口内で涎が分泌されるのを感じた。

これはきっと白昼夢だ。しかも悪夢。食欲が生者のものならば、カンダタにはない欲だ。

「まぁ、いいさ。あんたについては別の方法で探るよ」

光弥は面白そうにカンダタを眺めて去って行く。

物体のない痛みと正体不明の怯えに襲われながらカンダタは牢の中で小さく震える。金の蓮はまだカンダタを笑っていた。

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