魂のプログラム 11

 「まぁ、ショックは大きいよな。でも、平気さ。すぐに処分するから」

 「処分?」

 光弥が発する単語はどれも不快なものばかりだ。ただ、それだけは特に不吉に聞こえた。

 「わかりやすく言うとな、魂を輪廻に流さずに基板、魂の核の部分なんだけどな、そこを砕いて魂そのものを分解するんだ。あんたが受けたショックもなくなるわけさ」

 「お前らは何様だ。他人の頭をいじって地獄に落として。まるで子供遊びだ」

覇気を失くしたカンダタは枯れた草木の声をしていた。弱くて細い声しかでなくても、目の前の理不尽を受け入れそうになったとしても、言わずにはいられなかった。

 「仏様だよ。人間は塊人をそう呼んでるぜ」

 なるほど。どこかの坊主の言っていた通りだ。信じる者は救われる。悪人は人ではなくなる。仏の玩具というわけだ。

 怒りも涙も出ないのはそれすらも忘れてしまったからなのか。それとも怒りや涙も頭をいじられて失くしたのか。




座敷牢の中を一人で過ごしていると光弥の言葉が反復される。全ては妄想。待ち人は存在しなかった。しかも、知らないうちに人格操作もさている。

「俺自身さえも、幻なのかもしれないな」

心臓は脈を打っているのに大きな空洞が全身に広がり、暗い茫漠によって心動が伝わらない。死人に口はない、心臓は動かない、痛みも悲しみも喜びもない。これらは生者のものだ。カンダタのものは死んでしまった時、身体に置いてきた。地獄に落ちてから、自分のものはなかった。あの痛みも悔しさも彼女の夢も作られたもの。カンダタに残っているのは空洞だけだった。

黄金の蓮がカンダタを嘲笑う。その笑みが優雅で美しいものだから低俗な男は反論の余地もなく、花の嘲笑を受け入れた。目を逸らせばいいものを、その高嶺の花をただ拝む。

縋っていたものはなかった。どの感情も満たされない。何もない空虚を知るぐらいならこんな所に来るべきではなかった。

光弥に従って脳みそを渡してしまおうか。それで歩み続けた事実も縋っていた思いも全てを消してしまおうか。

だが、その前にやらなければならいことがある。もう一度、光弥とのやり取りを思い出す。



「瑠璃はどうなるんだ」

どうせなくなる魂だが、彼女のその後を知っておきたかった。別れの言葉も礼も言えなかった。それも消えてしまう報われない心残りだ。だからこそ、せめて瑠璃のその後を知っておきたい。

「あれならうちで保管だって決まったよ」

彼の言動は人を人として扱っていない。光弥の「保管」というのは、馬糞を投げつけられたような、そんな不快な言葉だった。

「保護の間違い、だろ」

彼の良心に問いかける。「保管」ではなく、「保護」に無駄な期待を寄せる。しかし、光弥は怪訝な顔で言うのだ。

「保護は外敵から守るって意味だぜ。俺はな、あれを瓶に入れて倉庫にしまうって言ったんだよ。これが保管。わかる?」

小さな子供や時代遅れの男にもわかりやすく、寛容的な口調。見当違いも甚だしい。カンダタが問いたいのは始まりと終わりの工程ではない。光弥にとって、カンダタたちは虫と同等なのだろう。脚を千切り、羽をもいで楽しんでいるのだ。

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