魂のプログラム 2
これで安心してほしい、なんて。しっかり身なりを整えてから言って欲しい。それに顔、嘘くさい笑顔は好意的にはなれないわね。
「いろいろ聞きたいだろうけど、まずは食事にしようか」
「あんたと食事なんかしないわ。空腹じゃないし」
「いいや。君は飢えている。なにしろあそこに3日もいたんだからね。飲まず食わずの状態のままね」
「まさか」
にわかには信じられない。だって、まだ一日も経っていないじゃない。
地獄には太陽も時計もなかったから体感と時間の間にずれがあってもおかしくない。だからといって3日もずれは生まれるもの?3日も飲み食いしていなかったら走れないだろうし、飢えで苦しむはずだわ。
「まずは食事を。大丈夫、毒は入れていないよ」
光弥はあたしを食事の間へと案内する。
テーブルに並べられたのは白米、味噌汁、焼き魚、お漬物といったシンプルな品々だった。なのに、それらが芳ばしく誘惑して抗う暇もなく箸をとった。
彼の言う通り、あたしは空腹状態だった。
白米は今までにない旨みを含んで、味噌汁はかつお出汁と味噌の黄金比率をあたしの舌で語っている。塩で味付けされた焼き魚は、塩だけなのに、いや塩だけだからこそ、魚の旨みを生かす。
白菜の漬物もグレープフルーツも、食卓にあったものは簡素で一般的なものなのに、こんなにおいしく味わえたのはあたしの空腹にあった。
一口食べれば胃袋は久しぶりの固形物に歓喜して、もっとくれもっとくれと叫んで止まない。
あたしは手を止められず、時には噛むのも忘れて飲み込むように米、味噌汁、魚、野菜と口を休ませずに次々と入れる。
ここまで空腹になっておきながら飢えていたのにも気付かなかったなんて。あたしの体感は狂っていたようね。
「まずは自己紹介からだね。俺は光弥。ハザマと地獄、魂の管理をする者の一人だ。それで、笹塚は」
「苗字はやめて」
食事に夢中になっていても、これだけは許せなかった。
「じゃあ、瑠璃で。呼び捨てでも構わないだろう?」
苗字で呼ばれるのは嫌。だからと言って馴れ馴れしくされるのも不快。そもそも、なんであたしの名前を知っているのよ。
光弥に対する不信を募らせて、味噌汁を飲みながら見定めるように観察する。光弥はこの沈黙を「良し」と捉えた。
「どこから説明しようかな。何から聞きたい?」
「カンダタ、あたしと一緒にいた男がいたでしょ。そいつどうしたの?」
「彼は瑠璃と同じように休ませているよ。まぁ、用事が済めば地獄に帰らせるけど」
「どういうこと?あたしはどうなるわけ?ここはなんなの?」
思わず、食事の手を止めて光弥を問い詰める。光弥は片手を上げて呑気に笑う。まず、落ち着け、と手で合図する。
「一気に質問しないでくれ。そうだな。ここがどこか。そこから話をしようか。さっきも言ったけれど、ここはハザマ。現世と地獄の間にあるからハザマ。俺たちは自分たちのことを塊人(かいびと)って呼んでる。ハザマにいる塊人は魂と地獄の管理をしているんだ。俺たちの仕事は、ハザマに流れてきた魂を地獄か輪廻かで仕分けてるんだ。ほかにもあるんだけれど大まかな説明はこんなもんかな。瑠璃と一緒にいた男は刑期を終えていないから戻すんだ」
「なら、あたしは?」
「瑠璃の場合は、まぁ、なんというか。例外、という、か」
「急に歯切れが悪くなったわね」
饒舌に話していたのに、あたし自身の質問をしたら思考を巡らせて言葉を選んでいるみたいだった。そして魚のように目を泳がせながら口を開く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます