空の穴 18

支障はあるのはむしろあたしで、回復するはずの体力は戻らず、怠さが増して頭痛もひどくなる。呼吸はすでに整っているのに。

この怠さは多分疲労ね。走って殴って投げてを繰り返したから。でも、こんなひどくなるものかしら。とりあえず、これは無視して今はカンダタね。

カンダタはボロ雑巾みたいになっていた。彼がそういう身なりになっていたのはあたしが負わせた傷や白粉も原因の一つだろうけど、大体はハクのせいね。衣服は裂かれたり、糸がほぐれたりしている。傷は打撲と腫れものが目立つわね。だからといって大怪我はなく、ハクの噛み傷も深刻なほど深くはない。

また、襲ってくるのも困るわね。

カンダタの頬や首回り、左側に浮かんだ黒蝶を確認する。

あのゆっくりと羽ばたく黒蝶はどこに飛んで行ったのかしら。綺麗になくなっている。残っているのはあたしたちがつけた傷だけね。

安全と判断すべきなのかしら。気絶しているうちに足を床に縫い付けておこうかしら。

ハクから降りてなんとか2本の脚で立とうとした。あたしの脚はほんの一握りの力さえ残っていないみたいで、底知れない疲労感があたしの全てを支配する。

横暴的な怠さが睡魔に変化して腕で立つのでさえ、困難になっていた。これは益々おかしい。

この疲労感はどこからきたの?そこまで身体を酷使していないのに。

ハクが心配してあたしを起こそうと鼻先で優しくつつく。起きろ起きろとうるさく言ってくる。「ここで意識を失ったらスタート地点に戻ってしまう。せっかく着いたのに」と訴えてくる。

ハク、それはカンダタが勝手に思い込んでいるだけかもしれないじゃない。実際、ここには何もなかったじゃない。うざったい光が降るだけで何があるというのよ。元からおかしいカンダタは更におかしくなるし。地獄に落ちてからろくなことがない。それも、そうね。地獄なんだから。

あぁ、ひどく頭が重たい。もう抗えない。

感覚は遮断寸前で横たわった身体は窓越しの空の穴へと向けられていた。

神とやらがあそこにいるのかしら。確かめる術は思いつかない。もし、いるのならそこに天国があるのなら、一本の糸を垂らしてごらんなさいよ。やったとしてしてもあんたなんか祈ってはやらないけど。

太陽よりも真っ白な穴。その中心をひたすらに眺めているとぽつりと黒い点が浮かぶ。

糸みたいな細さじゃない。虫みたいな黒い点ね。どんどん大きくなる黒い点はこちらへと向かって行き、やがて形がはっきりと映る。

あれは、魚?あぁ、もう。今度は何よ。なんなのよ。こんな急展開は退屈だわ。こっちは眠いのよ。寝てやるわ。奇想天外が起きてもあたしは本能に従うわ。

魚の陰を最後にあたしは瞼を閉じて本当の暗闇へと落ちていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る