空の穴 12
胸騒ぎを手で抑えてカンダタに寄る。
「起きて平気なの?」
様々な不安や恐怖があったけれど話しかける。
「あたしがわざわざここまで来たのに。歩けるならそうしてよ。無駄な労力だったじゃない」
質問をしても嫌味を言ってみてもカンダタは仁王立ちのままで沈黙を守る。
様子がおかしいのはハクが来た時点でわかっていた。ハクはちゃんと言いつけを守っていたし、この怯えよう。そして、石みたいに沈黙するカンダタ。
停止したロボットの印象を受けた。手も足もピタリと止まって首は項垂れて、長い前髪が彼の赤目を隠す。陰った横顔ではその表情は読めない。
「カンダタ?」
名を呼べば何かしらの反応があると思った。
反応はあった。カンダタが正面を向く。隠されていた顔半分があたしに向けられる。その左半分は額から襟の下まで数十羽の黒い蝶の模様があった。カンダタにそんな刺青はなかった。
そもそも、刺青とかそんなものじゃない。蝶の模様が皮膚の上でゆっくりと羽を動かして額や鎖骨、肩へと移動する。浴衣の下まで移動しているようだった。
あたしはカンダタから離れる為、後退りする。
彼の佇まいも謎の模様も不吉でしかなった。度重なる不明瞭な事柄があたしを後ろへと下がらせた。
カンダタの口が開く。と言っても、何も話さない。顎の力がなくなって一筋の粘液が垂れる。肩が大きく伸縮する。呼吸が荒くなっているのかしら。
彼の体に異常が起きているらしいけど唾液ぐらいは拭いてほしいわね。
汚い顔のままカンダタは首を上げて、陰で見えくなっていた赤目があたしを捉える。
異常者の目になっていた。瞳孔も瞼も開いている。血走った眼はあたしに向けられているのにあたしを見ていないような認識ができていないような、そんな矛盾した目線。
飢えて乾燥した唇が大きく黄ばんだ歯から赤黒い歯茎まで晒し、溢れる唾液は滝となって顎から流れる。
獣になっている。人の皮を被る狼。ここは地獄だから鬼として例えるべきからしら。
ともかく、そこに立つカンダタは人の形をしていながらも風貌は人から離れてしまっていた。
「ワイルドになったじゃない。読モには向いてないけど」
そんな茶目っ気、カンダタは具有していないし、今の彼に冗談も嫌味も通じない。
血の沼の臭い、光の拒絶ともいえる体調不良。どちらも鬼あった特徴。それがカンダタにも当てはまる。
カンダタは鬼に近い。
蝶男が言っていた通りかもしれない。カンダタが鬼に近くなっているとしたら飢え続けている鬼だとするなら、目の前の獲物に飛びつく。
カンダタの顎は大きく広がり、犬歯もない歯並びが奥の端まで見える。その飢えた獣が鬼気森然としてあたしに迫ってきた。
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