正常性バイアス -11-

「マジかよ」


 僕はその様子を気にする通行人の一人としてその場に立ち止まり、状況を見た。

 そこにいるのは棗真白に間違いない。そして、彼女は素行の悪そうな男の一人に腕を掴まれ、残りの二人に囲まれている。明らかにトラブル。明らかに棗真白のピンチだ。


「いいじゃん、遊ぼうぜ」

「楽しいからさー」


 少しふらつく足下。手に持っているビールの空き缶。どうやら酔っ払っているらしい。なんで棗真白がここにいるのかは知らないけど、この酔っ払いの男達……たぶん大学生かな。こいつらにナンパか何かで絡まれてるんだろう。


「放して!」

「うるせーな。黙って、一緒に来いよ!」

「痛っ」


 棗真白の腕を掴んでいた男が力任せに引っ張った。それに対する彼女の声は響き、さすがに周囲の通行人も足を止める人が多くなった。


「何見てんだよ!」


 通行人達の視線が気に障ったのか、男の一人が怒鳴る。その声一つで周囲の人々は傍観者になってしまった。助けにいくような素振りは見せず、ただ見てるだけ。理由は簡単。怖いし、厄介ごとに巻き込まれたくないし、関係ないし。たぶん正しい反応だと思う。そこにある共通認識は『誰かが助けるだろう』だ。当然、僕も――


「あの、放してもらってもいいですか?」

「か、神戸くん」


 あれ? 僕は何をしてるんだ? 何で周囲にいる通行人から離れて、棗真白を引っ張った男の腕を掴んでるんだ? そりゃ、棗真白も驚くよ。


「何だ、テメェ?」

「あー、彼女の同級生でして……」

「ひゅー、かっこいいね。助けに来たつもり?」


 男の一人が茶化すように言ったけど、それは僕を見て、弱そうな男が来たのが面白いんだろう。だって、無謀で簡単にボコボコにできそうだから。いや、本当に僕は何を助けに来てるんだろ?


「えーっと、このまま騒ぎになると警察とか来ますし、それに――がぁっ!」

「うるせぇ」


 話している途中でいきなり肺の中の空気を無理矢理吐き出されたようだった。男の一人が僕の腹部を殴った。痛くて、苦しくて、言葉は出てこない。


「神戸くん!」


 そう叫んだ棗真白を一瞥すると相変わらず男に捕まって動けないようだ。だから、精一杯叫んだんだと思う。まぁ、このあとボコボコにされるのは明らかだし、そりゃ心配だろう。一応、助けにきたんだし。

 そして、案の定、僕は棗真白を捕まえている男以外の二人にボコボコにされる。サンドバック状態。顔に、身体に、殴られ放題。


 ほら、痛いじゃん。

 ほら、辛いじゃん。

 ほら、傍観者の方が良かったじゃん。


 じゃあ、何で助けた?


「あまり背負い過ぎないように。辛くなったらいつでも話して、キミが壊れてしまう前に」


 嬉しかったんだろうな、あの言葉。たったそれだけで助けたいって思っちゃったんだから、仕方ない。うん、仕方

ない。

 殴られ続けて視界に映るのは、僕を殴って楽しそうな男達の顔。棗真白の心配そうな顔。傍観者達、つまり、その他大勢。


 というか、警察とか呼んでるの、これ?

 というか、助ける気があるのか、これ?

 

 ないよね、傍観者だし、僕ならそうだし。

 だからさ、お前らも同罪だ。


「棗……真白……」


 殴り疲れたんだろう男達の暴力が少し止んだとき、僕は彼女に精一杯の声を届ける。その先の言葉の意味が解るか定かじゃないけど、頑張って届ける。


「目……閉じろ……」


 ちらりと見えた彼女の顔は強く目を瞑っていた。さすが、棗真白だ。こんな状況でも僕の言葉を信じてくれた。

 では、皆さん、さようなら。


「え?」


 僕は手に持っている『それ』を真上に投げた。男の一人が反応したけど、もう遅い。いや、正しい対処なんてできるはずがない。あ、周りの傍観者もね。


「ぎゃああ!」

「うわー!」

「きゃぁぁぁ!」


 きっと白い閃光に巻き込まれた人達の阿鼻叫喚が響き渡る。僕は強く目を瞑っていたので、正確には解らないけど、創り出した『それ』は強く、白い閃光を放つ仕様になっている。

 スタングレネード。フラッシュバン。そう呼ばれる軍とかが使用する対象を閃光で無力化させる兵器。仕組みとかは本で読んだから知っていた。知っていれば、僕の能力で創り出せる。因みに本当は強い音も発するらしいけど、それは棗真白にも影響が出るので無しにしておいた。それぐらいのことができるぐらいに、僕はこの異質な能力を使うことができるようになっていた。


「逃げよう」

「う、うん」


 周囲が混乱に陥る中、僕が棗真白の腕を掴んで走り出す。

 ラブロマンス? いいや、これは僕の偽善だ。

 異質な能力でも誰かの為に使って、救われた気分になりたい、僕の偽善。

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