第2章 妹による探偵依頼 (後編)

「どうされました? 渡利さんに依頼すると何かお困りになるんですか?」

 エリーゼが何か悩んでいる様子なので、早理さりは心配になって訊いた。

「ナイン、ちっとも困りませんよ。むしろ逆です。アキラ様がきっと全てを解決してくださるのです。お姉様はいつアキラ様のところへ行かれましたか?」

「私がここへ来る10分ほど前です」

「では、もうアキラ様の鑑識は終わっているはずですね」

 エリーゼが言った途端に、早理のスマートフォンに着信があった。見ると、天川からだった。エリーゼに断って電話に出た。

「早理でございます。まあ、そうだったんですか。ええ、今、探偵さんのところに。少々お待ちください」

 早理はエリーゼを見た。まだ歩き回っている。

「渡利さんは、全て本物だと鑑別されたそうです。それから、天川先生がエリーゼさんに電話を替わって欲しいと」

 早理はスマートフォンを差し出した。

「エリちゃんとお呼びください。グーテン・ターク、アマ様。アキラ様が宝石たちを、全て本物エヒトと鑑識なさったそうですね。アッハ、そうですか。ヤー、カイン・プロブレム。私は構いませんとも。早理ちゃんにそう伝えましょう。それともアマ様から直接伝えますか? フェルシュテーエン。早理ちゃん、アマ様がまた替わって欲しいそうです」

 早理はスマートフォンを受け取った。

「替わりました。あら、そうした方がよいのですね。わかりました。すぐに向かいます」

 電話を切ってから早理はエリーゼに言った。

「鑑識事務所へ伺いたいんですが、道を案内していただけますか?」

「喜んでお送りしましょう。私の単車の後ろにお乗りなさい」

「単車? オートバイですか? まあ、面白そう! でも、ヘルメットはどうしましょうか。後ろでも被らないといけないのでしょう?」

「ご心配なく。ちゃんと用意してあります」

 エリーゼはデスクの抽斗からヘルメットを二つ出してきて、部屋を出た。早理も後に付いて行く。下に降りるとビルの壁にシャッターがあって、それをエリーゼが開けると大型バイクが格納されていた。元は工場の倉庫だったのだろう。早理は後ろに乗ったが、エリーゼは思ったよりも安全運転で、5分もかからず法律事務所の前に着いた。

「たぶん、中でアマ様が待ってくださっているでしょう」

「ありがとうございます」

「私はしばらくここにいます」

「事務所にお戻りにならないんですか?」

「アキラ様の鑑識はあっという間に終わるはずですので、戻る暇がないのですよ」

「まあ、そうなんですか。でも、なるべく早く戻りますね」

 早理が法律事務所の入り口をくぐると、エリーゼが言ったとおり、天川先生が受付の前で待っていた。

「やあ、早理さん、早かったね」

「天川先生、ご無沙汰しております」

「急にこっちへ呼んで申し訳ない。渡利君が手紙を見たがっていたもんやから。それに、写真も見せた方がええと思って」

「姉はまだいるんですか?」

「いや、もうお帰りになりましたよ」

「でも、宝石がないと鑑別士の方もお困りでしょう」

「ああ、渡利君なら大丈夫ですよ。さっき見たので、憶えているはずです」

 エレベーターで4階に上がると、ドアが開いている部屋が一つだけあって、そのドアの近くに、若い男が立っていた。早理は入る前にその男に深々と頭を下げた。

「番屋早理と申します。初めまして。あなたが渡利さんでいらっしゃいますか?」

「そうです」

「本日はよろしくお願いいたします」

 渡利はそれには何も言わず、手振りで中へ入るよう勧めた。中では天川が早理にソファーを勧めた。

「早理さん、写真と手紙を」

「料金はどうしますか?」

 渡利が口を挟んできた。

「さっきの続きにはならへんかな? 目的は同じやから」

「そうですか。まあ、天川先生がおっしゃるのだからそうしましょう」

「あら、何のことですか?」

 バッグから封筒を出してテーブルに置いた後で、早理は尋ねた。

「鑑識には料金が必要ですが、真希さんの依頼とひとまとめにするようお願いしたんですよ。そうすれば追加料金が必要なくなる」

「でも、別の依頼だと思いますわ。姉は指輪を見ていただいたと思いますけど、私は写真ですから」

「しかし、渡利君も了承してくれたことですし」

「でも、私も鑑別の依頼をしてみたいんです。こちらのお名刺を頂戴してもよろしいですかしら? まあ、鑑識事務所なんですね。では、鑑識をお願いするというのが正しいのですね。こちらの手紙と写真です」

 早理は封筒から手紙と写真を取り出して渡利に見せた。

「写真は実物と対になっていたんです。実物はここにはございませんけれど、この中から本物をり分けることはできますでしょうか?」

「料金を払ってもらえるそうなので、先に言っておきます。写真は8枚あると思われるので、1枚千円。全部で8千円です」

「あら、そんなにお安くてよろしいんですか? 私はそれで構いませんけれど。でも、1万円札しかないと思いますが」

 早理がバッグの中から札束の入った封筒を取り出している間に、渡利は手紙を一瞥し、それから写真を手に取った。スナップ写真を見るかのように、1枚に1秒もかからず見ていく。しかし、見終わった写真はテーブルの上で二つの山に分けられた。

「こちらが本物で、こちらがそうでないものです」

 早理から見て右側が本物、左側がそうでないものになった。

「あら、もうおわかりになったんですか。素晴らしくお早いんですね!」

「渡利君、どういうことか説明してもらえますか。さっき宝石を見たときは、全部本物やったはずやけど」

「この写真の石は先ほどのと全く同じ形ですが、リングの石座ベゼルのデザインが写真と少し違うものがありました」

石座ベゼルというと、爪の形とか……」

「そうです」

「それが実物と同じなのが本物で、違っているのが偽物?」

「偽物ではないです。“本物でないもの”」

「なるほど、石もリングも本物やけど、デザイン違いやと」

「そうです」

「違ってるんかなあ。私はよう憶えてへんから」

「ごくわずかな違いです」

「一つ質問をよろしいですか?」

 天川と渡利の会話に、早理は割り込んだ。そういうのは好きではないし、会話が終わるまで待つのが礼儀だと思っているけれど。

「何でしょう」

「本物とそうでないものが分けられたのはよかったんですが、どちらを選択するとどのようなメリットがあるのでしょう?」

「それは探偵に調べてもらうのがよいでしょう。ここではそういう検討はしません」

「あら、では、探偵さんのところに戻らないといけないんですね。わかりました。それでは、こちらをお収めください」

 早理が1万円札を白封筒に入れて差し出すと、すぐに領収書と2千円が返ってきた。ついぞ見かけなくなっていた2千円札、しかも新券! 領収書の但し書きは「指輪比較鑑識料として」。

 早理は写真を封筒へ戻すときに、本物とそうでないものが混ざらないよう、本物の方には隅にペンで“本物”と書き入れておいた。それから渡利に向かって深々と頭を下げた。

「どうもありがとうございました」

「お気を付けて」

 立ち上がって、「それでは失礼します」と言いながら、早理はもう一度頭を下げた。部屋を出て、エレベーターで下へ降りると、天川が言った。

「探偵事務所まで送りましょうか?」

「あら、いいえ、探偵さんが外で待ってくださっているんです」

「そうでしたか。え、いや、彼女はバイクに乗ってるのでは?」

「そうですよ。後ろに乗せていただいたんです。とても気持ちのいいものですね」

「はあ、そうですか……では、お気を付けて」

「ありがとうございました」

 それから早理は、そこにいた受付嬢にも一礼した。受付嬢もニコニコと笑いながら礼を返す。外に出ると、エリーゼがヘルメットを二つ抱えて立っていた。

「終わりましたか。さすがアキラ様は仕事が早いですね。もちろん、本物がどれかはわかったのでしょうね」

「ええ、選り分けていただきました」

「それはつまり私への依頼は必要なくなったということを意味しますか?」

「いいえ、依頼はあります」

「それでは私の事務所へ戻りましょうか」

 再びバイクに二人乗りし、探偵事務所に戻った。エリーゼは新しいコーヒーを淹れ直してきた。

「さて、本物がわかってしまったとのことですが、私への依頼はどのようなことでしょうか?」

「そういえば、先ほどその話をしようとしていたところへ、天川先生から電話があったので、申し上げていなかったですね。依頼は、どちらを選択するとどのようなメリットがあるのかを知りたいんです」

「なるほど、鑑別力を試すのが目的ではないし、全てが本物であるのなら、分けた二つのグループグルッペには価値として大きな違いはないはずですからね。それで、本物はどれだったのですか?」

「写真の隅に書いておきました」

 早理はもう一度写真を取り出してテーブルの上に並べた。“本物”と書いたのはルビー、エメラルド、紫水晶、瑠璃の四つ。書いていないのはサファイア、トパーズ、真珠、ブラックオパールの四つ。

「これらにお父上からのメッセージナッハリヒトが隠されているということですね。結構ですとも。承りましょう。調査のために、この封筒と便箋と写真たちをお預かりしますが、構いませんね?」

「はい、もちろん」

「そういえばお姉様は指輪だけを受け取ったのですか?」

「いいえ、姉も同じ内容の手紙を受け取りました。ただ、それには指輪を別便で送るという追伸が付いていて、指輪は会社宛の小包で届いたんです」

「了解です。さて、最後に依頼料の話です。アマ様からの紹介ですので、通常の1万円引きの3万円です。そのうち前金の5千円を今、払っていただきたいです」

「あら、紹介があると割引になるんですか?」

「ええ、基本的には誰かの紹介でしか受けないのです。基本料金は4万円で、アマ様やその他の有力な人物の紹介なら3万円、アキラ様の紹介に限り2万円なのです」

「渡利さんはエリちゃんにとって大切な方なんですね」

「命を捧げる存在なのですよ」

 早理が1万円札を白封筒に入れて差し出すと、エリーゼは恭しくそれを受け取り、デスクのところへ行って、「金5000円」の預かり証と5千円札を持って戻って来た。5千円札は新券だった。

「明日の夜には結果か中間報告を差し上げましょう。連絡先を教えてくださいますか?」

「あら、そんなに早くわかるんですか」

 早理はエリーゼとスマートフォンの番号を交換した。エリーゼはとても嬉しそうな顔をしている。

「ご存じかどうか、世の中には100万円払っても、早理ちゃんのこの電話番号を知りたいという人たちがいるのですよ」

「まあ、そんな方がいらっしゃるんですか。でも、私、知っている人からの電話にしか出ませんわ」

「それが賢明と存じますよ」

「ところで、調査結果を聞かせていただくときは、姉にも同席をお願いしようと思っているんですが、構いませんか?」

「もちろん構いませんですよ」

「ただ、姉はとても忙しくて、大阪にいるのは今日だけで、しばらくは全国の支店を視察に回ることになっているんです。ですから、1ヶ月ほど先になるかもしれません」

「おや、そんなに先に。しかし、確か3ヶ月という期限があったのではありませんか?」

「ええ、父から手紙を受け取ったのが2週間前で、その日から3ヶ月ということになっています。だから間に合うと思うんですが」

「結構でしょう。では明日、ご連絡差し上げるときに、報告の日について相談することにしましょうか」

「わかりました」

「それでは、気を付けてお帰りください。それとも、駅までお送りしましょうか?」

「まあ! またあのオートバイに乗せていただけるんですか? ええ、ぜひお願いしますわ!」


(続く)

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