第4章 監禁発見 (後編)
外へ出ると、サイレンの音が聞こえてきたが、あれは救急車だろう。その救急車が角を曲がってくるのが見えて、それに続いて覆面パトカーと思われる車がやって来た。救急車からは救急隊員が、そして覆面パトカーからはスーツ姿の刑事たちと制服の警官たちが降りてくる。
「臨海署の人、来てる? おっ、マジックモンキーやないか!」
「誰がマジックモンキーやねん。余計なこと言わんといてくれ」
「ははは、すまんすまん。ああ、田名瀬ちゃんもおるんか。あんた、いつもきれいやなあ」
「はい、おかげさまでー」
「悠長に挨拶しとる場合か。中で女の人が倒れてんねん。病院に運んだってや」
「ああ、そやった。救急さんは? ほら、もう入ってるがな」
救急隊員は既に家の中に入っており、しばらくして女性を担架に乗せて運び出してきた。須田も心配そうな顔で付いて出てきた。そして担架と一緒に救急車に乗ろうとするので、門木はあわてて引き留めた。
入れ替わりに鑑識員が家の中へ。殺人があったわけではないが、誘拐略取の疑いがあるため、現場鑑識は行わなければならない。
「発見者は?」
「私と、そこにいる彼です」
望見が答え、須田のことを指さした。「話、聞いて」と列堂が言い、スーツの刑事と制服の警官が二人を車の中へ連れ込んだ。
「門木ちゃん、なんか知ってるらしいやん。聞かせてえな」
列堂が門木の肩を叩きながら言う。須田が行方不明者の届け出のために臨海署へ来たことは、港署にも伝わっているだろう。もちろん、門木も隠すつもりはない。ヒモの夫との離婚から、5日前から行方がわからなくなっていたことまで、簡潔に話した。詳しいことは須田が話すはずだが、聞き取りに時間がかかっているところを見ると、きっと混乱して支離滅裂になっているのだろう。
「ふーん、そういうことやったら、元旦那も探して話聞いてみた方がええな」
「それから、もう一つ気になることがあんねんけどな」
「なによ?」
「いや、この匂いのことやねんけど」
門木が玄関を指し、列堂が首を突っ込む。
「ああ、これ、この家からやったんか。田名瀬ちゃんの香水とは違うなあとは思っとったんやけど」
「私、こんな変な香水、着けません」
「そやから、違うなあって言うてるやん」
「田名瀬、ちょっとだけ黙っといて」
「はーい」
「匂いの発生源は、玄関脇の部屋やねんけどな」
門木は列堂に、書斎もどきの絨毯に香水が染み込んでるらしいことと、ガラスの破片が散らばっていたことを説明した。
鑑識が終わってからその部屋へ入る。破片は鑑識が回収していた。散らばっていたあたりにしゃがみ込み、絨毯を触ってみたが、どこも濡れていなかった。しかし鼻を近づけると、確かにそこから匂ってくることだけはわかる。
「香水やんなあ、これ。俺、香水のことなんかよう知らんけど、普通の香水らしないっちゅうのだけはわかるわ」
列堂が鼻をつまみながら言う。田名瀬を呼んで嗅がせてみたが、知らないとのこと。もとより、彼女がどれくらい香水に詳しいのかも定かでないが。
「絨毯の一部を切り取って科捜研へ持って行ったら何かわかるかもしらへんけど、単独の薬品やったらまだしも、香水はなあ。有名どころのサンプルは揃えてるようやけど、マイナーなものはわからへんらしいし」
田名瀬を外へ追い出した後で、列堂が呟く。それは門木もだいたい事情がわかっている。匂いの鑑識は難しく、成分分析ができたとしても、比較対象となるサンプルがないと、銘柄の同定はできない。
「しかし、絨毯の上に落ちたのに、なんで割れたんやろな」
列堂が頭を掻きながら、門木を見て言った。それを考えんのが所轄の仕事とちゃうんかいな。
「たとえば、
「なるほどな。それやったら、男に匂いが付いとるから、警察犬で追いかけさせる?」
「追いかけんでも、そのうちここに戻ってくるんちゃうんかな。被害者を見殺しにするつもりはなかったと思うで」
「まあ、それはあるな。見張らせとくわ」
それから風呂場を見に行って、一通り状況を確認してから、外へ出た。須田と望見は港署の車の中でまだ事情聴取を受けている。田名瀬は車の横に立ち、「はよ帰りましょー」という顔つきで門木の方を見ていた。発見者の取り調べは全部港署員に任せて、自分は聞くつもりはないらしい。聞いておいてくれたら、興信所の調査員がここを見つけた経緯などがわかるのに、何をやっておるのかと思う。そもそも、鍵はどうやって開けたんや。どうせ調査員が持っとったんやろけど。
「まあ、あとはぜんぶ
列堂がそう言ったが、門木はしばらく考えてから答えた。
「事情聴取の結果を、後でわしのところに回してくれへんかな」
望見が届け出をしに来たのは昨日で、その後で興信所に行ったであろうのに、話がやけに早く進みすぎている。阿倍野署へ行ったのかどうかも気になる。
「ああ、もちろんもちろん。そや、代わりに書きかけの届出書を、うちに回してや」
「わかった。それと、もう一つお願いがあんねんけど」
「なによ?」
門木は玄関横の部屋を親指でさした。列堂がそちらを見る。
「あの匂い、調べてみたいから、人呼んでええか?」
「誰よ? ああ、もしかして、あの『一人科捜研』? ふーん」
列堂は目を細めながら、また頭を掻き始めた。部外者なら現場に入れられないのは当然だが、「一人科捜研」は府警察も認める外部調査機関だ。ただ、ここは港署の管轄であって、門木には捜査権も決定権もない。
「何かわかるんかなあ。費用を臨海署で持ってくれんのやったらええけど」
「そんなケチくさいこと言わんと。たかが千円やで」
「そやかて、今のところは呼ぶ理由があらへんもん」
「絶対、何かわかるって」
「しゃあないなあ。まあええわ。呼んで。他ならぬマジックモンキーの頼みやし」
「すまんな。すぐ呼ぶわ」
このときばかりはさすがに門木も「誰がマジックモンキーやねん」とは言えなかった。スマートフォンを取り出し、アドレス帳に登録した電話番号を呼び出す。
「その代わり、今度門木ちゃんのおごりでふぐ食いに連れて行ってや」
「なんでやねん!」
門木が突っ込んだとき、電話の相手が出た。
(続く)
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