第32話 アニムスの肖像

 洵、とわたしは涙交じりの声を上げた。


「ごめん、わたし間違えただけなの、わざとじゃないの」

 振り返り、一息に駆け寄った。


 しかし、顔を見ると全然知らない子がそこにいた。


「……誰?」


 少年は質問には答えず、仁王立ちのまま、わたしの背後を怖い目でにらみつけていた。

 いつの間にか、シオリの気配が消えていた。


「……ぎ#Ω6%n^まで来るなんて。行ったら死ぬところだったよ」

「死ぬって、誰が」

 ごくりと唾を飲みこみながら、やっとそれだけ言うと、


「君以外に誰がいるの?」

 あっけらかんと聞き返された。

 洵が、と言いかけて

「あんたもいるじゃん」

 と言い直す。


「ぼく?」

 男の子は顎を差して目を丸くした後、

「……君って面白いね」

 くすくすと笑った。

 背格好からして同じくらいの年に見えるけど、妙にませた感じの笑い方が女の子っぽくもある。短い髪と一人称で少年と判断しただけだった。

 ぼく。懐かしい響き。その澄んだ声で紡ぎ出されると、昔の洵が喋っているようで胸が締め付けられる。

 しかし、今は……。


「笑ってないで教えてよ。ここはどこなの。てか、あんた誰」

 わたしはバッグの肩ひもを握りしめて言った。

 こうしている間も、背中は重くなっていく。

 少年は鋭い目でわたしを見据えた。


「ここがどこかなんて、君が一番よく分かってるだろ。裏返したのは君なんだから」

「わたしが?」

 

 やはり裏なのかと思いながらも、釈然としない。

 だって勝手に裏返っていただけで、わたしは迷い込んだのだ。

 少年はため息をつくと、唐突に

「背中のそれ重くない?」

 わたしのシューズバッグを指差した。

 無言でわたしがうなずくと、きり、と口元を引き締め、

「どんどん重くなるよ。もうすぐ運べなくなって、降ろせなくなって、動けなくなる。そしたらもう、ずっとそのままだ」

 冷徹に言い放った。

「ずっとって、いつまで?」

「ずっとだよ。永遠ってこと」


 ――永遠。


 シオリの声が蘇る。

 ずん、とまた一段階背中が重くなった。

 ふっと少年が笑う。目元がほんの少し翳り、寂しそうにも見える。


「来て。戻り方を教えてあげる。ぼくに付いてきて。絶対に後ろを振り返っちゃだめだよ」

「なんかそういう話聞いたことある」

「話じゃない。これは現実だから」


 少年は歩き出した。

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