第17話 洋館と夫婦(中編)

「瑠衣、まだ水ある? 私のはもうなくなっちゃった」

「あと二本ならあるけど――、まだ洋館までは距離あるし、このままだと足りないよね。私、一旦水の補給をしてこようかな」


 そんな話をしていると、また隣りで河童が唸った。葉月は瑠衣に声をかけて、立ち止まる。河童の顔をみると、随分顔色も悪い。


「河童さん、大丈夫?」

「まあ、なんとか」

「今水かけるから――、え」


 今の今まで葉月たちをじりじりと照らしていた太陽の陽が、何かに遮られた。驚いて葉月が上を向くと、何か大きな物体が浮かんでいる。薄ピンクのその物体が、陽を遮っていた。

 葉月はじっとその物体を観察して、声をあげる。


「え、ふわちゃん? どうしてここに、というかなんか、いつもより大きくない?」


 それは葉月がよくお菓子をあげている、紅葉並木に住む妖怪のふわちゃんだった。しかし、いつもよりも体が一回り大きい。

 ふわちゃんは重たそうに空中を移動すると河童の真上で止まった。すると、その口に溜めていたらしい水をどばっと河童にかけた。

 体が大きかった理由は水をぱんぱんに口に含んでいたかららしい。まるでリスのようだ。水を吐きだすと、すっかりいつものサイズに戻った。


「お、おお、なんと――、葉月さんのご友人ですかな、これはどうも――、ありがとう」


 河童は目をまん丸にして、戸惑いながらもお礼の言葉を述べた。ふわちゃんは頬を染めて満足そうだ。


「ふわちゃん、ありがとう。ちょうど水が欲しかったの」


 ふわちゃんはすりすりと葉月に擦り寄る。愛らしいその姿に、葉月は笑った。ふわちゃんはひとしきり葉月に撫でられると、満足したようでまたふわふわとどこかに飛んでいった。


「いやはや驚いた」

「びっくりしましたね。でもふわちゃんがどうして。朝会うには会ったんですけど」


 今朝、葉月は山に向かう途中で紅葉並木を通った。その時に夢うつつな様子のふわちゃんがお菓子をねだって擦り寄ってきた。しかしリュックに入っているのは水だけだったため、がっかりさせてしまったのだ。


「その時に、今日は河童さんのお手伝いに行くんだって話はしたんだけど、もしかしてそれで来てくれたのかな。ふわちゃん有能だ。今度お菓子たくさんあげなきゃ」

「葉月、何があったのかはよく分からないけど、そろそろ本当に水なくなるよ。まずいんじゃないかな」


 瑠衣は水の入ったペットボトルを二本両手にもって揺らした。もうこれしかないとため息をつく。


「思っていたより水使っちゃったもんね。河童さんの分はもちろんだけど、私たちもたくさん飲んじゃったし」


 空になったペットボトルの残骸をみて、葉月も困ったように息をはく。

 そこに。


「おーい、お前ら、へばってないか?」


 自転車に乗った紬が現れた。今日もパーカーにジーンズというラフな恰好だ。紬は葉月と瑠衣をみて、眉間に皺を寄せる。


「とりあえずスポドリ持ってきたから飲め。今にも倒れそうな顔しやがって。ちゃんと水分補給しながらやってるか? 河童のことは知らんが、お前ら二人が倒れたら元も子もないだろうが」

「ありがとう兄さん。たまには気が利くね」

「たまにはって何だよ。ほんと可愛げねーな。せっかく用事終わって駆けつけてやった兄に対してなんつー口のきき方」


 紬はぶつぶつと言いながら、自転車のカゴからペットボトルを取り出すと、葉月と瑠衣に手渡した。


「にしても、本当に暑いな。河童の調子はどうだよ?」

「もう大分疲れちゃってるよ」


 河童はまだまだいけますぞと言っているが、もはや立っているのも億劫という様子だ。ふらふらと体が左右に揺れてしまっている。

 紬はふむと頷いた。


「よし、お前ら一回休憩しろ。休憩場所はこの先に用意してきてやった。とりあえずはそこまで歩け」

「何、休憩場所って」

「いいから。とりあえず、あともう少し頑張れ」


 紬の言葉に首を傾げる。

 紬は自転車からおりると、行くぞといって自転車をひいて歩き出した。三人は不思議そうな顔をしながら紬のあとに続く。

 紬と瑠衣は並んで歩いた。その後ろを葉月と河童が歩く。


「葉月さんのご友人は優しい方ばかりですな。こんな私のために、ここまでしてくださる。このご兄妹は私のことを見えてすらいないのに」


 河童はしみじみとそう言った。


「もちろん葉月さん自身も、とても優しい。本当に、皆さんには感謝しています」

「そんなに感謝されることはしてないですよ。でも――、みんなが優しいってことは私も思います。瑠衣も紬さんも、ふわちゃんも、みんな優しくて、大好きな私の友だちです」


 葉月の頭には色々な人の顔が浮かぶ。瑠衣たちだけではない。カフェで働く緑さんや、街の木に住んでみんなを見守る仙さん。他にもたくさん、葉月たちのことを心配してくれている者がいる。

 葉月はみんなのことが大好きだ。

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