この街には人と妖怪が住んでいる

橘やよい

第1話 カフェと幼なじみ(前編)

 山のほど近く、小さな街がある。

 その街では、人と妖怪が入り乱れる。

 学校の校庭、通学路の小道、街を流れる川、風が吹く夏空。人々の生活のあちこちに妖怪も住む。

 校庭には鞠を蹴る毛むくじゃらの妖怪が、小道には煙草をふかして空を見上げる一つ目の妖怪が、川には着物をきたカワウソのような妖怪が、空には体をうねらせて大空を泳ぐ蛇のような妖怪が。

 この街で妖怪は自由気ままに暮らしている。


 しかし、人は妖怪の存在になかなか気づかない。

 妖怪が見える人間は少ない。

 とはいえ、「見える人」というのはそこまで珍しくもない。学校なんかでは、各学年に一人は妖怪が見える人間がいる。妖怪が見えるからといって、何か特別視されるようなこともなかった。

 葉月(はづき)も、妖怪が見える人間だった。


「葉月、どうかしたの」

「うん、なんか、邪魔なのがいるなあ」


 葉月はしかめっ面をして前を見据えた。道の真ん中。道行く人を阻むように巨大な地蔵がいた。


「大きい地蔵。通りにくいな。どうしよう」

「地蔵ね――、うーん、私には見えないなあ」


 葉月の隣で、瑠衣(るい)が目を凝らして道をみた。しかし何も見えないようで、こてんと首を傾げる。葉月は妖怪が見えるけれど、瑠衣には見えないのだ。


「こういう意地悪して、構ってもらおうとするのは小狐か子狸だと思うんだけど」


 ひそひそと葉月が瑠衣に説明すると、瑠衣は更に眉を寄せて食い入るように道路を見つめた。そんな瑠衣をみて、葉月は笑う。


「瑠衣、変な顔。ファンが減っちゃうよ」

「それは困るな」


 瑠衣は道路を見るのをやめて、すっと葉月に視軸を当てた。目元を細めて笑う。相変わらずの完璧な王子スマイルだった。

 瑠衣は王子みたいな女の子だ。さらさらの髪を短く切り揃えて、切れ長の目に、形のよい鼻。すらっとした体躯。まるで西洋の王子といった容姿だ。更には身のこなしまで軽やかで、老若男女誰にでも優しい。

 瑠衣は女子にとても人気がある。葉月や瑠衣が通う高校ではファンクラブまで存在していた。


「私はいつでも優しくて美しい王子でいないとね」

「そういう発言、冗談なのは分かるけどさ。ほどほどにしてないと、本当にファン減るんじゃない?」

「ご心配なく。こういう性格も含めて、みんな私のことを好きでいてくれるんだから」


 葉月はたまに、このナルシストな幼馴染を心配になることがある。


「まあ、そんな話はいいとして。この道は通るのやめておこうか。少し遠回りにはなるけど、隣の道からでも行けるから」

「うん、そうしよう」


 二人は方向転換をして再び歩き出した。

 ちらりと葉月が振り返ると、巨大な地蔵はしょんぼりとした目をして二人の姿を見つめていた。


「なんか寂しそう。遊んであげた方がよかったかな」

「優しいね、葉月のそういうところ好きだな」

「そうですか、ありがとう」


 瑠衣は性懲りもなくそういうことを言う。これだからファンが増えていくのだ、と葉月はため息をついた。


「葉月はこのあと、洋館に行くんだっけ?」

「そうだよ。奥様に本を届けにいくの。だからあんまり瑠衣といる時間ないかもだけど」

「いいよ、ありがとう。ごめんね、つき合わせて」

「いーえ。私もたまには学校帰りに、友達とお茶して帰りたかったからさ」


 石塀に囲まれた道を歩く。閑静な住宅街だ。夏風が吹くと青臭い草の匂いがした。石塀の向こう側から幼い子どもがきゃっきゃと遊ぶ声が聞こえてくる。ばしゃばしゃと水の音がするから、水遊びでもしているのだろう。音を聞くだけで、なんだか涼しい。


 住宅街を抜けると、視界が開けて川沿いの道に繋がった。道はずっとゆるやかに続いている。見晴らしがよくて遠くまで見渡せる。この道を上に辿っていくと山がある。葉月たちが今いる場所からも、山はよく見えた。


 この街には人工の高い建造物なんてない。その代わり、山と川がある。のどかだなと葉月はいつも思う。田舎だと馬鹿にする人もいるけれど、これくらいのどかでゆっくりと時間が流れるこの街がちょうどいいと思う。

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