八 洞窟と祝杯
最後にとても重要な儀式があると言われたので、勇者達は酒場へ行く前に、ガーズの案内で神域近くの洞窟を目指していた。幸運にも雨は上がっていて、空には虹が掛かっている。
「何の儀式なんだ?」
勇者が尋ねると、ガーズは案外身軽に岩の上へぴょんと飛び上がりながら言った。
「聖剣を勇者に授ける、大事な儀式だ。歴代の聖剣鍛冶は記録を残してる奴とそうでもない奴がいるか、これだけは絶対必要だってみんな絵なり文字なりを書き残してる。これがなくちゃ、冒険は始まらねえも同然だ。ほんとは鍛冶師と勇者が一緒にやるもんじゃねえんだが、まあそれはご愛嬌でなんとかなるだろ」
「ふうん」
なんかかっこいいなと思いながら手を伸ばしてきた神官を岩の上に引き上げると、なぜかものすごく笑うのを我慢している顔の吟遊詩人と目が合う。
「どうした?」
「いやっ……なんでも、ないよ」
吹き出しそうになりながらフェアリが答える。一体何なんだと考えつつもガーズの指差した先に進むと、小さな木立の奥、木々や蔦に隠されるようにして入り口の狭い洞窟があった。
「儀式の場は時の勇者の生まれた地によって色々だがよ、俺が夢で示されたのはここだ……噴火の多いゴドナ火山でもこの『ラガの
そう言ってガーズは縦長の入り口を狭そうに通って、向こうから勇者に向かって手招きした。体を横向きにして慎重に通り抜けていたが、ずんぐりしたドワーフは前を向いても横を向いても同じくらい丸いので、あまり意味はないように思える。勇者も続けて通ったが、狭いのは入り口だけだったようで、思ったより中は広々としていた。
「見て、勇者……ほら、いい感じに神秘的な光が当たってる、岩があるよ」
吟遊詩人が堪えきれない様子で、翅を細かく震わせながら言った。見ると確かに、天井に隙間があるのか大きな岩に向かって一条の光が差し込んでいる場所がある。
「おいシダル、ハイアルートを抜け」
ひょこひょことその光のところまで行ったガーズが、早く早くと手招きした。剣を抜いて近寄ると、ガーズはぽつんと洞窟の真ん中にある大岩のてっぺんを指差しながら「ここだ」と言う。そこまで言われて初めて、勇者はこの髭もじゃ妖精が何をしたいのかようやく気づいたのだった。
「ああ……それで笑ってたのか」
呟くと、ついにフェアリが吹き出して大爆笑を始めた。それにちょっとだけ恨みがましい目を向けて、勇者は言われた通り岩の上に口を開けている亀裂へ剣を差し込んだ。細い光に照らされた亀裂は結構深く、大変絵になる感じに聖剣が突き刺さる。
「よし、一旦出るぞ!」
にこにこしたガーズに促され、皆で洞窟を出た。ドワーフは呆れ顔の勇者に「いよいよだぜ……」と囁きかけて、そして賢者の袖を引いた。
「おいレフルス、あれ言ってくれ。こういうのは賢者様の役目だって相場が決まってんだ」
事前に打ち合わせをしている様子はなかったが、しかしそう頼まれた賢者は何か思い当たる節があったらしい。遠い目になって勇者と目を合わせると、かなり渋々といった様子でそれを口にした。
「……アサの狩人アレグレン・ウォーレフ=アルクよ。そなたに勇者シダルとなって世界を救う勇気があるか、試させてもらう。ここは聖剣の封印された岩窟。神の力によって、その剣は真に勇者たる資格あるものにしか抜けぬのだ。さあ、アレグレンよ。見事聖剣を引き抜き、その力を示せ」
驚くほど感情のこもっていないぼそぼそした声だった。「せっかくいい声なんだからちゃんと言えば様になるのにな」と思いつつ、頷いて再び洞窟に踏み入る。後ろで仲間達が「あれ? 狼って『ウォールヴ』じゃないの?」「呼び名は本来、標準語に直さずアサの訛りのまま呼ぶのが正しい」などと雑談しているのに耳を傾けながら、岩の上で光を浴びている聖剣の柄に手を掛ける。
その刹那のことだった。まるで気の神がソロの顕現陣に干渉した時のような、怖いくらいに神聖な気配がびりりと手に伝わって、勇者は目を見開いた。外の風の音がぴたりと静まり、洞窟の中が静寂で満ちる。蟻の這う音すら聞こえそうななかで、仲間達が驚いて呼吸を止めたのがわかった。
──神様、俺が世界を救います
咄嗟に心の中でそう言った。ぐっと握ると、聖剣が勇者の一部となって青く光を放つ。シャリンと涼やかな音を立てて引き抜かれた聖剣ハイアルートが、岩の上で剣を掲げる勇者の手の中でぼうっと炎のように燃えた。
「……そなたこそが勇者だ、シダルよ」
先程と違って真摯な声が、遠くで鳴っている静かな鐘の音のように洞窟の中に響いた。
「その手で世界を救いなさい、蒼天の勇者。我ら剣伴は、己の全てをもってそなたに手を貸そう」
仲間達の真っ直ぐな視線が向けられた。勇者が微笑んで頷くと、同じだけの笑顔が帰ってくる。一番後ろで見守っていたガーズが、擦り切れた作業着の袖口でこっそり目を拭った。
◇
儀式を終えて山を下りると、まだ時間は昼過ぎだったが酒場に向かうことにした。とはいえ昼間は弱い果実酒しか飲まないというのは人間独特の文化らしく、通りにあったどの店でもドワーフ達がお茶でもするような気軽さで強い酒を並々と注文し、楽しそうに飲んでいる。
「俺の行きつけはよ、一番奥んとこだ。繁盛してる店は店でいい酒揃えてあったりするんだが、あそこは気心の知れた常連ばっかだから居心地がいい」
「お前、ちょっと人見知りっぽいもんな」
そう言うと、ガーズはぷいっとそっぽを向いて「そんなんじゃねえよ……ドワーフにしちゃ、あんまし騒ぐのが好きじゃねえだけだ」と恥ずかしそうに言った。
「うん。俺の仲間はみんな大人しいからさ、ガーズがあんまりうるさい奴じゃなくて良かった。俺もそっちの方が話しやすいし」
「なら良かったけどよ……シダルお前、そうやって好きな女の事も無意識にたぶらかしてんだろ」
「え? 俺は違うよ。そういうのは賢者がよくやってる」
「いや、どっちもどっちでしょ」
呆れた顔の吟遊詩人が割り込んで、前方の店を指さすと「ほら、酒樽に
瞬間、勇者の顔に向かって何か小さなものがビュンと飛んできた。刃物ではなさそうだったので受け止めると、なんと肉をかじった後の骨だ。
「げっ」
手が脂まみれになったのを見て顔を引きつらせていると、向こうの方の席から「すまねえ、捨てといてくれ!」と叫び声が聞こえてきた。すると奥から現れた店主らしきドワーフが「おいダグ! 新規の客に骨をぶち当てるたぁいい度胸してんな!」と凄い顔で怒鳴る。と、その店主がこちらに顔を向けて口を開いた。今度は比較的優しい声だ。
「すまねえな姉ちゃん、そいつはこっちにくれ」
「あ、うん……俺、男だけど」
「あ? 人間の男のくせに顔をつるつるに剃ってんのか。変わってんな」
「そうかな……」
店主に骨を手渡すと、髭を編んでいない男ドワーフはすごい勢いでそれを振りかぶって、骨を投げた本人らしい客の顔にぶち当てた。ギャッと悲鳴が上がる。勇者がたじたじとしていると「そんなとこでもたついてねえで入んな。人間の客は歓迎するぜ、何せお前らは店を汚さねえ……そこのバカどもより若干マシだ」と仏頂面で言う。確かに聞いていた通りの無愛想かもしれないが、そんな奴は散々仲間で見慣れているので特に気にならない。鼻で笑いながら見下ろしてこないだけ誠実さが感じられるし、むしろ彼には喋り方よりも気になる部分があった気がする。
「はは、確かに食い終わった骨は投げねえな……」
勇者がそう笑ってさりげなく骨攻撃を警戒しながら仲間達を店に入れると、神官の後ろからひょこっと顔を出したガーズが「よう」と片手を上げた。
「おうガーズ、お前の客か?」
「聞いて驚け、聖剣の勇者様だぜ」
「ああ? そりゃお前……ほんとか?」
店主が目を丸くし、それぞれテーブルで楽しそうに飲んでいた客が一人また一人と口をつぐんだ。
「おいガーズ……お前、もしかして本当に聖剣鍛冶になりやがったのか?」
客の一人がおずおずと尋ねると、ガーズが満面の笑みで「おうよ!」と答えた。途端に、店中が爆発したような大騒ぎになる。
「すげえ、すげえよガーズ!」
「おい姉ちゃん、聖剣を見してくれ!」
「てめえら、今日はみんな俺の奢りだ! ぶっ倒れるまで飲んで食え!!」
店主の宣言に店中がさらに盛り上がる。勇者が剣を抜いて見せると、わっとドワーフ達が駆け寄ってきてまじまじと見た。ガーズの言葉を誰ひとり疑う様子がないのは妖精だからだろうか。少し戸惑うが、見ていて気持ちがいい。
「とんでもねえ造りしてやがる……細けえ細工が得意なのは知ってたがよ、彫りが美しすぎるぜ……」
「それより研ぎを見ろよ。こんなに一点のムラもないの見たことあるか? 寒気がするくらい刃が立ってやがる」
「ていうか後ろにいる青毛の、ウルじゅうの輪っかを解いて回ってるって人間の姉ちゃんじゃねえか?」
「え、ほんとかよ……なあ俺の、俺の『歯車』も解いてくれ! お前が挑戦したって箔付けが欲しい!」
酒臭いもじゃもじゃに群がられて少し厄介だなと思ったが、ガーズが誇らしげな顔で笑っているので我慢した。あれこれ話しかけられながら席に着くと、神官が座席とテーブルを浄化してくれる。ついでに先程骨を掴んでしまった手も綺麗になった勇者がホッと息をつき、立ったまま嫌そうに椅子を見ていた賢者も座ることができた。
「で、注文は?」
カウンターの向こうから大声で店主が問う。
「おう、俺と勇者には特別旨いのを頼む。あと残りの奴らは、どうもエルフばりに甘いもん好きらしい。辛い酒は飲めねえんだと。なんか甘いやつと、あと肉」
ガーズが注文すると、店主は考え込むように顎髭を撫でて眉を寄せた。
「甘いもんなあ……よし、ならあれ試してみっか。
そして何か思いついたらしく、楽しそうに眉を上げて厨房に引っ込んだ。その頃には群がっていたドワーフ達も少し落ち着いたらしく、それぞれの席に戻って食事を再開している。
勇者はそこでようやく一息ついて店内を見回した。男店主の酒場は、控えめに表現してもとんでもなかった。
ドワーフ達は酒樽によく似た形のジョッキを豪快にぶつけ合い、バシャンと飛沫が散ってテーブルが濡れた。彼らは大きなチーズの塊を丸齧りし、食べた肉の骨をその辺に放り、その近くに座っていた奴が「おい、こっちに投げんな!」と叫んで骨の投げ合いが始まる。すると流れ骨に当たった別のドワーフが参戦し、次第にまだ食べ終えていない肉まで投げつけ出し、それを口で受け止めて食べながら空いた皿を投げる。
いつもなら何事にも動じず「おやまあ」と微笑んでいる神官が、目を見開いて絶句している。そんな彼に飛んできた骨が当たりそうになったので咄嗟に短剣で弾き飛ばすと、何人かが歓声を上げながらこちらを狙って投げ始めた。
「おい、やめろよ!」
抗議の声を上げたが、却って面白がらせてしまったようだ。「勇者様をやっつけろ!」とか言って更に投げる奴が増えた。子供の投げる石ころくらいの速度だが、いかんせん数が多く、あまりにもくだらないので本気になって防ぐ気にもならない。やれやれと眉を寄せながら適当に弾いていると、間をすり抜けた骨が一つ賢者の肩に当たってしまった。
さっと立ち上がった魔法使いが浄化したが、跳ね返ってテーブルに落ちた骨を凝視する賢者の額は青褪めていた。それを見たエルフからぶわりと魔力の気配が膨らみ、賑わっていた酒場が一瞬で静まり返る。
「……ねえ、僕の愛する人にごみをぶつけたのは誰?」
勇者ですら背筋が凍るような冷たい声で魔法使いが言った。神官が背を叩いて
「おい誰だよ、エルフの番にやらかしちまったのは……」
ドワーフの誰かがぽつりと言った。店主が何事かと奥から出てきて、なんとなく状況を悟ったらしく「あーあ、花の精の逆鱗を引き千切りやがって。だから調子に乗って暴れんなっていつも言ってんだろ」と肩を竦めて再び奥へ引っ込んだ。
「……すまねえ、たぶん俺だ」
おずおずと一人が手を上げ、周囲のドワーフが審判を待つような顔になる。ここは賢者に頭でも撫でてもらってエルフの機嫌を取ろうと思った勇者は、振り返って隣り合わせに座っている彼らを見遣り──拍子抜けして口を半分開けっぱなしにした。
「つ、つがい……賢者、みんな僕達が番に見えるのだって」
乙女のように可憐な照れ方をしたエルフが、もじもじと賢者の袖を引いていた。賢者の方は額に手を当てて首を振っているが、妖精はすっかりご機嫌である。ドワーフ達が番発言をした奴の肩を「よくやった!」と叩き、酒場は再び元の喧騒を取り戻す。楽しい空気をぶち壊してしまったが、彼らはそれをどうこう思う様子もなく元通り楽しそうに話しかけてくる。全く朗らかな種族だ。
それから少し経って、店主が巨大な盆に山盛りの皿とジョッキを乗せて持ってきた。
「ほれ、これでどうよ」
ドンと神官の前に置かれたそれは、少し濁った金色っぽい液体が入っている。
「俺らも流石に二、三歳のガキには酒じゃなく、水分補給は果物を食わせるんだがよ……そろそろ酒を覚えさせるって時によ、ちびちび飲ませるんじゃなく果汁割りにしてやるのが最近流行り始めてんだ。んで、これは琥珀酒の林檎割り」
「あ、カクテルにしてくれたんだ。美味しそう」
吟遊詩人が覗き込んでにっこりし、店主は「俺の好きな味じゃねえが、フェアリ好みの味もある程度把握してんだ。割り具合は完璧なはずだぜ」と自慢げに言った。そしてテーブルの真ん中にドンと肉とチーズの塊を乗せ、そして魔法使いの前に「ほら、お前はこれだろ? ガーズよ、エルフは肉を食わねえんだぜ」と言いながら果物の盛り合わせを置いた。
まだ恥じらっている魔法使いが蚊の泣くような声で「うん……ありがと」と呟いた。そしてぶどうを一粒取って皮を剥き、そっと賢者の唇に押し当てる。困りきった顔で仰け反った賢者だったが、魔法使いが真剣な顔でじっと見つめると、ふっと視線を虚ろにして大人しく食べた。
皆に食事が行き渡ったのを確かめると、店主が盆に一つ残ったジョッキを持ち上げて店内を見渡す。空になった盆がその辺にぽいと放られるのを、神官が目で追った。
「じゃあお前ら、杯を掲げろ! いいか人間ども、ドワーフの乾杯は『ガッシア!』って叫ぶんだ──夢を叶えた聖剣鍛冶ガーズに、ウルの誇りに、ガッシア!」
「ガッシア!」
魔法使い以外の全員がジョッキを突き上げて叫んだ。如何せん勇者の仲間達は声量がささやかすぎたが、勇者が一際楽しそうに声を上げたので場は充分に盛り上がった。
とっておきだという酒は信じられないくらい美味かったし、肉の焼き加減は魔法使いを超えるかもしれなかった。肉やチーズは各々手持ちのナイフや短剣で切り取って食べる形だったが、皆「手が汚れる」みたいな顔をしていたので勇者が取り分けてやる。神官や吟遊詩人は林檎の果汁割りを美味しそうに飲んでいるが、賢者は少し頰が赤くなっていた。少しずつほろ酔いになってきているらしいその顔を見て、魔法使いは期待を隠しきれていない。
「なあ……酒に酔うってどんな気分なんだ?」
賢者に訊くと怒りそうだったので、神官に尋ねた。彼が「そうですね……頭がとろんとして、楽しくなって、目眩がします」と考えながら話すのを聞いて、ガーズが「お前、そんだけ酒好きなのに酔ったことねえのかよ」と目を剥いた。
「ああ、いくら飲んでも……少し体温は上がるかなって感じだな」
「マジかよ……そんな不幸なことってあるか? おい店主、あれ持ってきてくれ!」
「ああ? あれじゃわかんねえよ」
厨房から顔を出した店主がもじゃもじゃの眉毛を寄せた。ガーズが「こいつ、酒に酔ったことねえんだと!」と叫ぶと「はあ? そりゃいけねえ」と言って、奥から赤い酒瓶と小さなガラスの杯を引っ張り出してくる。
「勇者様よ……ウルに
透き通った杯を二つ並べ、そこにとろりと赤い色をした酒が注がれた。「ほれ」と言われて香りを嗅ぐが、それほど酒精の強い感じはしない。
「惑いの木は、広範囲の魅了で動物を木の下まで誘い込む、花の祝福持ちの果樹だ。呼び寄せた生物に果実を食べさせることで種を運ぶ」
珍しく尋ねてもいないのに賢者が説明してくれた。まだ半分も飲んでいないのに、さっきより顔が赤い。
「番の木との大切な子を育てるための魔法だから……エルフは抵抗できないね」
魔法使いがそう囁いて、くたりと賢者にしなだれかかった。見ると、既に杯が空になっている。酒が回り始めている賢者が心配そうに腕を回すと、妖精は彼の肩を枕にしてすやすやと寝入ってしまった。
「ありゃ、寝ちゃった……可愛いなあ」
吟遊詩人が微笑ましそうに言って、手を伸ばすとエルフの頭を撫でた。魔法使いが目を閉じたまま幸せそうに微笑んで耳を倒し、賢者がそれをじっと見る。
魔法使いでも寝てしまうなら自分にも効くだろうと、勇者はにやりとして炎酒を一気に飲み干した。喉が熱くなる感じはそれほどないが、体内の魔力の流れが乱れる感じがして、頭がぼんやりしてくる。なんだか意味もなくにこにこしてしまって、笑顔を引っ込められない。
「あぁ、なんか幸せな気分だな……これが酔うってことか。あったかくてくらくらして、癖になりそうだ……」
「おお、賢者の酔い方と似てるなあ……勇者の方が笑顔に色気があるけど。ふふ、ハイロちゃんに見せてあげたい」
「ハイロ……ハイロに会いたいなあ」
舌先で飴玉を転がすように名を呟いた。一音一音の響きが愛おしく感じられる。ああ、会いたい。今すぐ会いたい。焚き火の前に並んで座り、あの美しい瞳の色をずっと眺めていたい──
さて、そんな願いを神が聞き届けてくれたのだろうか。その夜は奇跡が起きた。あのまま店仕舞いまで目を覚まさなかった魔法使いを抱えて宿に戻ると、真っ暗な部屋の中に暗い色のフードを被った人影がぽつんと佇んでいたのだ。月明かりにぼんやり浮かび上がった姿を見た吟遊詩人が小さく悲鳴を上げ、それぞれ部屋に戻ろうとしていた仲間達が集まってくる。
「ハイロ……!」
声を上げると、酒の名残で思ったより甘ったるい声が出た。こちらを向いた淡い金の瞳が、困ったようにぱちりと瞬いた。
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