陽瓚1  陽給事誄序   

さて、去る永初えいしょ三年十一月十一日。

寧遠司馬・濮陽ぼくよう太守にあらせられた、

彭城ほうじょうよう殿が亡くなられました。

何とも悲しきことでしょうか!


陽瓚ようさん殿は若い頃より高い志を備えられ、

忠烈そのものの資質をお持ち。

上官らに仕えるにあたっては誠意を抱き、

部下を統べる手腕も長けておられました。

そのため朝廷は彼の能力を高く評価、

国防の任を授けたのです。


武帝陛下の治世の末、

将佐として滑臺かつだいをお守りになられました。

陛下が崩ぜられると、にわかに情勢が悪化。

幽州ゆうしゅう并州へいしゅうに盤踞する辮髪姿の蛮族は

その隙を狙って司州ししゅう兗州えんしゅうに攻撃を仕掛け、

きょう洛陽らくようの地に迫ってまいりました。


その中にあって陽瓚殿は武勇を振われ、

襲い掛かった苦難より逃れようともされず、

将兵らを率い、周辺住民の不安を

やわらげんとされました。


困難を打ち払わんと活躍され、

滑臺を約四十日の間堅守。

しかし誰もかれもが力尽き、滑臺は陥落。

多くの将兵が我先にと逃げ出さんとする中、

陽瓚殿は滅びゆく城と運命を共にされ、

その身を飛び交う矢の中にさらし、

配下も、武具も尽き、そしておん自らも

宋の旗のもとに、斃れ果てられた。


あのお方以上に貞壯の氣、勇烈の志を

抱かれた方がいらっしゃるでしょうか。

正義のもと敵の前に立ちはだかられ、

その死をもって忠節を全うされた方が

おりますでしょうか!



年が明け、景平けいへいと改元がなされた、初年。

朝廷は陽瓚殿の奮武を聞き、悲しみ、

陛下もまた陽瓚殿の顕彰を表明致しました。


その顕彰により、ひとびとは陽瓚殿の

その忠節を痛感し、はるか遠く、

黄河こうが汴水べんすいとの間に示された義の風に

深く感じ入ったのであります。



そして時が移り、この元嘉げんかのときに至り、

過去の勲功者の業績を整理したところ、

改めて陽瓚殿の貞孝が際立ったものである、

と判明したのであります。


この顔延之がんえんし、蒙昧の身ではございますが、

陽瓚殿のお話を伺って、前例に従い、

誄文を為すべきである、と

決意した次第にございます。




惟永初三年十一月十一日,宋故寧遠司馬、濮陽太守彭城陽君卒。嗚呼哀哉!瓚少稟志節,資性忠果,奉上以誠,率下有方。朝嘉其能,故授以邊事。永初之末,佐守滑臺。值國禍荐臻,王略中否。獯虜間釁,摩剝司兗;幽并騎弩,屯逼鞏洛。列營緣戍,相望屠潰。瓚奮其猛銳,志不違難,立乎將卒之間,以緝華裔之眾。罷困相保,堅守四旬,上下力屈,受陷勍寇。士師奔擾,棄軍爭免。而瓚誓命沈城,佻身飛鏃,兵盡器竭,斃于旗下。非夫貞壯之氣,勇烈之志,豈能臨敵引義,以死徇節者哉!景平之元,朝廷聞而傷之,有詔曰:「故寧遠司馬、濮陽太守陽瓚,滑臺之逼,厲誠固守,投命徇節,在危無撓,古之烈士,無以加之。可贈給事中,振卹遺孤,以慰存亡。」追寵既彰,人知慕節,河汴之間,有義風矣。逮元嘉廓祚,聖神紀物,光昭茂緒,旌錄舊勳,苟有概於貞孝者,實事感於仁明。末臣蒙固,側聞至訓,敢詢諸前典,而為之誄。


惟れ永初三年十一月十一日、宋の故との寧遠司馬・濮陽太守・彭城の陽君卒す。嗚呼、哀しき哉! 瓚は少きに志節を稟け、資性忠果なれば上に奉ずるに誠を以てし、下を率いるに方有り。朝は其の能を嘉し、故に以て邊事を授く。永初の末、佐として滑臺を守る。國禍の荐りに臻れるに值い、王略は中ごろに否がる。獯虜は釁を間い、司・兗を摩剝す。幽・并の騎弩は鞏・洛に屯逼す。營を列ね戍を緣らせ、相い望み屠潰す。瓚は其の猛銳を奮い、志は難を違えず,將卒の間に立ち、以て華裔の眾を緝らぐ。罷困を相い保ち、堅守すること四旬、上下力屈し、勍寇を受け陷つ。士師は奔擾し。軍を棄て免ぜるを爭う。而して瓚は命を沈城に誓い、身を飛鏃に佻んじ、兵盡き器竭き、旗下に斃る。夫れ貞壯の氣、勇烈の志に非ずや、豈に能く敵に臨みて義を引き、死を以て節に徇ぜる者ならずや! 景平の元、朝廷は聞きて之を傷み、詔有りて曰く:「故寧遠司馬・濮陽太守の陽瓚、滑臺の逼にて厲誠固守し、命を投げ節に徇じ、危に在りて撓める無かれば、古の烈士,以て之に加うる無し。給事中を贈り、遺孤を振卹し、以て存亡を慰むべし」と。追寵の既に彰らかなるに、人は慕節を知り、河汴の間に義風有りたる。元嘉の祚を廓し、聖神の物を紀し、茂緒を光昭し、舊勳を旌錄せるに逮び、苟しくも貞孝に概有る者、實に事にて仁明を感ず。末臣は蒙固なれど、訓の至れるを側聞せば、敢えて諸もろを前典に詢り、之の誄を為さん。


(文選57-1_文学)




機械的に宋書を追おうと思ったんですが、文選に陽瓚の誄文が有ると深山さんよりご教示いただき、それは拾わざるを得ない! と急遽予定を変更。序及び誄文本編を乗っけていきます。


そしてぼくの思ったこと。


「新規情報、全然なくない……?」

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