謝霊運21 山居賦4   

9-1


敬承聖誥 恭窺前經

山野昭曠 聚落羶腥

故大慈之弘誓 拯羣物之淪傾

豈寓地而空言 必有貸以善成

 つつしんで聖なる戒めを受け、

 恭しく過去の例を窺うに、

 山野は清らかな場であり、

 集落は汚れ多き場とされている。

 ために仏は大いなる慈悲により

 広大無辺の誓いを立てられ、

 人々が沈み傾くのを救おうとなされた。

 どうしてかりそめの空言でなどあろうか。

 必ず養って悟りに導かれるのである。


欽鹿野之華苑 羨靈鷲之名山

企堅固之貞林 希菴羅之芳園

雖綷容之緬邈 謂哀音之恒存

 鹿野の華苑を慕い、靈鷲の名山を羨み、

 堅固の貞林に赴かんとし、

 菴羅の芳園を希求した。

 それらの美しき様は

 遥かなる存在であったといえるけれど、

 そこには仏が我らを憐れまれる声が

 常にあるよう思えたのだ。


建招提於幽峯 冀振錫之息肩

庶鐙王之贈席 想香積之惠餐

事在微而思通 理匪絕而可溫

 そこで寺院を奥深き峯に建て、

 錫杖を振るって旅をする僧たちに

 ひととき安らいでもらおうと願った。

 鐙王のように席を贈ろうと願い、

 香積如来のように

 僧たちに食べ物を恵みたい、

 と考えたのである。

 私のしようとしていることは

 ささやかであるが、その想いは

 きっと通じてくれるだろう。

 仏の慈悲は決して途絶えず、

 温存の利くものなのである。



9-2


爰初經略 杖策孤征

入澗水涉 登嶺山行

陵頂不息 窮泉不停

櫛風沐雨 犯露乘星

研其淺思 罄其短規

非龜非筮 擇良選奇

翦榛開逕 尋石覓崖

四山周回 雙流逶迤

 かくて計画の実行に取り掛かる。

 杖をついてひとり山奥に分け入り、

 河を渡り、峯にのぼる。

 頂に辿り着いても、泉に辿り着いても

 休息は挟まなかった。

 風を櫛とし、雨で身体を洗い、

 露をかきわけ、朝早くから夜遅くまで。

 この浅はかなる思索を研ぎ澄まし、

 その拙き考えを尽し、

 決して占いには頼らず、己の耳目にて、

 建立のにふさわしき地を求める。

 行く手を遮る枝葉を払い、

 道を切り開き、求め得たその場所は、

 四つの山が周囲を取り囲んでおり、

 二つの川がうねり流れていた。


面南嶺 建經臺 倚北阜 築講堂

傍危峯 立禪室 臨浚流 列僧房

對百年之高木 納萬代之芬芳

抱終古之泉源 美膏液之清長

謝麗塔於郊郭 殊世間於城傍

欣見素以抱樸 果甘露於道場

 南の峰に面して經台を建て、

 北の丘に面して講堂を築き、

 高い峯の側には禅室を建て、

 深い流れに臨んでは僧房を連ねる。

 百年も経ったかのような

 高木に向かい合って、

 万代にも亘りそうな自然の

 よき香りを取り入れる。

 また過去より際限なく

 湧き出ていたかのような泉を抱え込み、

 清らかに流れる膏液に美を見いだす。

 麗しき塔は敷地内から

 はみ出ないように建て、

 外界と寺院との隔絶を明確とした。

 それは老子道徳経に言う

「素なるをあらわし樸なるを抱く」

 暮らしの体現であり、

 甘露を道場内に導き入れん、

 と願ってのことである。



9-3


苦節之僧 明發懷抱

事紹人徒 心通世表

是遊是憇 倚石構草

寒暑有移 至業莫矯

 僧たちは日がな一日苦行に勤しんでいる。

 世の人たちと同じように

 生きているように見えるが、

 心はこの世の外に通わせている。

 諸国を旅したり休憩をしたり、

 石に寄りかかるようにして

 草の庵を結んだりして、

 暑さ寒さが移り変わっても、

 その行いはたゆむことがない。


觀三世以其夢 撫六度以取道

乘恬知以寂泊 含和理之窈窕

指東山以冥期 實西方之潛兆

雖一日以千載 猶恨相遇之不早

 三世の変化を夢のごときものと見て、

 六種の修行を行って道を求めている。

 かれらは恬淡をもって養った知恵により

 寂寞たる境地を保ち、

 道徳の根本の境地を含み持っている。

 その昔東山の僧、曇隆様と

 死後の世界で再会しようと約束した。

それはまさしくわが仏門への目覚め、

 接合とでもいうべき出来事であったろう。

 一日の過ぎ去るのが、まるで

 千年も経ったかのごとき心地だが、

 それであってもなお

 出逢いがあまりにも遅かったことが

 悔やまれる。


賤物重己 棄世希靈

駭彼促年 愛是長生

冀浮丘之誘接 望安期之招迎

甘松桂之苦味 夷皮褐以頹形

 世の名利を卑しみ己の存在を重んじ、

 世間を捨てて

 霊なる存在たらんと冀う人は、

 短い生存期間に驚き、

 長生きを愛するようになった。

 彼らは浮丘公が招いてくれることを望み、

 安期先生が迎えに来てくれることを望む。

 ために松桂の苦味すら甘いものとし、

 皮褐の粗末ななりであっても

 平気でいられる。


羨蟬蛻之匪日 撫雲蜺其若驚

陵名山而屢憇 過巖室而披情

雖未階於至道 且緬絕於世纓

指松菌而興言 良未齊於殤彭

 セミが日ならずして

 抜け殻になるのを羨み、

 雲の端の驚き建つような形に

 心を寄せている。

 名山に上ってはしばしば憩い、

 我が巖に立ち寄っては

 その想いを話してくれる。

 至るべき境地に届いていないとはいえ、

 とにかく世のしがらみからは

 無縁でおれている。

 しかし松とキノコとを指して

 短命の論を起してみたところで、

 それはまこと殤や彭を超越するような、

 荘子の境地と等しいものたり得ようか。



10


山作水役 不以一牧

資待各徒 隨節競逐

陟嶺刊木 除榛伐竹

抽笋自篁 擿篛于谷

楊勝所拮 秋冬𦽌獲

野有蔓草 獵涉蘡薁

亦醞山清 介爾景福

 山仕事と水仕事を

 一人の使用人に任せることは無い。

 頼りとするものが決まっており、

 季節に従って互いに競い合っている。

 すなわち山に上って木を切り、

 藪を除いて竹を切り、

 竹林からタケノコを引き抜き、

 竹の皮を谷で取り集める。

 楊桃は摘み取るにたえるほどに熟し、

 秋や冬には𦽌を獲る。

 野に蔓草が茂る頃には

 野ブドウを採集する。

 また山清をかもし、

 その大いなる福をさらに大きくする。


苦以术成 甘以𢸙熟

慕椹高林 剝芨巖椒

掘蒨陽崖 擿𢹛陰摽

晝見搴茅 宵見索綯

芟菰翦蒲 以薦以茭

既坭既埏 品收不一

其灰其炭 咸各有律

六月採蜜 八月樸栗

備物為繁 略載靡悉

 苦味は术によってなし、

 甘みは𢸙によって熟成させる。

 椹を高林に求め、芨を巖より剝ぎとる。

 蒨を南の岸辺から掘り出し、

 𢹛を北の高台から掘り出す。

 昼には茅を抜き取るのを見、

 宵にはそれで縄を編むのを見る。

 菰を刈り蒲を翦り、

 それを敷物にしたり干し草にする。

 水を加えて泥にし、それをこねて、

 色々な品物を作る。

 その灰と炭については、

 みなおのおの決まりがある。

 六月には蜜を採り、八月には粟を打つ。

 この土地に備わっているものは

 たくさんあるが、

 その概略を載せることしかできず、

 到底語り切ることなどできはしない。




緡綸不投,置羅不披。磻弋靡用,蹄筌誰施。鑑虎狼之有仁,傷遂欲之無崖。顧弱齡而涉道,悟好生之咸宜。率所由以及物,諒不遠之在斯。撫鷗䱔而悅豫,杜機心於林池。敬承聖誥,恭窺前經。山野昭曠,聚落羶腥。故大慈之弘誓,拯羣物之淪傾。豈寓地而空言,必有貸以善成。欽鹿野之華苑,羨靈鷲之名山。企堅固之貞林,希菴羅之芳園。雖綷容之緬邈,謂哀音之恒存。建招提於幽峯,冀振錫之息肩。庶鐙王之贈席,想香積之惠餐。事在微而思通,理匪絕而可溫。爰初經略,杖策孤征。入澗水涉,登嶺山行。陵頂不息,窮泉不停。櫛風沐雨,犯露乘星。研其淺思,罄其短規。非龜非筮,擇良選奇。翦榛開逕,尋石覓崖。四山周回,雙流逶迤。面南嶺,建經臺;倚北阜,築講堂。傍危峯,立禪室;臨浚流,列僧房。對百年之高木,納萬代之芬芳。抱終古之泉源,美膏液之清長。謝麗塔於郊郭,殊世間於城傍。欣見素以抱樸,果甘露於道場。苦節之僧,明發懷抱。事紹人徒,心通世表。是遊是憇,倚石構草。寒暑有移,至業莫矯。觀三世以其夢,撫六度以取道。乘恬知以寂泊,含和理之窈窕。指東山以冥期,實西方之潛兆。雖一日以千載,猶恨相遇之不早。賤物重己,棄世希靈。駭彼促年,愛是長生。冀浮丘之誘接,望安期之招迎。甘松桂之苦味,夷皮褐以頹形。羨蟬蛻之匪日,撫雲蜺其若驚。陵名山而屢憇,過巖室而披情。雖未階於至道,且緬絕於世纓。指松菌而興言,良未齊於殤彭。山作水役,不以一牧。資待各徒,隨節競逐。陟嶺刊木,除榛伐竹。抽笋自篁,擿篛于谷。楊勝所拮,秋冬𦽌獲。野有蔓草,獵涉蘡薁。亦醞山清,介爾景福。苦以术成,甘以𢸙熟。慕椹高林,剝芨巖椒。掘蒨陽崖,擿𢹛陰摽。晝見搴茅,宵見索綯。芟菰翦蒲,以薦以茭。既坭既埏,品收不一。其灰其炭,咸各有律。六月採蜜,八月樸栗。備物為繁,略載靡悉。


(宋書67-21_文学)




山野での生活について。うーん、使用人たちがたくさんいて「生活するに足るものだけで良い」って言われても、という感じはありますね……。

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