謝霊運4  撰征賦序 下 

去る 416 年 5 月、

劉裕りゅうゆう様は北伐の軍を建康けんこうで編まれ、

ついに出立なさいました。

船に、戦車には霊威が宿り、

騎兵のはためかせる旗は、

空をも覆うほど。


更には別働隊を編み、

そちらにも緻密なる策をお授けになった。

戦略の緻密さは三略さんりゃくにも勝り、

抱かれる大義は六韜りくとうにも勝る。


その故でありましょう。

まともに武威を振るわれるよりも前に

洛陽らくよう金墉きんよう城は陥落。

ひとたび強弓をつがえれば、

滑臺かつだいの敵は狙われたはやぶさのごとく、

逃げ去った。


出立して月をまたがずして、

二つの要衝を陥落させた。

劉裕様の徳の遠大なるが故であり、

古今に類を見ない大功であります。

陛下は、斯様な劉裕様のご苦労を、

その偉業の放つ光の眩さを思われ、

臣めをこの湿地帯へとお遣わせに

なったのでございます。



私めはポストの空きに偶然あてがわれた

木っ端に過ぎません。偉大なる先人に、

軍役に身体を張る軍人らに比べ、

ただただ恥じ入るばかりです。


冬の盛りに出立し、春の頭に彭城ほうじょう到着。

九つの城塞を経て、

たどること、はるばる千里。

京口けいこうに出てから長江ちょうこうを渡り、

荒れ狂う淮水わいすいを乗り越えて、

溯っては泗水しすい汳水はんすいへと至る。


辿り着きたる、彭城の城邑。

その町並みを見、辺りに設けられた

遠くの墳墓を眺め、

わたしは古の時に、思いを馳せました。

それは、とても一言では語り尽せません。


昔、亡き祖父謝玄しゃげんは地方長官として

淮水域、すなわち徐州じょしゅうに赴き、

その政務の固きことは苞桑にも勝り、

勲功は仁に基づいたものでありました。


いま長きの歳月が流れ、

市井は大いに変容しておりますが、

それでもなお、祖父の為した偉業は

こうして私の胸を打つのです。


こたびの行程で、私は地元ゆかりの

古老らに、その足跡を伺い、

遠き昔のことを思っては、

涙いたしました。


そうして収集した見聞を取りまとめ、

撰征の賦といたしました。

物事が移り変わってゆく中でも、

劉裕様の成し遂げられたこの偉業が、

決して朽ち果てませぬように、と。




以義熙十有二年五月丁酉,敬戒九伐,申命六軍,治兵于京畿,次師于汳上。霊檣千艘,雷輜萬乘,羽騎盈塗,飛旍蔽日。別命羣帥,誨謨惠策,法奇於三略,義祕於六韜。所以鉤棘未曜,殞前禽於金墉,威弧始彀,走鈒隼於滑臺。曾不踰月,二方獻捷。宏功懋德,獨絕古今。天子感東山之劬勞,慶格天之光大,明發興於鑒寐,使臣遵于原隰。余攝官承乏,謬充殊役,皇華愧於先雅,靡盬顇於征人。以仲冬就行,分春反命。塗經九守,路踰千里。沿江亂淮,遡薄泗、汳,詳觀城邑,周覽丘墳,眷言古迹,其懷已多。昔皇祖作藩,受命淮、徐,道固苞桑,勳由仁積。年月多歷,市朝已改,永為洪業,纏懷清曆。於是采訪故老,尋履往迹,而遠感深慨,痛心殞涕。遂寫集聞見,作賦撰征,俾事運遷謝,託此不朽。


(宋書67-4_文学)




前半に比べればまだ優しい。まぁ直接的な描写になってるしね。にしたってちょくちょく「おい要らねェだろ霊運その表現はよォ……ボキャ豊自慢か? マウントか? マウントなのか、お?」って詰めたくなりますが、おおっとこの時代の公式文書なんてマウント合戦が基本だった☆




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