沈叔任1 沈氏の名将
曾祖父は
……
反逆者の部下として働き、主の死後は
瓦解していく勢力と運命をともにした男。
そんな沈充を父に持った
いちど奪還された
陳祐に見捨てられ敗北、
慕容恪はかれを惜しんだが、
決して
最終的には殺された。
朝廷は沈勁の壮絶な忠誠心をたたえ、
父は
いわゆる警察機構の幹部である。
そんなわけで沈叔任の生まれは、
代々武に縁のある家柄だった。
かれ自身も才覚を示し、
吳令、
どの職務でも功績を上げていた。
朱齢石が務める建威将軍府の副官を務め、
朱齢石が昇進すると、
建威將軍位を継承。
伐蜀の功績も朱齢石に次ぐものであり、
まもなく西夷校尉となり、
蜀北部の城、
沈叔任,吳興武康人也。曾祖充,晉車騎將軍,吳國內史。祖勁,冠軍陳祐長史,戍金墉城,為鮮卑慕容恪所陷,不屈節見殺,追贈東陽太守。父赤黔,廷尉卿。少有幹質,初為揚州主簿,高祖太尉參軍,吳、山陰令,治皆有聲。朱齡石伐蜀,為齡石建威府司馬,加建威將軍。平蜀之功,亞於元帥,即本號為西夷校尉、巴西梓潼郡太守,戍涪城。
沈叔任、吳興の武康の人なり。曾祖は充、晉の車騎將軍、吳國內史。祖は勁、冠軍の陳祐の長史として金墉城を戍り、鮮卑慕容恪に陷さる所と為るも、節を屈さずば殺され、東陽太守を追贈せらる。父は赤黔、廷尉卿。少きより幹質を有し、初に揚州主簿、高祖太尉參軍と為り、吳、山陰令と為り、治むに皆な聲有り。朱齡石の蜀を伐てるに、齡石が建威府司馬と為り、建威將軍を加う。平蜀の功は元帥に亞ぎ、即ち本號を西夷校尉、巴西梓潼郡太守とし、涪城を戍る。
(宋書63-17_暁壮)
いや待って!? 曽祖父と祖父の燃え度やべえな!? 熱い男の血脈という感じがしますね……!
沈林子ら兄弟と同じ吳興郡武康県の沈氏ですが、彼らはいくつかの系統に分かれており、どこで先祖が共通するのかいまいちわかりません。この系統をうまく把握できたら面白そうなんですけどねー。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます