第15話 愛が重くて精力絶倫な百合の乱入

 島の夜はノンビリ訪れる、午後七時になってもまだ日が沈まないのだ。


「もみちゃん、遠慮せんとどんどん頼むけん」

「はい、い、いぶちゃん……」

 

 いぶきさんの提案で、わたしの呼び名は“もみちゃん”、いぶきさんのことはは“いぶちゃん”と呼ぶことになった。

 

 それにしても、もみちゃん――――なんか揉み揉みしてそうでやらしい響きー!

 でも怖そうな顔を思いっきりニコニコさせたいぶきさんの提案だからしょうがないよー。


 とはいえ、わたしがいぶちゃんと呼ぶと

「私、子供の頃はそう呼ばれたけん」

 懐かしそうに目を細めるのはいいなと思っちゃう。


「え、えーと、鶏の唐揚げとタコライス、それとウーロン茶を頂きます」

 

 綺麗な百合店員にそう言って、いぶちゃんにメニューを渡す。


「なんな? お酒飲まんの?」

「はぁ、お酒はちょっと……」

「ほか、なら私は……、ギーマミー豆腐とミーバイ唐揚げ、それとビールやな」

 

 百合店員がカウンター越しにハキハキ復唱すると厨房へ踵を返した。

 その背中から目を放し、エアコンの効いた店内を見渡す。

 南国風の広い店内は島民達で賑わっていた。

 

 当たり前だけど全員女性、それもラブラブな雰囲気の二人組ばかり!

 そこへ背後から様々な声がした。 


「シークワーサーソーダおかわりや!」

「マンゴージュースもう一杯だよぅ」

「グ、グァバ……ジュース、も、もう一つ」

「オリオンビールもういっちょう! それにラフテーとスーチカーねー!」

 

 四人掛けテーブルには、いり子ちゃんにちいゆ、それにばったり店の前で会った燕華さん、燕奈さんが座っていた。


「すみんのう、一緒に行く言うてきかんかったんや」


 後ろのテーブルのいり子ちゃんをチラ見したいぶちゃんが申し訳なさそうに言う。


「わたしもちいゆ連れてこようと思ってましたし、ちょうど良かったんじゃないですか」


 盛り上がるちいゆといり子ちゃんの声を聞きながら、いぶちゃんの細マッチョな肩を叩いた。


「ところで本当にいぶちゃんって、いり子ちゃんに頭上がりませんよね」

「そ、それはやな、私小さい頃よくイジメられてたんや」

「えー? そんなにいい体してるのにー?」

「昔はひょろかったんや。こらいけんと高校んとき体鍛えてこうなったけん」

「はあ」

「そんで小さい頃イジメられてる時、すぐに助けに来てくれたんがいり子なんや。もう心底嬉しくってなあ」

「その姉妹愛が高じて百合愛になったんですね」

「そ、そういう訳や、でへへ」


 照れ隠しなのか、腰まである黒髪ポニーテールを何度も左右に振る。


「でもうどんの美味しさの理由がわかりましたよー、その細マッチョの体でコシのあるうどん打ってるんですね」

「いや、うどんは機械打ちやで」

「え?」

「この島来て一週間毎日手打ちしてたら腰痛めてなあ、んで島長に相談したら機械入れてもらったんや」


 えー……この細マッチョな体で素晴らしいうどんを打ってると思ったのに、機械打ちとはー。ちょっとガッカリ、というか、わたしの店も新品の業務用冷蔵庫や調理器具一式揃えたりしてるけど、この島ってそんなに財源あるの? っていうかこの島のメイン産業って何なのー?


「そや、うちの製麺機、中華麺も打てるんや。もみちゃんとこの麺も打ってやろうか?」

「え!? いえ、さすがにそこまでやって貰うわけにはー」

「ええって! 私ともみちゃんの仲じゃなか」


 ううー、会って半日も経ってないんですけどー。

 

 そこへ吐息みたいなセクシーボイスが耳に飛び込んできた。

 

「お二人さんは、百合カップルかしら?」


 カウンター席に座るわたしといぶちゃんの間に、見知らぬ女の人が顔を挟んでいた。


「なんな、あんた?」


 いぶちゃんが鋭い顔になった。


「急にごめんなさい、わたし相楽茉莉(さがらまつり)っていうの」


 相楽と名乗った女の人がいぶちゃんからこちらに顔を向けた。


 肩に触れる長さのウェーブヘア、泣き出す直前みたいな憂いを帯びた目、くっきり整った顔立ち。

 

 前にネットのイラストで見た、美の神アフロディーテにそっくり!


「そんで相楽さん、なんの用だあね?」


 こちらに微笑んでいた相楽さんがもみちゃんに向き直った。


「アタシ、一生を誓った恋人と別れたばかりで、新しい相手を探しているの」

「そらご愁傷さまや、でも私らはもう一緒に暮らしてる相手おるけ――」

「ひとりは嫌なのよ!」


 強い口調ではなかった、ゾクっと背筋に響く声。

 それに言いようの無い艶やかさも加わっていた。

 

「ひとりだと体が寂しいのよ。もうおかしくなっちゃう位体が寂しいの!」


 いぶちゃんの目がこちらを一瞥した。

 性欲溢れるタイプか? 目はそう言っていた。


「あーあー、ごめんね、ふたりとも」


 声と共に、相楽さんの顔が何かに引っ張られるよう後ろに消えた。

 いぶちゃんと一緒に振り返ると、カラカラした笑みの燕奈さんが相良さんの両肩を掴んでいた。


「この人さー、愛が重いというか、夜の営みが絶倫っていうか、もうくっつく恋人みーんな逃げちゃうんだー、わはははは」

「え、燕奈! もうあなたでもいい! アタシと一晩だけ……いえ、ずぅぅっとずぅぅぅぅっと、ずぅぅぅぅぅっと一緒に、ご飯もお風呂もトイレもベッドの中も一緒にいてよぉぉぉ!」

「ほらほら、こーんな重くて絶倫だからさ、この人。つかあんたでもいい、って失敬だなオイ!」


 振り向いて燕奈さんに抱きつこうというのか、肩を掴んだ両手を放そうとジタバタする。 


 いい人ばかりと思ってたこの島に、こんな危険な百合がいるなんてー!


 本気で引いてたその時、気になる事を相楽さんが口にした。


「今夜もまたお化けが、お化けが来るの! 天井から来るのよぉぉぉ!」


 お化け? 天井?


 百合恋人となった近所のお姉さん、死んだまま離れ離れになったそのお姉さんを捜すシルビアちゃんの姿が思い出された。


「あの、相楽さん。そのお化けってどんな姿してますか?」

「来るのよぉぉ――え? どんな姿?」


 それに頷く。


「眼鏡をかけた知的な女性で、外国人っぽいわね」


 これは大当たりかも!


「後で連絡するかもしれないので、連絡先教えて貰ってもいいですか?」


 これにいぶちゃんと燕奈さんが猛反対したが教えて貰った。

 

「まいったなー……まあいいか。ちょーい、もみじちゃん、いぶきちゃん、それに相楽っち、あそこの空いたテーブルで飲もうか」


 困ったように頭を掻いてた燕奈さんが、空いたばかりの四人掛けテーブルを指差した。


「一緒に?」


 いぶちゃんがちらっと相楽さんを見るが、あの燕奈さんがそう言ってくるには何か考えがあるはず。


「はいー、さ、行こ、いぶちゃん」


 カウンター席からグラスと皿を手に取って立ち上がった。


「う、うん」


 いぶちゃんもそれに続いた。


「燕佐が誘ってくるなんて……それもこのふたりまで一緒に……ア、アタシ、三人同時に相手することも出来るわよ?」


 妙に淫靡な表情と声で、とんでもないことを言う相楽さん。

 それを完スルーした燕奈さんがで自分の飲んでいたグラスを相楽さんの前に置いた。


「私、別なの頼んだから、それ飲んでいいよ」

「ええ? じゃあ頂くわ!」


 小さく「間接キス」と口が動いたのをわたしは見逃さなかった。

 お酒はいける口なのか、ウーロンハイみたいなのをぐびぐび飲んでいく。


「ぷはっ」


 間接キスを味わっていたのか、フレンチキスみたいに唇を吸いつけていたグラスから口を離した。


「からださびしいにょぉぉぉぉ」


 相楽さんがテーブルにゴンッと額を打ち付けて動かなくなった。

 それにわたしといぶちゃんが頭を後ろに引いて驚いた。


「あはははは、相楽っちはそこそこ酒強いけど、リミット越えたらすぐ寝ちゃうからねー」


 燕奈さんがカラカラ笑った。


「な、何飲ませたんです?」


 いぶちゃんが尋ねる。


「アルコール度数六十パーセント以上あるブッカーズっていうウィスキーだよー」


 えー! ビールが五パーセントだからその十二倍以上ー!?

 そ、それをさっきまで飲んでケロっとしてる燕奈さんって化け物?


「さて、燕奈おねーさんがお二人の妹ちゃん攻略に助言しちゃおっかなー」


 え? 何でその話知って――――あー、そういえば燕奈さん、心が読めるんだったー!


 こうしてわたしといぶちゃん、そこに燕奈さんを加えた作戦会議が始まるのであった。

 


 

 


 







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