第14話 背中に感じる妹の温もり

 “妹と百合関係になるよう努力しあう同盟”を結んだふたりが店内に戻って来た。

 ところがカウンター席を挟んで夢中に話し合うちいゆといり子は気づきもしなかった。


「ほらー、見てよちいゆ」

 

 さっそく同盟の意味を発揮すべく、わたしは手に持った大きなビニール袋をちいゆに見せた。

 

「わあ凄い! 魚ダシの素がいっぱいだよぅ」

「いぶきさんがくれたんだよー、嬉しいよねー」


 それにちいゆがぴょんと椅子から降りると、両手を前に組んでいぶきさんに頭を下げた。


「ありがとうございます!」

「え、ええってこんくらい……でへへ」


 いぶきさんが細マッチョな腕を持ち上げて頬を掻いた。


「いり子ちゃんのお姉さんとっても頼りになる素敵な人だね」

 

 ちいゆに顔を向けられたいり子ちゃんが目を大きく、口をへの字にした。


「ぴゃはははっ! ちいちゃんまだ昼やで、寝言はやめてえな」


 そしていぶきさんに目を移すと大きな声でこう言った。


「お姉ぇ! 余りもん渡してええかっこしいせんといてや!」

 

 そして片手でカウンターをばんと叩き、こう続けた。

 

「ちいちゃんのお姉さん、お言葉やけどお姉ぇがそんなえらい人なら、あたいこんない苦労しとらんで! ぴゃははは」

「いり子ちゃん、そんな言い方無いよぅ。ちょっとだけ見た目は怖いけど、優しいお姉さんだと思うよぅ」

「あん? ちいちゃん、それよいしょし過ぎやで」

 

 ちいゆがショートヘアをぶんぶん振って否定してるけど、わたしにはわかった。

 いり子ちゃんの言葉、そして表情に何か複雑なものが含まれていることに。


「じゃ、仕事上がったら連絡するけん」


 いり子ちゃんの言いように元気のないいぶきさんに「わかりました」と言った後、耳元に口を寄せた。


「いぶきさん、さっきのいり子ちゃんのあれ、気にしない方がいいですよ」

「な、なん?」


 ちいゆを後ろに乗せた電動バイクを動かして、うどん屋を後にした。


 傾き始めた陽を浴びる果てしない一本道には、わたしとちいゆを乗せたバイクしか走ってなかった。


 右手に広がる緑と青の混じった海からは、潮の香りの熱風。

 ほぼ無音で走る電動バイク、耳には潮騒と風を切る音しか入らない。


「いり子ちゃんとお話して楽しかったー?」


 いつもなら小さく鼻歌を奏でてるちいゆが静かなので話しかけた。


「うん、お店の話とかお友達の話とかで楽しかったよぉ」


 いつもの声だったがわたしは姉、それが本音ではないことを直感でわかった。


「いり子ちゃんにまた何か怒っちゃうようなこと言われた?」

「ううん、いり子ちゃんは関係ないよぅ」


 顔を左右に動かすのが背中に感じられた。


「じゃあどうしたの? 何かあったんでしょ? お姉ちゃんに話しなよー」


 ちいゆの両腕がぎゅっとお腹を締め付ける。


「ね~、お姉ちゃんってさ~」


 ここで言葉が途切れた。

 何? とは訊かず、続きを待つことにした。


「あたしのこと、どう思ってるの~?」


 いつものわたしなら打てば響くように答えていただろう。

 だがこの響き、今ちいゆが尋ねてきた言葉には意味深な響きがこもっていた。

 

 延々と続く、真っすぐな道路。

 小さく目線を上げた。


「あっ、ちいゆ、お月さんだよ」


 背中に押し付けられていた顔が離れた。


「ああ~、白いお月さんだ~」


 僅かにいつもの声に戻ってきた。


「あれだねっ、惑星どっかんしちゃうのみたいだね」

「え?……ああー、デ〇スターね。白いとそう見えちゃうよね」


 そう言って笑ったら、ちいゆも笑い声を上げた 


「あははは……ねえちいゆ」

「ほえ?」

「いつまでもこうしていたいなーって思ってるよ」

「え? 何が~?」

「さっきちいゆが聞いてきた質問の答えだよー」


 再び両腕がお腹を締め付け、背中に顔を押し付けられる。


「あのさ~、お姉ちゃん」

「なあに?」

「あたしもね、お姉ちゃんと――」


 一台のトラックとすれ違った。


「――よ」

「え? え? よく聞こえなかったー」


 それにちいゆがくすくす笑った。


「も~、お姉ちゃんったら~」

「何て言ったの? ねー、もう一回行ってよー」


 それにちいゆはくすくす笑いながらトンチンカンなことを尋ねてきた。


「あのさ~、お姉ちゃんって子供好き~?」

「え? 何言ってるの、ちいゆ?」


 もうくすくす笑いではなかった、体を震わせて笑い声を上げていた。

 

 ――このトンチンカンな質問が大事な意味を持っていることに、わたしは後で気付くことになるのでした。

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